第4話 1日前編

 永禄13年(1570年)ー



 清姉上と北条家の7男・義兄上殿上杉景虎が結婚して数ヶ月後。清姉上と義兄上殿の仲はかなり良好でついこの間妊娠したのが分かったらしい。それを知ったわたしはお苗に作ってもらったお手製の腹巻を持っていった。冷えは女の大敵だしね。そしてやはり誰であろうが清潔に保つ必要があった。まあ、この妊娠は道満丸が生まれるってやつだろうから心配しなくてもいいけどやっぱり衛生管理が心配だ。いずれ、わたしもここで喜平次との子を産むことになるだろうし、そうなると石鹸とかアルコール消毒が欲しい。でもわたしの足りない脳みそと失った記憶では難しい。ここら辺は手探りでやる必要性があるようだ。というかこの時代石鹸ってないのかな?たしか洗剤になり得る植物があった気がするのとアルコール消毒だとやっぱりアルコールだからお酒使うのかな?などと考えながら構想だけ練っていた。



 それでもお姫様であるわたしの一日はそれほど暇という訳でもない。



 朝五つごろ(6時頃)に起床。



「虎姫様、朝にございます」



「ん……朝……?」



「そうにございます」



「おふぁよ〜おなえ」



 お苗に手伝ってもらって袴に着替えた。というのもわたしは毎朝稽古をしているので袴の方が普通に小袖に打掛けを羽織るよりも動きやすいからだ。ご飯の時間になると普通に打掛けに着替え直す。



 それで着替えたわたしは二の丸に行って信綱と千代丸と合流(与六は喜平次の方に付き添っている)。



「文は来てる?」



「いえ。特にはありません」



 わたしはまず手紙が届いていないか確認した。わたしはお姫様だが父上の家臣から手紙がちょくちょく届く。その内容は「殿をなだめてくれ」だとか「それがしの子供を是非」とかいう手紙だ。もし家臣からの前者の内容であればこれからのわたしの予定は武芸の稽古をするのではなく父上に会わなければならない。が今日は特にそのようなことはせずにすぐに稽古に移る。



「そのようなへっぴり腰では戦場ですぐに刈り取られますぞ!」



「は、はい!」



 武芸の稽古はいつも通り信綱の厳しい怒号が飛び交う。



「お、だいぶ形になってきましたね。では、1度千代丸と勝負してみますか?」



 厳しい言葉だが、時には褒めてくれた。この前「厳しくしすぎましたか?」と質問が来た。厳しいって自覚あったんだと思いながらわたしはこの信綱の言葉に首を横に振った。そして「信綱は確かに厳しい。でも、その厳しさはわたし達だけでなく自分にも向けている。だから、わたしはあなたを正当に評価できる。あなたの厳しさは優しさゆえだとちゃんと受け止めてる。その厳しさと優しさ。どこに行ってもどんな時でも忘れないで欲しい」というと信綱は急に泣き出して平伏しだした。この日から信綱の訓練が厳しくなったのは言うまでもない。



「はーい!よろしくね!千代丸」



「は。ですが、ご容赦はしませぬぞ」



「わたしも容赦しないからね!」



 稽古中に時々千代丸たまに信綱、与六か喜平次とも対戦した。2人とも手加減はないがその分手応えを感じ取れる。わたしが負けた時は素直に受け止めてアドバイスを聴いて4人を褒め散らかして勝った時は喜びつつ4人をなだめたり褒めたりした。ちなみに勝敗はそれぞれ10勝10敗、5勝15敗、9勝11敗、3勝17敗だ。



 クソ。絶対勝ってやる!と意気込んでもっと体力をつけようとうる覚えラジオ体操をしたり、走り回ったり筋トレしてみたりしているが今のところ少し筋肉が着いたかなってくらいで変動は無い。



 今日の勝負で負ければ越される。絶対に負けられない。わたしがこの人たちに完勝できる日がいつになるのやら。



 更なる向上心が湧いたわたしは剣豪が欲しくなった。この時代の剣豪と言えば塚原卜伝だったり足利義輝だったりだろうか。でも卜伝はもう歳で近々に死ぬし、義輝は私が生まれる1年前に亡くなっている。この2人では物理的に無理だ。あったとしてもここから京までどれくらいかかるのやら。じゃあ剣豪と言えば……宮本武蔵!でもわたしの中では彼は江戸時代の人のイメージだ。んー……剣豪、東日本に居て近々に死ななそうな人……あ、上泉なんとかさんはこの時代にいた気がする。ぱっと思いつく感じ彼ぐらいだ。今度父上に頼んでみようかな。



 とにかくわたしは朝の稽古を終えた。ちなみに勝ったのは千代丸だ。負けたが次こそ勝てばいいと意気込んでわたしを呼びに来たお船と共にわたしは部屋に戻った。



 今度はお苗に水を汲んできてもらって手ぬぐいで水拭きだ。散々動いたあとは汗っかきになっている。本当は頭も洗いたいがこの時代当然ドライヤーは無い。でも元現代人なわたしは耐えきれず許容して週一回ぐらいの頻度で洗っていた。でもこれは晴れの日限定で雨が多い月はほとんど出来ない。あとはわたしの父上は大名なのでお風呂がある。お風呂と言ってもこの時代が蒸し風呂基本だ。下でお湯を沸かして板間から湧き出てくる湯気で汗や垢が浮き出てくるのでそれを拭っていた。まあお湯に浸かれないのは残念だがまだこれは許容範囲なので許している。



 余談はさておきわたしは今度袴ではなく打掛けに着替えた



 その後体感では朝8時頃に朝食を取った。



「父上、おはようございます」



「ああ。おはよう。虎。こちらにおいで」



「はーい」



 父上が居ない日は喜平次と伯母上と共に摂るが、今日みたいに父上がいる日はこうして父上のお膝の上に乗せてもらっている。父上といる時はここがわたしの定位置だ。わたしは最初は恥ずかしいと思ったが今となればすごくいい場所だ。でもこれわたしが大きくなったらできなくなるんだよな。悲しい。



「そうか負けてしもうたか」



「はい……」



「まあ、そう気落ちせずともよい。虎は充分強いのだからな」



 それでも父・謙信とは見劣りするのは性別故のものだろうか。わたしは女武将とか女城主とかかっこよくて好きだけどなぁ……。もっと向上しなければと心の中で決意を固めた。

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