第16話伯爵様は憤慨しておいでのようです
そう、尋ねたいことはたくさんございます。
「伯爵様は、人身売買組織に加担しておりませんよね」
「むしろ掃討したいとお考えですよ」
ですが、ならばどうして組織に対して、もっと強硬な手段を講じることが出来ないのでしょう。子供たちを救うために、もっと有効な手段がないものでしょうか。
「マルゴとも話したのですが、犠牲になっているのは、病気になったり怪我をした子供だけではないのでしょう。子供たち、みんなを救ってあげることはできないの?」
「それが、そう簡単にはいかないので、伯爵様は頭を悩ませておいでなのですよ。エムリーヌ様」
リヨン曰く。
その人身売買組織、実態が掴めないのだとか。
「組織の人間は口が堅く、情報が漏れてこないのです」
神出鬼没で、組織の規模もリーダーの名前も不明。忌々しいことに拠点のひとつが領地ペンテルにあるそうな。
ただし場所は安宿や酒場などを転々としていて定まっておらず、伯爵家直属の騎士隊が逮捕しようと踏み込んでも、すでにもぬけの殻であると云ういたちごっこが続いているのだそうです。
「偽情報を流しても、伯爵様ご自身が
あら。伯爵様の姿がペンテルでよく目撃されているのって、そんな理由もあるからなの。
「エムリーヌ様は、クオバティス沿海の国々はご存じですよね」
ここで「よくわからな~い」などと言おうものなら、明日からの座学はリヨンの特別集中講義が始まるに違いありません。
「では、あのあたりの海域を荒らす、海賊の噂は聞き及んでおりますか?」
よかった。その話なら、多少の知識がございます。
わが国の南方に位置するクオバティス海は昔から海上交通が発展し、近隣の国の産物や、遠くの海域から運ばれた珍しい品などを取り扱う海上貿易で賑わっている地域です。数多の商品を積んだ大きな船がたくさん行き交う場所でもありますが、同時にそれらのお宝を狙って、海賊たちが横行するようになりました。
もちろん船主の商人たちも、傭兵などを雇ったり襲われ難いよう船団を組んだりして対策をするのですが、海賊たちも狡猾で被害は後を絶ちません。
我が国の商船もかなり被害を被っておりまして、国王陛下や宰相殿たちが頭を抱えているというお話も伺っております。
「え、では、まさか」
「ええ。頭の痛いことに、その海賊どもが奴隷売買にも一役買っているようなのですよ」
奴隷とされた子供たちは、港から船でどこかへ連れて行かれるらしいのです。その子たちの輸送や組織の組員の移動、情報の伝達を担当しているのが海賊船とその乗組員というわけですね。
では、子供たちを誘拐するのも海賊たちなのでしょうか。
「あれ? クオバティス沿海が云々って、つい最近聞いたような気がいたしますけど……」
あ~! ナムーラ隊長です。彼の出身がクオバティス海沿岸で、ガレオン船を駆使して海賊たちを蹴散らした猛者だと。
まさか、彼の傭兵連隊長採用の理由って、そこ?
「もちろん、それだけではありませんよ。あの方は陸の上でも有能です」
ええ、それは、もう。あなたが力説せずとも、身をもって知っておりますとも。
「でもね、リヨン。悪しき者たちが誘拐を企むのならば、それを未然に防ぐことは出来ないものでしょうか。してやられてばかりでは、被害は減りませんわ」
「はい。自領内は騎士隊と傭兵連隊が交代で巡回し、治安維持に勤めております」
伯爵様は、きちんと手段を講じていらっしゃる。それでも人身売買組織による児童の誘拐は防げないのですか。
「子供たちが人身売買組織に連れて行かれるのは、なにも誘拐だけではないのです。残念なことに、親が売ると云うケースもあるのですよ」
「口減らし……ですか」
リヨンが苦しげに唇を歪ませました。
「伯爵家においでになる馬車の中で、あなた様も語られていらっしゃいましたね。大きな干ばつのあった年に税金が払えずに困った、と。お父君のホルベイン卿が家財道具や馬車を売り、領民たちの分まで立て替え払いをしたとも。
が、お父君のように心優しい
天災や、戦争などの人災が起これば、しわ寄せは弱い者たちへと向かうのはマチアス・ギャストン・ホルベイン卿の令嬢であるエムリーヌ様ならよくご存じでしょう」
ええ。お父様の元へは、よく領民たちが相談に来ておりました。解決してやれることは限られておりましたが。
「税金を納めることが出来ない農民は、田畑を手放さなければならなくなる。
生活の糧を得る田畑を失った農民は、土地を離れ浮浪したあげく、やがて物乞いになってしまう者とて少なくないのです。だから税金を支払う金を工面するために、子供を売ることもあります。
農民に限ったことではありません。職人たちも同じです。仕事が無くなれば金は入ってこない。同じ道を辿ります。
『人買い』という商売が堂々とまかり通っているのも事実。また、貧民街での子供の失踪などは日常茶飯事です」
壁の前で、マルゴがこっそり溜め息をついておりました。おそらく彼女もこんな境遇の生まれで、そんな経験を経て伯爵様に出会い館へ引き取られたのでしょう。
「エムリーヌ様のお父君はご立派です。ご自分が苦境に立たれても、領民たちの生活を第一にお考えになったのですから」
まさかレンブラント伯爵は、父の行いを全てご存じで、ゆえに縁もゆかりもない貧乏貴族の我が家に手を差し伸べてくれたのでしょうか?
家柄も格下で財産も無い。野心も無いし、出世の見込みはもっと無い男爵家の令嬢。加えて顔の造作も並みクラス、メリット皆無の娘に、大貴族レンブラント家からの結婚の申し出なんて異様が過ぎたのです。
なにか
「伯爵様にお詫びを申し上げなくては。
「構うものですか。花嫁を放置して西へ東へと飛び回っているのですから。お互い様だと
「あかんべ、ですか」
伯爵様の家令であるリヨンが、そんなことを言っていいものでしょうか? 不敬になりませんか?
同時に、壁際のマルゴがプッと吹き出しました。笑いを堪えきれなかったのか、肩が揺れています。「申し訳ございません」と言いつつ必死で堪えています。
えぇー! そんな子供染みたことを、私が伯爵様に対して行なうと思っているのですか、あなたたちは!
「おや。絶対に
そこっ! なぜ上から目線なのよ、リヨン。
もう! もう! もう!!
日が傾きかけた頃、私たちはレンブラント館へ戻ることになりました。
「エム。明日も遊びに来てくれる?」
すっかり懐いたドニが目に半分も涙を溜めてせがむものですから、いっそこのまま森の館に留まりたいくらい。けれどリヨンとマルゴに侍女たち、ナムーラ隊長まで諸々の理由で反対するものですから帰館しないわけには参りません。
その代わり、明日も森の館を尋ねてよいという許可はしっかりともぎ取りました。貴婦人教育の講義は「巻き」で終わらせることと致しましょう。
それと嬉しいことが、もうひとつ。
帰路には馬車が用意されるのかと思いきや、私の目の前には、あの芦毛の馬が連れてこられたのです。
「馬の名前をお伝えするのが
ナムーラ隊長の言葉に黄色い悲鳴を上げてしまったのは、無理からぬこととお許しくださいませ。だって、もう会えないのでは無いかと勝手に想像しておりましたもの。(私は、今夜伯爵様に切り刻まれると思い込んでおりましたから!)
あまりの喜びに隊長の手を取りお礼を申し上げたら、私の右隣でリヨンがまた不機嫌そ~な空気を漂わせ、後方でマルゴが私たちの顔を見比べニコニコしていたのは……
――――なぜだと思います?
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