第50話 罪人の処遇
午後の練習を終え、宿に到着すると、そこには他校の生徒たちも宿泊していた。
荷物を部屋に置いてから、夕食会場に足を踏み入れた七音は、バイキングの列に見知った顔を見つけて固まってしまった。
山野辺高校の高梨だ。寄りにもよって——という言葉が適当なくらいの偶然。いや、運営側が県ごとに宿泊所をまとめて斡旋しているのだ。当然と言えば当然なのかも知れないが、七音にとったら、最悪の状況だった。
彼の姿に固まっていると、高梨はバイキングのトレーを手にわざわざ七音の元に歩み寄ってくる。
「県大会。お前、ステージにいた? なんかいなかったって聞いたんだけど。それなのに、また来たんだ。旅行気分? ねえ、それっていいわけ?」
ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべている高梨の隣には、小柄な女子高校生が立っている。
「誰? 高梨くん」
山野辺高校は共学。当然、女子高校生も一緒にいるということだ。距離感が近いのは、友達や部員仲間の関係性以上のものがあるのかも知れない、と七音は思った。
「あ、こいつね。中学校の時の同級生なんだけどさ。すっごく変な話し方すんだよ。それなのに合唱部入ったってさ。おかしくね?」
彼は笑うが、隣の女子は「やめなよ。そういう言い方」と高梨を窘めた。
「え、別にいいじゃん。だって本当のことだし——」
その時。女子高生にぶつかる人影が。
「きゃ! 危ない……」
彼女の手からトレーが落ちそうになったその瞬間。ぶつかった男は、その長い腕を伸ばし、それをキャッチした。
「おっと。危ない。これは失礼いたしました」
はったとして見てみると、男は比佐だった。彼は優雅な仕草で、トレーを女子高生に返す。
「あ、ありがとうございます」
彼女は頬を朱に染め、そして比佐を見上げていた。比佐は女子高校生キラーと聞いていたが、七音はそれを目の当たりにして、ポカンとしてしまった。
彼は女子高校生に爽やかな笑みを見せた後、高梨に声をかけた。
「あれ? 君は……確か。県大会の時はうちの可愛い七音が随分と世話になったね」
比佐は高梨の肩に手を当てると、そっと引き寄せると小声で言った。
「てめえ、うちの部員に手だしてんじゃねえぞ。このボケ。お前のところの女子、みんな寝取ってやろうか」
高梨は、顔を青くして固まっていた。その隣にいる女子高校生は「やだ、恥ずかしい」と顔を赤らめているばかりだ。
(これは、やばい。高梨が不憫に思えてくる)
「七音、康郎。どうした」
そこに、後ろから獅子王たちが顔を出す。比佐はとぼけた調子で答える。
「ああ、この子が、例の。七音の中学校の頃の同級生——」
獅子王は、比佐の言葉を最後まで聞くことなく、高梨の肩に両手を置いた。
「そうか。そうか。君が例の。あの時は七音が随分と世話になったそうだな。君には礼をしなければなるまい」
「ひ、ひいいいい」
目だけがギラギラと光っている獅子王は、まるで野性の獅子。高梨は、さながら獅子に睨まれた小動物のようだった。
「し、失礼しました」
彼は踵を返して、その場から退こうとしたが、獅子王は逃さない。その太い腕で、ガッチリと高梨を捕まえると笑みを見せた。
「なんだ。まだいいじゃないか。せっかくだ。梅沢高校と、山野辺高校の交流会だな! 有馬。この子をおれたちの席に」
隣に立つ長身の有馬は眼鏡をずり上げる。その眼鏡の奥の瞳は冷酷に煌めく。
「いいだろう」
「ほら。お許しも出たようだ。遠慮などする必要はないぞ」
(ひいいいいって。僕もなるよ。だって、獅子王先輩たちって、ちょっと他の学校から見たら、異色で怖いもん!)
七音は高梨に同情するしかない。高梨は「あ……あ……。助けて。篠原」と何度も口にする。しかし、こうなってしまってはどうしようもないだろう。
「おう! お客様だ」
獅子王に突き飛ばされた高梨。すでに席に着いていた歌川は、冷たい笑みを讃えて「どうぞ、お座りなさい」と言った。
「我らが女王への無礼な態度は、おまえの身を持って償ってもらおうか」
保志は手を鳴らして見せながら、「おれは背負い投げが得意でな」と言った。
梅沢高校三年生たちに囲まれた高梨は情けないくらい小さくなって震えている。
彼は、喧嘩を売る相手を間違えたということだ。
七音が黙ってそれを眺めていると、トレーを手にした優が隣に立つ。それから「敵に回すもんじゃないよね」と笑った。
反対のテーブルでは、比佐の周りに山野辺高校の女子生徒たちが集まってきて、人だかりになっている。
(恐ろしい。恐ろしすぎる)
七音は唖然としていた。
「七音~。ほら、早く選んで食べようよ!」
優は七音に笑みを見せる。
「うん」
「ほら。こっちだぞ」
暁は七音の背中をトレーで押した。
みんながお節介みたいに七音を大切にしてくれる。七音は嬉しい気持ちになってバイキングの列に並んだ。
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