第9話 関東出兵
上杉謙信が関東出兵するに至った経緯を語るには10年以上昔に戻さなければならない。
天文20年(1551年)に越後統一を果たした上杉謙信(当時は長尾景虎)は平穏を取り保とうとするが、翌年の天文21年に異変は起きた。
「頼もう!!毘沙門天の生まれ変わりで義を守ると噂される長尾景虎殿に頼みがあり申す!」
「顔を上げてくだされ。上杉憲政殿」
なんと関東管領の上杉憲政が長尾景虎を頼るためにここ越後に逃げ込んできたのだ。経緯としては上杉憲政の領地の
「関東の地を収めるべくしてある役職の関東管領を無下にするとは何事か!北条氏康め!許せぬ。憲政殿、仇は必ず我が打とう。なので憲政殿は御館にゆっくりと休んでくだされ」
「ありがたき幸せ。この御恩、どうお返しをすれば……」
「やめてくだされ。我はまだ何もやってはございませぬ。なので成してからそういうことを言ってくだされ」
冗談はともあれ景虎はこの上杉憲政を保護することに決めて御館に住まわせることにした。この景虎の行動により長尾家は北条家と敵対するきっかけとなった。
同年の8月。景虎は早速本庄繁長や平子孫三郎などを関東に派遣し、上野沼田城を攻める北条軍を撃退。さらには平井城、平井金山城の奪還に成功。しかしまた、北条家に奪われると言った攻防を繰り返していた。
永禄3年(1560年)に甲相駿三国同盟の一つである今川家の当主、今川義元が桶狭間の戦いにて織田信長に敗死するとその嫡男である今川氏真が継ぐが、国を収めるほどの力はなく、今川氏が急速に衰退すると甲相駿三国同盟に歪みが見えてきた。これを好機と捉えた長尾景虎は関東へ侵攻を決断。破竹の勢いで攻めたて、そして翌年に上杉憲政に養子入りして関東管領の職を継ぐと長尾景虎は上杉憲政の「上杉」と通字である「政」を拝領して上杉政虎と名乗るようになる。関東管領になったあとも攻め立てるが、北信濃に武田軍が侵攻してきたことで上杉政虎は一時帰国してこれを撃退しに行くことになる。
しかし、同年の11月に武田家と呼応するように北条家も攻めてきたため上杉政虎は再び一時帰国して関東に出向いた。が、敗退。これにより関東諸将は北条方に離反してしまう。この中には唐沢山城の城主、佐野昌綱もいた。また、この年に室町幕府の将軍の足利義輝から「輝」の文字を偏諱されており、名を上杉輝虎に変える。
唐沢山城の戦いはかれこれ6年以上にもなるがいずれもいい成果は出ていない。今回の唐沢山城攻めは北条家に報いた佐野家を倒すためでもあった。上杉輝虎は唐沢山城をゆるりと囲んだときだった。
「御館様、文が届いております」
「文?一体誰から?」
今回に限って昌綱が送るとは思えない。
「姫様からです」
「なに!?虎からか!?」
「確かのようです」
「早く見せろ」
自分に子供が生まれると可愛いものだ。それでどうしても戦最中でもそっちのけで娘のことが気になってしまった。という子煩悩な上杉輝虎を呆れたような微笑ましい目で見てくる家臣たちを無視しながら手紙を読み進めた。まだ虎は字が書けないため代筆に頼んだようだ。この字は最近虎の側仕えになった千代丸か与六によるものだろうか。
『ちちうええ。き.ようのせんきよくはいかがでしようか。た.いちょうはだいじ.よ.う.ぶでしょうか。おさけはのまないでとはいいませんがひかえてくどさいね。む.りはしないでくださいね。いくさ、がんばってください。うそです。ほ.ん.とうはすごくさびしいです。でもわがままもいってられないのでがんばってほしいです。とら』
全てひらがなであったり字の形が歪だったり言葉使いが間違っていたりところどころの字の下に・が打たれているのが気になるが拙いながらもよくかけているものだ。虎本人で書いたとも考えられるが、無理だろう。やはり代筆にまかせて千代丸に頼んだのだろうか。もし彼が書いたとしても、父親として手紙を渡してくれるのは嬉しいものだ。
「やはり姫様からだったのですか?」
「ああ。側仕えに代筆を頼んだようだがな。さてと、虎も寂しがっている頃だし、勢いづけなければな」
「御館様がやる気だ!」
「御館様と姫様のためにも頑張るぞ!」
「「おー!!」」
胸苦しい男性の雄叫びを聞きながら輝虎はもう一度手紙を読み直した。そういえば点のところが気になると思っていた。点のところを繋ぐと……「き・た・じ・よ・う・む・ほ・ん」と書かれていた。
「ん?」
胸苦しい声の中、輝虎の疑問の声はかき消されてしまった。さっさとこちらを片付けなければまずいかもしれないと輝虎は内心感じながら唐沢山城攻めに全力で攻め上がった。
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