第3話レンブラント伯爵様はどちらに?
話は前後致しますが。
馬車がレンブラント館に到着すると、主だった侍従や侍女らが待ち構えていて、次々と
「それで肝心のレンブラント伯爵様は?」
重要な用事らしいですけど、それはそうですよね。そうでなかったら怒りますわよ。ほったらかして出かけちゃうんですから。私は、あなたの花嫁でしてよ。
リヨンにざっと屋敷内を案内され、ようやく私にあてがわれた部屋へたどり着く頃には、すっかり空は暗くなっておりました。もうそのままベッドへ倒れ込みたいくらい疲れていたのですが、これから晩餐です。
その席で、いよいよ伯爵様にお目にかかれる予定です。
ところがその席に挑む……いえ着くに当たって、実家から着用してきたドレスを着替えて欲しいということになりました。え、でも、これ伯爵様からいただいたドレスですよぉ。
ですが「道中の埃がついていますから」な~んて言われて、マルゴと部屋付きの侍女たちに、寄ってたかって脱がされてしまいました。ついでに香草入りのお湯でゴシゴシ身体を拭かれました。
それはもう、念入りに。赤剥けしちゃうのではないかというくらい擦られたんです。
自分でできます恥ずかしいです――という反論も受け付けてくれず、
私を美々しく仕立てあげようという心意気は十分汲み取れたのですが、気合いが入りすぎていて、はっきり言って――怖かったよう。
真新しい下着を着せられ、ホッとする間もなく、今度は髪の手入れです。未婚女性の定番お下げ髪を解いて、ブラシで何度も
晩餐用のドレスは、伯爵様の用意してくださった王都の最新流行とかいうデザインなのですが、これまでそんな高価な衣裳に袖を通す機会もなかった田舎娘には、正直言って辛いのです。
着慣れていないですし、身体のあちこちを締め上げられ、これでは食事もお腹いっぱい食べられませんよね。加えて、この一目で高価だとわかる真珠の首飾り。もしもうっかり落としたら……と考えたら、心配で首の筋が攣りそう。
でも伯爵夫人になるからには、こんな格好にも慣れなければならないのでしょうね。
窮屈で、気が遠くなりそうです。
「さあ、これでよろしいですわ」
鏡の前に連れて行かれると、平凡な言葉が漏れました。
「これが、……私」
馬子にも衣装とは申しますが、田舎娘が貴婦人のようになりました。びっくり!
「おじょ……エムリーヌ様は素地がよろしいのですから、磨けばいくらでも輝きます」
鼻息も荒く、マルゴがそう申しました。他の侍女たちもうなずいています。
ホントかしら?
「これなら伯爵様も、きっと惚れ直しますわ」
あ、そうだった。マルゴの一言で現実に戻されました。私、結婚するんでした。
状況の変化に振り回されて、この館へやって来た目的を忘れるところでしたわ。
「あの……、マルゴ。伯爵様って、どんな方? 私まだお目にかかったことがないから、お顔も知らないのよ。予備知識として、少し教えて欲しいのだけど」
「ァ……ああ、そうでしたよね。そ~いうことになって……」
あら、なんだか歯切れの悪い言い方。
「えーっと、そうですわね。でも、ご自分の目で確かめられた方がよろしいと思いますよ」
仕上げにと、マルゴは私に白いレースのハンカチを持たせてくれました。貴婦人の必須アイテムです。
いざ、晩餐に! と部屋を出ようとしたときのこと。ドアの外で小さな咳払いが聞こえ、次いでノックの音が。誰かと思えば、リヨンでした。
ところがドアを開けたリヨンは、しばらく要件を申しません。
長い前髪で隠れているので表情が読めないのですが、怒ってる? 支度が遅いとか思っている?
もしかして……ドレスが似合わないと呆れているのでしょうか?
「あ、いえ。そんなことはございません」
慌てて否定しているのが、なんだかあやしい。やっぱり田舎娘に最新流行のドレスなんて無理なんですわ。後ろで控えているマルゴと侍女たちだって、私とリヨンの顔を交互に見てはニヤニヤしていますし。
もぞもぞしながら「お似合いです」なんていわれても、信じられるものですか!
ボーッとしているリヨンを押しのけ、大股で――ああ、淑女にあるまじき行為――食堂へ向かおうとすると、
「伯爵様からの伝言をお伝えに参りました。本日の晩餐はおひとりでゆっくり楽しまれるようにとのことでございます」
「はい?」
今度は私が間の抜けた顔を晒してしまいました。
お昼間からの予定が伸びて、伯爵様の帰宅が遅くなるのだとか。
せっかく、
「はい。大変申し訳ございません。それと、今晩はゆっくりお休みになられるようにと仰っておりました」
なにやら拍子抜け……。
その晩は、広い食堂で、たったひとりテーブルに着きました。
給仕の侍女たちが控えているとはいえ、食事をするのは私だけ。
いつもは家族の賑やかな笑い声に囲まれて食事をするのが常でしたのに。
だからでしょうか。目の前に珍味やご馳走が並べられても、ひとりだけの食卓はとても寂しく、なにを口にしても美味しいとは感じられませんでした。
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