第21話エムリーヌ・ホルベインにも事情があります
えーっと。
そうなのです、
ホルベイン男爵家は身分こそ貴族ですが、家計の状態を考えたら、娘たちに持参金を持たせる余裕はありません。
政略結婚が定番の貴族の娘に持参金が無ければ、修道院へ入り、神に祈りを捧げる身(生涯独身、ね)となるのがお決まりのコース。毒親が生活水準向上を望んで、本人の承諾無しで金持ちおじいちゃんに嫁がされちゃうパターン(幸い我が両親はそんなこと考えもしなかったけど)もあり。
お嬢様ともてはやされても、貴族の令嬢に自由恋愛で結婚が出来る確率なんてゼロに等しいこと。
ならばと、私は早めに「女の幸せ」とかには見切りを付け、騎士団に入隊して
そこへ、まさかのプロポーズ。しかも玉の輿婚。ありがたいことに実家救済のおまけ付き。
新郎の性癖に難ありだったけど、貧乏男爵家の娘としては傾いた
ここはわたしが一肌脱がねば――と考えたところへ、この
軍隊なんて縦社会ですもの、上からの命令は絶対ですわ。タビロ騎士団のキャンデル団長は憐れみの目で「断ってもいいぞ」と仰ってくださいましたが、その横であの方の使者が脅迫まがいのものすご~い形相で睨んでおりましたの。
いいえ。あの目は本気で脅迫、断ったら「ホルベイン家断絶」間違いなし。断れません!
潜入捜査なんて柄じゃございません。しかしながら噂話の残忍さと、ホルベイン家に示してくれた温情が一致しないのです。だからレンブラント伯爵というひとが本当はどんな人物なのか、めちゃくちゃ知りたくて。
ならばホルベイン家の救済とわたしの好奇心の満足、任務遂行が同時に熟せる「結婚」も悪くないかもしれない――とか、無理矢理プラス思考に切り替えて「やります!」と引き受けてしまいました。(半分は強制だけど)
エムリーヌ・ホルベイン、苦渋の決断でした。ごめんなさい、伯爵様。あなたを騙すようなことになって。
しかもあなたと対面すらしない内に、他の男……しかもあなたの家令と恋に堕ちちゃうなんて。
「エム、おまえ心配ごとでもあるのか?」
「あんたには関係ないわ、ギャレル。それより早く帰ってよ。見つかったらヤバいでしょ」
レンブラント館の警備は厳重です。だって、あのナムーラ隊長率いる傭兵連隊が配置についているのですもの。こいつがのこのこ寝室まで忍んで来たからユルそうに思えるかも知れませんが、私が
むしろ、
「だな。『ガキを刻むのがシュミな伯爵様の
「失礼ね。さっさと帰って団長に伝えてよ。伯爵様は人身売買組織とは無関係だって!」
ここまで見つからずに侵入出来たのが奇跡みたいなものですから、その幸運が続いている内に退散してもらいたいではありませんか。
なにより、こんなところを見つかったら貞操を疑われますもの。姦通罪に問われて実刑(相手と一緒に棒杭に繋がれて追放!)判決なんて、もっとイヤ!
「納得するかねぇ。あ、団長じゃねぇぜ。あっちのお方がさ」
「するでしょ。ホントに関係ないんだから。調べてみればいいわ」
焦る私は窓際へとギャレルの背中を押しやります。
「甘いねぇ、エム。罪状なんて、いくらでもねつ造できるんだぜ。あのお方ほどの地位にあれば」
意地悪い笑みを浮かべたギャレルが、鳶色の目を光らせました。
「噂の真偽なんぞ、どうでもいいのさ。ヘタすりゃ、人身売買組織の壊滅だってどうでもいいのかもしれねぇ。それよりあのお方の本当の狙いは、この『悪い噂』を利用してレンブラント伯爵家の取り潰し。団長はそう踏んでいるぜ」
あのお方が、レンブラント伯爵家の広大で豊かな領地を没収し、戦争費用で大いに目減りした国庫の財源回収に当てようと目論んでいる?
キャンデル団長は、そう推測していると。まさか、そんなことが。
そう言われれば、昨年ミロリー将軍家が改易されています。改易後は家禄や領地は没収され、国に召し上げられていました。将軍が亡くなった途端、跡継ぎもみな早世して継ぐ者がいなくなった家だとはいえ、大層手回しの良いことだと宮廷でも噂になったとか。
その後すぐに国家予算で戦火で消失した街の再建計画が立てられたので、ミロリー家から召し上げられた財が予算に充てられたのではないかと誰もが考えましたっけ。
今度は、広大な領地を持つレンブラント伯爵家が狙われているというの!?
「でも、伯爵は健在よ」
「だから、なんでもいいから罪状を作って消しちまいたいんだろう。それにはあの噂、『ご乱心』ってのは
えええ~っ! これから結婚しようというのに、夫が暗殺されちゃうなんて困ります。お取り潰しも、絶対反対です。ここは妻として、伯爵様をお救いしなければ。
エムリーヌ・ホルベイン、もう一肌脱がねばなりません!!
「なぁ~んだ。まだ脱いでないのか」
「だって、今知ったんですもの。伯爵のピン……チ……」
ギャレルが私の亜麻布の白い肌着を指しているのを見て、とんでもない意見の相違があることを察しました。
「ま、そりゃそうだな。
「ななな……なに言うのよ。いきなり」
図星なので、取り繕うより先に顔が赤くなっちゃいました。どうしよっ!
「マジか! いつも髪の毛はくしゃくしゃだし、顔に泥がついてたってへっちゃらなエムが、急に小綺麗になったから
「ちょ……ちょっと、なによ。その言い草は。めでたいって、なによ!」
小綺麗になったのは、マルゴたちの「奥方様を麗しく磨きあげよう大作戦」の効果が現われてきただけです。毎朝、毎晩、みんな頑張ってくれているんですもの。
なのに、「恋する乙女は……」とか言っちゃってるギャレルの、意味ありげな視線。その、いやらしいニタニタ笑い。なんなの、なんなの、なんなのよー!
「まあなぁ。ホントに嫁に行くアテがないんなら、俺が貰ってやろうかと思ってたんだけどさ。アテも、好きな男も出来たみたいだから、その心配だけはなくなったみたいだな。って、おまえ結婚前から浮気していても大丈夫なのかよ?」
「浮気じゃありません!」
めっちゃムカついたので、思いっきりギャレルの頬をひっぱたいてやりました。パーンと小気味よい音が響いて心がスカッといたしました。
――が。満足げに肩を下ろした途端、廊下の端から走ってくる足音が聞こえてきます。
「エムリーヌ様!」
あの声はマルゴ。しかも足音はひとりじゃない。
今扉を開けられたら、間違いなく姦通罪です。私はうろたえながら窓を指さし、ギャレルは大慌てで窓辺へダッシュ。「またな」の軽薄な一言を残し、二階の寝室の窓から階下へと飛び降りました。
ほぼ同時に扉が開けられ、
「今、物音が! なにごとでございますか、エムリーヌ様!」
血相を変えたマルゴと夜警の傭兵(女性です)が飛び込んで参りました。
「なにか、窓の外で物音がいたしましたッ」
私は怯え顔でふたりに走り寄り、抱きつきます。異変に恐れている演出と、彼女らの脚を止めるため。僅かでもあいつが逃げる時間を稼がないと。
私の安全を確認した傭兵は、次に大股で開け放たれた窓辺へ寄り異状の原因を探していましたが、すぐに薄闇の中を走り去ろうとするギャレルの姿を発見したようです。「いたぞ、捕まえろ」と声を上げました。
さすがナムーラ隊長の部下です、優秀。
あっという間に探索の声で敷地内は騒がしくなりました。あちこちに松明の灯が揺れています。無事に脱出してキャンソン団長のもとへ伝言を伝えることが出来るでしょうか、あいつは。
がんばれ、ギャレル・ダルシュ! 一応、心の中で声援を贈っておきましょう。
それよりも私の心を不安にしていたのは、あのお方の「本当の目的」でした。
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