第11話 焦り

 武田信玄が今川家を攻めた。春日山城内はこの話で持ち切りだった。西に行っても東に行っても家臣たちはこの話題ばかり話していた。



 わたしはこの話を聞いた時とうとうこの時が来たかと息を飲んだ。この武田氏による駿河侵攻は越相同盟に繋がる1番の要因だったからだ。そのせいでわたしは妙にそわそわして頻繁に奥にいる姉たちに会うようになった。



 わたしの歴史に関する知識は詳しい。が今のところ変えたのは上杉景勝が長尾顕景からの改名が少し早かったこと(これ関してはわたしは何もやっていない)、1567年の上杉輝虎による関東出兵の際、帰国が少しだけ早かったこと、そして1568年に何故か本庄繁長が謀反を起こさなかったことである。一応その息子がわたしの側仕えになったからなのかな?



「虎姫様、武田信玄が同盟国である今川家を攻めたようですね」



「もちろん知ってるよ。城内中噂になっているからね。というか千代丸、集中して」



 わたしは来月で数え四つになる。この歳になると色々と手習いをさせられる。



 ただ、焦ったわたしは父上に懇願して1年早めに手習いをすることにした。わたしは姫なので「礼法」「歌学」「茶道」「書道」「芸事」などの花嫁修業として必要となることを学ぶ。ただ、通年より早いのと一応わたしは大事な後継なので「礼法」と「書道」と「武芸」を教えられた。



 正直現代から来たわたしからすれば書道も礼法もなにもかもちんぷんかんぷんだ。伯母上からは「これも全て喜平次の妻になる上で必要なことなのですよ」と力説されたが、やはり難しいことには変わりは無い。



 ただ、父上がこのことに気にかけてくれたのか書道は父上自らしたためてくれた「いろは唄集」を戦地からわざわざ送ってきてくれたのだ。この「いろは唄集」はすごく優しく丁寧で分かりやすかった。



 おかげで今ではひらがなは全て書けるようになった。わたしが焦りすぎたというのもあるが。この成果を父上に報告しようと戦地にいる書状を送ったが同じく現地にいる喜平次と与六によれば泣いて喜んだらしい。



 ちなみに余談だが喜平次の初陣は本庄繁長の乱だと言われているがわたしのおかげかは分からないがこの歴史では起らなかったので喜平次の初陣は関東出兵となった。ここに与六がいないのもこの喜平次に付き従ったからだ。



「しかし、虎姫様、この歳で平仮名を制覇するとはお早いですね」



「でしょう。わたしはやれば出来るんだよ」



 もちろん中身は成人済みなので元々楷書の文字が分かっていたのでくずし字を理解して読むだけならばそこまで時間は要さなかった。ただ、書くには半年の時間を費やしてわたしが今こうして父上の「いろは唄集」を再読したり書き写したりしているのは復習の意味も込めている。



 わたしがこの越相同盟で不安に思っているのはこの同盟がこの先の越後の、上杉家の歴史を揺るがす大事件を引き起こす火薬になるからだ。この事件が起きたのは父上がハッキリと後継者を決めなかったからだ。



 ただ、今回の歴史では違う。わたしという存在があるからだ。謙信の娘という立場で一応跡継ぎであり、わたしの許嫁は上杉景勝だ。この場合父上はハッキリと喜平次が、景勝が後継者であると公言してある。



 だから問題ないはずだ。なのに何故かこの騒がしい胸騒ぎは抑えられない。他になんの不安要素があるというのだ。それがわたしには分からなかった。さらに大きく歴史を掻き回す必要があるかもしれない。そこでわたしは今後の方針を考えることにした。



 目標としては


・この日本における上杉家の影響力を強めること。


・上杉家国内の国力増強


・そしてそこまで歴史に深く関わらないことだ。



 大きく曲げすぎると流石のわたしでも何も分からなくなる。いや、わたしという存在がいる時点でなにか変わってるのかもしれないが。



「それにしても虎姫様、この1年、随分と生き急いでいるように見えますがどうかしたんですか?」



 流石に常にそばに居る千代丸からは違和感を覚えたのだろう。



 来月で6つになる彼は2年前とは比べて随分と背丈が高くなった側仕えをたくましく思った。



 成長と言えば喜平次も来月で15になる。まだまだ成長期の彼はさらに逞しい。そしてさらにかっこいい。彼がわたしの夫になるのかと思うとすごく顔が赤くなりそうだ。わたしの中身は喜平次の歳よりもとうに超えているというのに。



「そう?」



「そうにございます。そんなに生き急いではどこかで必ずコケまする。それに虎姫様はまだ数えで3つにございます。急ぐ必要性はないでしょう」



 確かに……そうだ。恐怖心から心がかき立てられて生き急いでいたのかもしれない。わたしは深呼吸をした。なんか落ち着いてきた気がする。



「……そうだね。なんかわたし急ぎすぎてた気がする。もう少しゆっくり行動してみるよ」



 医療が進歩してないこの時代でも50年は最低でも生きられるのだ。もう少し落ち着いて行動してもいいのかもしれない。



「それが正解にございます。……ところでこの間また家臣が虎姫様にぜひ我が息子を。と推薦状が届いていましたがどうしますか?」



「また?何度もしつこいね。……でも、もう誤魔化せないよね」



「そうですね」



 千代丸を雇ったあと、やはり予測した通り何人もの家臣から推薦状が届いた。まだわたしは幼いからという理由で押し切っていたが来年はもう数えで4つ。それに与六と千代丸だけでは人手が足りなくなっていた。



 千代丸もまだ教えてもらわなければならないことが沢山あり、側に入れないという状況も多くあった。だからわたしは元服済みか間近の10代以上20代未満の文武両道な男児が欲しかった頃だ。しかしこう何度も送ってこられるのは鬱陶しい上この上ない。



「とりあえず父上や喜平次、与六に確認を取るから帰ってくるまで待っててくれと伝えといてくれない?」



「は。かしこまりました」



 しかしわたしのこの判断が後の歴史を大きく揺るがすことになるのは間違えなかった。

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