第4話どうしてリヨンは前髪で顔を隠すのでしょうか
結局、翌朝になっても、伯爵様にお会いすることは叶いませんでした。
かような具合ですから、広い食堂で、またひとり寂しく朝餐を取ることに。ひとりと云っても、後ろに家令のリヨンや侍女たちが控えていますから、テーブル席に着くのが
長旅で疲れていたせいでしょう、昨晩はとてもよく眠れました。
朝から入浴して、気分もスッキリ。ご飯が美味しい。
肉詰めパイも川魚のフライも、白パンも、ワインも美味しくいただきました。さすが大貴族のレンブラント伯爵家、料理人の腕は間違いありません。朝からこんなに美味しい豪華な食事をいただいちゃっても、いいのでしょうか。
豪快な食べっぷりに、控えていた家令のリヨンが
調子に乗って薦められたセルヴォワーズ(ビールの元祖、でもアルコール度数低いから!)まで、きれいに飲み干してしまいました。
あ~、美味しかった!
そうそう。私の旦那様。いいえ、まだ正式には結婚していませんが、一応、夫ですね。
リヨンが申すには、なんでも深夜にお戻りになったようですが、夜が明ける前に、またお出かけになられたのだそうです。
――って。どれだけ忙しいのよ、レンブラント伯爵様は。
せっかく花嫁(……まだ正式には婚姻証明書にサインしていないけど)が館に到着したっていうのに、放置プレイですかー! まあ、私は、その方がありがたいのですけど。
ァ……っと、これは秘密。夫に会いたくない新妻なんて、使用人たちに不信感を抱かせる種を蒔いてはいけないわね。私は貞淑な花嫁でいなければなりません。
長い前髪で彼の顔の半分は隠れているので、たぶん……ですけど。
でもね。形のいい顎のラインとか、引き締まった口元など観るに、リヨンの顔立ちは貴族的で整っていると想うのです。なぜ隠してしまうのでしょう。
もしかしたら顔に傷があるとか、醜いあざがあるとか? 本人気にしている? だとしたら可哀想なので、どうしてと問う訳にもいきませんわよね。艶のある茶褐色の髪は美しいですけど、あんなに重々しく下げていたら鬱陶しくないのかしら。
掻き上げてあげたくなっちゃ…………
「エムリーヌ様」
リヨンがいぶかしげな声で名を呼ぶものですから、なにかと思えば、私ったら右手をそろそろと持ち上げて、彼の方へと伸ばしていたのでした。それは不審がりますよね。
(ひぃぃ、本気で掻き上げる気でいたのかぁぁぁぁ!)
無意識になにをやっているのでしょう、私ったら!
ああ、妄想と現実をゴッチャにしているなんて。淑女失格。なんて恥ずかしい。
「ところでエムリーヌ様。伯爵様が留守の間、あなたには貴婦人としての教養や作法を今一度勉強していただくことに致しました。
ご結婚なさればレンブラント伯爵夫人として宮廷に出仕し、国王陛下王后陛下の御前に伺候する機会があるやもしれません。
それ以前に、両陛下に結婚成立のお知らせのご挨拶に伺わねばなりません。その時に恥を掻きたくはございませんでしょう」
リヨンの口角が、悪戯っぽく吊り上がりました。このままじゃおまえ物笑いの種になるぞ、とでも言いたそうですわね。確かに、自分でもちょっと不安ではありますけど。
領主や貴族の結婚には、国王陛下の許可が要ります。結婚は同盟関係を強めるための戦略的な手段でもありますから、家同士の勝手な取り決めだけで決定することはできません。
当然、家柄が高貴になればなるほど、この辺の事情は複雑になるとも聞き及んでおります。
国からの婚姻の許可と教会の承認、これが無ければ結婚が成立しないのです。ですからその許可をくださった国王陛下(正式には貴族委員会ですが、最後に許可のサインをするのは国王です)にお礼のご挨拶をするために、夫婦揃って宮廷に足を運ばねばならなりません。
要するに、こんなふたりが結婚しましたぁ。よろしく! 的なお披露目ですね。
「私、宮廷はおろか王都に出向いたこともありません。不安になって参りました」
田舎育ちなので! と、ちょっとふて腐れてみせるとリヨンはキュッと薄い唇を持ち上げました。
「ですからレッスンをいたしましょう。それから、髪や肌、爪の手入れも怠らぬようになさってください。貴族の令夫人ともなれば、容姿や身だしなみも重要な条件です。レンブラント伯爵夫人の名にふさわしい貴婦人になっていただきたいと、伯爵様からの厳命でございます」
ひええっ!
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