第11話貴婦人は馬術も巧みであらねばなりません
レンブラント館には、私や使用人たちの他に、この館や伯爵領内を警備する騎士隊もおります。伯爵家古参の家臣団の子弟からなる騎士もおりますが、傭兵たちによる連隊も存在していて、連携して領地の安全を守っているのですって。
傭兵とは。まあ、平たく言えば伯爵様が
傭兵たちの多くは、食い詰めた騎士や従卒、職の無い農民や職人たちです。雇用主とは契約金によって期間雇用されるのですが、領主や領地とは利害関係が無い人間の方が大多数なので、忠誠心が弱く、兵卒素材としては劣悪なことが多いのだとか。
が、こちらの傭兵連隊はきちんと組織化され、入隊後は厳しい訓練も受けるそうで、軍事組織としても有能に機能している――そうです。(受け売りです)
先の隣国との争い――父が大怪我をしたアレです――以降、騎士や傭兵の華々しい活躍の場は失われておりますから、高給で雇ってくれるレンブラントの傭兵連隊は大層良い働き口であることに間違いありません。しかも宿舎も食事も配給品も、王立騎士団に劣らないほど良いのだとか。(受け売りですよ)
そうなると、普通は古参の家臣団による騎士たちとの
なんでも騎士隊のダーナー隊長と傭兵連隊のナムーラ隊長の仲がよろしいのが、両部隊の円満かつ円滑な共立に貢献しているのですって。(これも受け売りですわ)
私の知っている、どこかの騎士たちとは大違い……。あっ、これは。えーっと、以前ホルベイン領へ巡回に来たナントカ辺境騎士団の騎士たちがそうであったということ、ですのよ。お気になさらず。
レンブラント私設騎士隊と傭兵連隊。
我が国の華、騎士たちの憧れ、王立騎士団の美々しいまでの煌びやかさにはさすがに及びませんが、実働部隊としての実力は彼ら以上とは言わずとも、匹敵するくらいあるのではと思わせる空気があります。(私の感想でしてよ)
そうそう。私の輿入れの際も、連隊所属の騎士が数名付き従って馬車を警護してくださいましたわね。おかげで獣や盗賊に襲われることも無く、安全な旅が出来たのです。道中、何度かの休憩の折り、彼らが私の質問に気さくに答えてくださいましたでしょう。なので、それなりに詳しくなりましたの。
「――ですから私、皆様のことを信頼していますのよ」
と、ここで思いっきりのキラースマイル。決まった! そら、目の前に居並ぶ傭兵連隊所属の勇士たちが相好を崩しましたもの。うふふ。
私は美女ではありませんが、それなりに着飾り、それなりに振る舞えば、それなりの貴婦人に見えるようです。そこはマルゴと侍女たちの太鼓判つき。心強い味方を三人も後ろに従えて、堂々と「奥方様」顔していれば、三倍増しは美女に見えるでしょう!
殿方は、美女の笑顔に弱いそうです。使える
そうだ。ダメ押しに、もうちょっと笑顔のサービスをしておきましょうか。
それに
午後の爽やかな陽射しの元、マルゴと侍女たちを引き連れた私は、館の北側に位置する傭兵連隊の練兵場に来ておりました。
美味しい昼餐(マスのムニエルが出ましたの!)後の腹ごなしの散歩の寄り道とか、冷やかし半分に訓練の見学に来たとか、警護のお礼を言いに来たわけでもありません。もっと重要な目的がありましたの。
さて。私以下マルゴや侍女たち、妙齢の麗しい女性陣のキラキラな微笑みにニヤつく傭兵たちの真ん中で、ひときわ異彩を放つ男が口を開きました。
「それは光栄ですな。奥方様」
先程チラリと触れましたが、レンブラント傭兵連隊の隊長はナムーラと申します。少し変わった名字ですが、南方のクオバティス沿海の出身なのですって。浅黒い肌に、濃くて立派な顔の面積半分を覆いそうなお髯。確かにこのあたりの者たちとは、顔立ちも、身体全体から漂う雰囲気も違います。
そしてこの男。クオバティスでは歴戦の猛者として名を馳せているのも、すでにリサーチ済でございます。なんでも沿海を荒らす海賊どもを、マストや帆を改良し操縦性を上げたガレオン船を指揮し蹴散らしたのだとか。
隊長の後ろに並ぶ男たちも、その頃からの部下。先にも言いましたとおり、彼らは身分も経歴も
大きな声では言えませんが、我が国の正規の海軍よりよほど機動力も、戦力も、格段上じゃございませんこと?
「伯爵様から、淑女たるもの馬をも乗りこなせなければならない、と言いつかりましたの。でも私はロバには乗ったことがありますが、馬は……。したらば家令のリヨンがナムーラ隊長に相談せよと申しましたの」
「はい。仰せつかっております」
「
指南をお願いできるかしら?」
いろいろ途中経過を抜いて話を進めてしまいましたが、順序立てて説明いたしましょう。
貴婦人教育の一環として、乗馬も練習しろという伯爵様のお言いつけがあったのですね。まあ、次から次へと習わなければならないことだらけで、私はゆっくりお茶を飲む暇もありません。
貴婦人って、こんなに忙しいものでしたっけ?
(加えて、側にはマルゴや侍女たちが常時ぴったり控えておりますから、ひとりでふらりと館内を散策――なんてことは無理なのです。四六時中、監視の目がついているようなもの。これではこっそり伯爵様のお部屋をしら……あわわっ!)
そう! 乗馬、乗馬の練習のお話でしたね。
本来なら伯爵直属の家臣でもある騎士隊長のダーナーあたりがその指南役に当たるべきなのですが、あいにく
で、そのお鉢がナムーラ隊長に回ってきたということなのですね。
ほほほ。迷惑どころか災難ですわよね。
突然の侍女たちを連れた奥方様(身分のある婦人はどこへ行くにも侍女同伴は鉄則!)の訪問に、後ろの傭兵たちはニコニコ顔(男の集団はどこも脂粉の香りに飢えているの?)ですけどナムーラ隊長は渋い表情です。
十日後に私たちの結婚の儀を控え警備その他仕事が増えているのに、小娘のお守りまで――ではしかめ面にもなりますわよね。
「お気になさらんでください、奥方様」
ま、ナムーラ隊長は元々こんなお顔ですの?
失礼を申しました、お許しくださいましね。てへ。
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