第10話 越相同盟




 永禄11年(1568年)末。



 永禄10年の3月。輝虎の唐沢山城攻略は上手く行き、見事落城。城主の佐野昌綱の妻のつな*と嫡男の小太郎*を人質として上杉家の本拠の春日山城下の屋敷に住まわすことで交渉が成立。その後妻と息子を取られた昌綱は上手いこと動くことが出来ず裏切ることは無かった。そして北条高広が謀反を起こした。しかし、このことにいち早く気がついた輝虎が撃退。が、小山城の小山秀綱、結城城の結城晴朝、などが寝返られて、さらに常陸国の佐竹義重が輝虎の出陣要請に難色を示すなどの北条氏政の攻勢により対北条方の足並みが崩れた。そのため上杉輝虎は大幅な撤退が余儀なくさせられた。当初は北条方が圧倒的に有利だった。



 しかし、北条方の戦況が大きく変わったのはこの永禄11年の事だった。甲相駿三国同盟のうちの一つの武田信玄が同盟国であったはずの今川家に侵攻。これに激怒した北条氏康は娘婿である今川氏真を助けるために甲相同盟を破棄。北条氏康は嫡男の氏政を援軍として駿河に派遣したが、結局、武田軍は駿府城を攻略し、駿府国を併合。これにより北条氏と武田氏の間で均衡が崩れた。結果的にこの武田氏に撤退されたことにより氏康は西に武田氏、北に上杉氏、東に里見氏と3方向を敵勢力に囲まれる危機的状況に陥ることになる。輝虎もこんな関東情勢を睨みつつ北条家に進行することになる。北条家は苦境の末まさかの行動に出ることになる。



「なに?氏照、氏邦兄弟が由良成繁を介して同盟交渉をしてきただと?」



「はい。どうされますか?」



 なんと長年敵同士にだったのにも関わらず武田信玄が共通の敵となった上杉家と北条家には一応利はある。



「上杉と北条は長年敵同士である。それに上杉家は関東管領がある。この役目を果たすためにも北条氏を討伐せねばならぬ。確かに武田信玄とは共通敵で利点もあるが……」



 当初上杉輝虎もこの北条氏照、氏邦兄弟の提案には反対側であった。武田信玄を討伐するという共通の目的があれど、長年敵同士であった北条家と上杉家が今更手を組めば関東情勢は混乱に陥る。それは目に見えていたからだ。だが、氏照らはこれを読んでいたかのように次の行動に出る。



「下総関宿城、落城寸前とのこと。北条方は「同盟締結すれば引き換えに我が軍を引かせよう」との事のようであります」



「うむむ……厳しいな……確かに度重なる関東出兵は領民や家臣からも不満は出ている……止むを得なしか」



「賢明な判断かと存じます」



 この輝虎の苦渋の決断により、永禄12年6月。「越相同盟」が締結された。



 この同盟締結のための条件が与えられた。



・輝虎が武田攻めのため信濃に出陣する。


・氏政の子・国増丸を輝虎の養子にする。


・輝虎が上野、及び武蔵の内岩付城他数箇所を領有する。


・足利義氏を古河公方とし、輝虎が関東管領を務める。



 この時に初めて輝虎が関東管領であることを認められたのだ。



 そして同盟の証として条件にでてきた通り北条側からは氏政の子・国増丸と上杉側からは輝虎の実子は虎しか居ないため家臣の柿崎景家の息子・晴家を人質としてお互いに交換して、血判誓詞を交換し、これにて越相同盟は成立したのだった。しかし、



「わしの幼い国増丸を輝虎なんかの人質にさせるなんて嫌である!」



「兄上……」



 国増丸の父親である氏政が国増丸を人質にするという話を拒んだのである。これには流石に弟の氏照、氏邦兄弟も困り果てた。



「しかし、氏政兄上、戦国の世というのはそういうものでありますぞ」



「戦国の世がどうとかどうでもいいであろう!第一、輝虎も実子の……なんだ?どうでもいいか。実子じゃないくせにわしにだけ実子の国増丸を出すなんて不公平だろう!」



「それは分かりかねます。本来なら上杉輝虎もご息女である虎姫殿を差し出すべきではありまする……」



「そうだろう。氏照。わしの気持ちがようやく分かったか?!」



「氏照兄上?!ダメですぞ!氏政兄上を甘やかすのは!」



「なんだよ。氏邦。その言い方だとわしが子供みたいじゃないか」



「実際こど……」



 氏照は口をすべらそうとする氏邦の口を咄嗟に塞ぐ。これ以上兄の機嫌を損ねればどうなるかわかっているからだ。



「なんでもございませぬ。しかし、こちらが国増丸を人質として上杉家との同盟は成立しませぬ。そうすればこの北条家は西には武田、北には上杉、さらに南には里見という強国の敵を作ることになります。さすればたちまち不利になるでしょうね。兄上が子煩悩すぎて国増丸を差し出さない限り……」



「うぐ……それはわかっている。じゃが、じゃが……」



 氏政とてこの北条家の不利な状況は分かりきっていた。だが、最近数えで5つになったばかりの息子を手放すのは度し難かった。その時ふと廊下を見るととある少年が歩いていた。



「……人質って北条家の身内であれば誰でもいいんだよな」



「はい。確かにそうでございますが……ってまさか!?」



 氏照も氏政の視線をたどって廊下を見ると察した。廊下にいる少年は確かに北条家の身内だ。



「氏秀、今すぐこちらに来い」



「……?氏政兄上、お呼びでしょうか?」



 ここから廊下までかなり距離はある。聞こえないふりをすればいいのだが……いや、形式上でも当主である氏政の声を無視することは出来ないものだ。氏照と氏邦はたまたま通りがかっただけであろう氏秀を哀れんだ。



「ああ、お前には上杉家の人質になってもらおう」



「は。……はぁ!?」



 氏秀は一瞬返事はしたが冷静になって考え直すと氏秀は自分が素直に返事をしたことを悔やんだ。



「上杉家に人質って本気ですか!?氏政兄上!本来それは国増丸の役目でしょう!……氏照兄上も氏邦兄上も何か言ってくだされ!」



「わしから言えることは何もなし……」



「わしもだ……」



 氏政が1度こうとなったら聞かない。弟である氏照と氏邦は知っていたので弟である氏秀を見捨てることにした。



「見捨てないでくだされ〜!!」



「なにをいう。氏秀。お主は異母弟だが、北条家一門であることには間違えない。合理的であろう。なあ。氏照。氏邦」



「是非もなしにございます」



 氏照も氏邦も頷くばかりであった。



「しかし、私にはついこの間婚姻になったばかりの妻が、みつ*がおりまする!」



「わしもついこの間小梅と離縁したぞ?」



「ですが……」



「幻庵様や光姫殿にはわしが言っといてやろう」



「氏照兄上!?」



「氏秀、ここは頼む!お前しかいないんだ。この北条家の窮地を救うには!」



 氏秀は今日初めて兄たちの部屋の前に通ったことを後悔するのだった。しかし、こんなに兄たちから懇願されているが、氏秀に拒否権はなく、仕方がなく許諾することにした。



 かくして、北条家からの人質は氏政の息子の国増丸ではなく、氏政の異母弟の氏秀が行くこととなった。



 この同盟は無事に結ばれることになるが、里見氏や佐竹氏といった関東の諸大名並びに太田資正などの反北条勢力は、この同盟に対し激震と混乱が走った。この混乱と不満と不信感から輝虎との同盟を破棄、武田氏に鞍替え。北条の本来の目的である関東諸将の平定は行われることもなかった。なんの皮肉なのか、むしろ悪化したとも言えた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



※佐野昌綱の妻についての資料は出てこなかったためいたかどうかは不明ですが一応登場させています。


※佐野昌綱の妻の名前は夫の昌綱から、その息子である小太郎も幼名に関する資料が見つからかったため通称から取りました。


※氏秀の元妻の光は後の夫である北条氏光から取りました

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る