第三章 幸運を招く鳥

 突然私から消え去った、嵐のような失恋の傷跡から、仕事のとき以外は人と関わらない生活を送っていた。


 自分の感情が失われていく暗くて寂しい毎日となり、心の中に不協和音が広がって私は孤独だったのかもしれない。


 私の名前は、早乙女ひなた。ちょうど今、夢や理想と目の前にある現実とのギャップに思い悩む「二十五歳の壁」が迫る年齢だ。他の特徴と言えば、見た目や頭もごく普通で、どこにでもいそうな女性だった。


 けれど、幼い頃からひとつだけ人には知られたくない不思議な特徴が心の奥底にひそんでいた。それは、リアルで他人の心が読めるという特徴だ。そのせいか、人混みが大の苦手で、戦争映画など悲惨なシーンを観ていられなかった。  

 しかも、人見知りが激しく、他人の感情を敏感に察知する「エンパス」の性格からくる苦痛が多くて、人間関係を築くのに時間もかかった。


 どうしたらいいかわからずに悩んできたが、心理学の専門家の間では、「エンパス」症候群と呼ばれるらしい。現代の医学では治療薬がないけれど、強い意志を持てば解決の糸口になると教えてくれた。


 だから、ずっと前から、私は助け船となる相談相手を探していた。



 その日は仕事で慌ただしいというのに、朝ごはんを食べる気にもなれずにむしゃくしゃする。


 ああ、こんな自分はもう嫌だ嫌だ……。ここに消しゴムがあるなら、一瞬で消したかった。思わず長くて鬱陶しい髪を掻き乱して、いつものようにバックから時計を取り出した。時計を取り出すことは自分の心を落ち着かせるためのルーティンだった。


 今、何時だろうか? そろそろ仕事に行く時刻が迫っているはず。その時計には、「カチカチ……」と時を刻む一方で、可愛らしいさえずりを聞かせてくれるシロフクロウが棲みついていた。彼はエサも水もいらない鳥のようなものだった。


 シロフクロウはどんなに寒くて凍えるような北欧でも、生き残るために我慢強く耐えられる鳥だった。それは一方で、薄暗い百夜の里にさまよい歩くかよわき迷い人を助けてくれる神の使いの『幸運の鳥』だという。


 もちろんのこと、私が手にする品は生きている鳥でなく、『幸運の鳥』を模した骨董品の懐中時計だった。  


 電池やソーラで動くものではなく、まして電波時計でもなかった。私がポケットに入れて動き回るたびに、魔法のムーブメントにエネルギーをためることができた。   


 だから、私が元気ならば、その懐中時計にも明かりがついて、心地よいメロディーを奏でてくれる。私が部屋に引きこもると、彼の顔色が悪くなりご機嫌斜めとなってしまう。ふたりは、とても摩訶不思議な関係だった。  

 私が心地よい風を受けて歩いていると、彼は可愛らしい声でさえずってきた。今では、至極当然のように、お守りとして肌身離さず持ち歩いていた。


 私は失恋から立ち直ろうとしていたとある日、ふと訪れたフリーマーケットでお守り時計と出会った。  


 時計を私が手にすると、止まっていた秒針が突然に動き出して、長針と短針で縁起の良い「1」が連続して並ぶ十一時を告げてくれた。そうして、「ゴロスケホッホーゴロスケホッホー」と心地よいメロディーを何度も奏でてくれた。


 迷うことなく、その時計の美しい外観と独特な音色に引き寄せられ、すぐに欲しくなった。もしかして、壊れたと思っていた時計の針が動いたり、耳を通り抜ける可愛いさえずりに、運命の糸を感じたのだろうか。


 私は、フクロウの両耳が小さく、さえずりまで聞かせてくれたので、オスと勝手に決めつけて、「シーク(探す・求める)坊や」と名づけた。


 朝が来ると、時計の音が目覚まし代わりになり、「シーク、元気?」と声をかけて話しかけていた。元カレがいなくなって部屋が静まり返ると、心の中に寂しさを感じていた。その代わり、私はシークと出会えて、ベストフレンドができたように幸せや喜びに満たされていた。


 しかし、シークは何度も壊れて、針が動かなくなった。時計が壊れることは彼の死を意味していた。ところが、「絶対に、死なないで!」という私の嘆きを知ると、彼は針が再び動き出した。私はシークを見捨てることなんか、できなかった。


 彼の音色は、時間が絶えず進んでいることを教えてくれ、それは「私自身も前に進みなさい」というメッセージになっていく。さらに、私の弱さに気づいて、もう一度立ち直るきっかけを見つけることができた。


 シークがそばにいるだけで、彼の存在が私の心を落ち着かせ、他人と接することへの抵抗を和らげてくれた。私は心の扉を開けられるようになったことから、失恋の傷跡も少しずつ癒えていった。  

 彼の音色が響くたびに、私は自分自身を見つめ直し、新たな一歩を踏み出す勇気を持つことができた。いつしか、シークは人知れず「エンパス」の自分に寄り添ってくれる唯一の話し相手、心の守り神となっていた。


 これからも私は自分自身を愛し続けていくだろう。それは、自分を大切にすることから始まるのだ。そして、その愛情は他人へと広がっていき、世界中に愛情を広めていくだろう。それが私の新たな人生の目標であり、夢である。


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