第25話疑心暗鬼に取り憑かれそうです

 姦通罪――。

 冷静に考えたら。よ~く考えたら、マルゴのあの対応はおかしいのです。


 あの時はわたくしもそれどころの状態ではありませんでしたし、居合わせた皆がごく自然に振る舞っていたので、それを不自然には思いませんでした。――って言うか、その後のリヨンの話の内容が衝撃的すぎて、姦通罪云々なんてところまで考えが及ばなかったわよ!


 が、どう考えても。あの時マルゴが彼の入室を平然と容認したのは、不自然ではないのでしょうか。

 百歩譲ってマルゴが気を効かした(?)としても、あの場には警護としてナムーラ隊長も控えていたのですから、その前に止められていなければならないことです。


 ああ。話が混乱していますね。

 時とは、私が森の館へ始めて訪問した日のことです。そう、ドニたちに会った日。芦毛のデビカを暴走させ、ナムーラ隊長たちを振り切って、南の森に行った日です。

 ほら。噂の真相を探りに森の館へ乗り込んだまではよかったのですが、とんだ勘違いだと知り、リヨンの腕の中で気を失ってしまいましたでしょう。急場しのぎで談話室にベッドを運び込み、仮の寝室として休ませてもらったのですけど。


 この件のなにが引っかかるのか、と申せば。



 ご存じのとおり、我が国では身分が高くなればなるほど、未婚の女性の貞操観念には厳しくなります。

 

 思い出してくださいませ。婦人の寝室に、医者と夫以外の男性が入室することは許されないことでしてよ。足を踏み入れた途端、その男女には、事実無根だとしても姦通罪が適応されてしまうのです(ギャレル・ダルシュが寝室に忍び込んできたとき、見つかるのを恐れたのはこのためよ!)もの。


 現に私の寝室の警護だって、女性の騎士が着任いているほどです。万が一の間違いの予防というより、余計な噂を立たせないために、女主人の側近には女騎士を配置することはよくある処置です。結婚前にヘンな噂が立ったら、私の名誉が傷つきますものね。ひいては、伯爵様のお名前にも汚点となります。


 特に宮廷雀の皆様方はそういったお話が大好物で、根掘り葉掘りあることないことほじくり返した上に、までつけて風聴しまくってくださるそうです。

(なのに跡継ぎさえもうければ、あとは浮気も二股も大目に見てもらえるってどういうこと―! おかしくない? 貴族委員会、なんとかしてー! 男尊女卑反対~!)


 警備に女騎士を配置したのはナムーラ隊長でしょうから、そういった配慮には気配りが効く人物なのでしょう。

 だとしたら、いくら家令でも若い男性であるリヨンが、私が休んでいる部屋へ入ろうとしたら。

 阻止、または要らぬ誤解を招かぬために自分も同席するとか、何らかの手配をするのでは――と思いませんか。


 確かに入室の許可を与えたのは私です。

 辺境騎士団ではは自由主義で、自己責任でしたから。その傾向にすっかり馴染んでいた私も「姦通罪」なんてピンときませんでしたけど、世間ではそれは通らないと、嫁入り前にホルベインの母から「奥方の心得」としてクドく説教されておりました。


 誤解のないように申し上げておきますが、私まだ「未通女おぼこ」ですからね!

 妻として、伯爵様への操は立てておりましてよ……って、なんてこと言わせるんですかぁぁ!!


 寝間着姿にニヤついたギャレルの顔を見て「貞操の危機」という言葉を思い出した私ものんびりしたものですが、あの時のリヨンも、気遣いをみせつつも部屋に足を踏み入れましたものね。臆することなくベッドサイドまで来ました。


 伯爵家の家令であり、礼儀作法を私に教育していた彼が、その辺りのことを蔑ろにするとは思えません。加えて、小間使いのマルゴまで、なにも抗議しないどころか、いそいそと支度を調えてくれたのですよ。


 急ごしらえの、でも寝室に男性を招き入れるなんて「とんでもないこと」ですから、小間使いとしてはひと言諫めなければならないのに。まるで当然のような、彼の見舞いもごく当たり前、といった感じで迎えておりました。


 もう少し柔軟に、マルゴは私の味方だから、彼との時間を作ってくれたのだといたしましょう。でもロラとペラジィまで、私とリヨンの恋をなんの抵抗も反対もなく応援してくれるのって、都合がよすぎるではありませんか?


 もしかして、私はなにかの策略にはめられているのでしょうか。初夜の床で伯爵様に不貞を断罪されて、そのまま斬首とか……ないですよね。

 館に入り込んだ辺境騎士団の密偵でもある私を、体よく排除するために罪をねつ造しているとか。


 だから伯爵様は、私と顔を合わせてはくださらないのかしら。


 ならば、リヨンは本当は私のことをどう思っているのでしょう? 彼に会って問いたださなくては。このままでは疑問と不安で、

 

「……おかしくなりそうです」


 などと、うっかり溜め息をついてしまったものですから、


「大変! エムリーヌ様、湯あたりでございますか?」



 慌てたロラとペラジィに、急いで湯船から引っ張り出されることに相成りました。





****




姦通罪、現在はあまり用いられない古い言葉ですが、ヨーロッパだけではなく、場所と宗教に関わらずかなり厳しく罰せられたようです。日本でも明治から戦前にかけて、刑法で妻の不倫は「姦通罪」で、処罰の対象とされていたそうですよ。

死語と言えば「未通女」もそうですよね〜。

 

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