第7話 父上出陣

 1567年2月の下旬。まだ雪は残っていた時のこと。父上である上杉輝虎に背いた下野の唐沢山城の城主・佐野昌綱を降伏させるために出陣の準備をしていた。戦地に赴く前にわたしは千代丸にお願いして一緒に父上の元に連れて行ってもらった。父上はわたしを見るなり嬉しそうな顔をして抱き上げた。



「おお。虎、待っていろよ。すぐに帰ってくるからな」



「はいごにはきをつけてください」



「ああ。背後は突かれないようにするぞ」



 遠回しに北条きたじょう高広の謀反の可能性を伝えたが今のでちゃんと伝わったかどうかはわからない。まあ、回避出来ればいいし出来なければそれはそれでいいか。



「それでは行ってまいるぞ」



「ちちうえ、ごぶうんを」



 ご武運を。というのは現代においては「成功しますように」や「頑張ってください」などという意味を含む。ただ元々の由来は「戦いにおける勝ち負けの運命」や「武士や軍人としての運命」という意味だ。戦というのは戦略上引かなければいけない時や死ななければならない時がある。だからその時に「生きて帰ってきて」だなんて言えないわけだ。まだ幼いわたしは伯母上たちと一緒に寺に籠って祈ることしか出来ないわけだ。本来わたしは無宗教だがこの時ばかりは神にすがった。



 父上の出陣を見守ったあとわたしは千代丸とともに廊下を歩いていた。与六は喜平次のところで仕事があるみたいだ。



「虎姫様、今日はどうされますか?」



「きょうはこのやしきをたんけんする」



 父上が出陣して言ったのは不安だが、わたしが元気にしていないと父上も不安だろうから今日も今日とて遊ぶことにした。どうせここで待っていても父上は4月頃まで帰ってこないのだから。



「かしこまりました。与六には伝えますか?」



「んーそれだったらきへいじたちのところいってからたんけんしようかな?」



 わたしがなにかする度に何故か与六に伝えなければいけないので与六達のいる本丸へと向かうことにした。ついでに奥に行って、清姉上と桃姉上に挨拶でもしに行こう。なぜなら近いうちに2人のうちどちらかが結婚するからだ。今回の父上の出陣は越相同盟を結ぶきっかけになる。御館の乱が起きないようにできる限り回避しなければ。



「きへいじ!よろく!」



「おわっ!?て、なんだ虎か。叔父上はもう行ったのか」



「うん」



「それなら何故ここに来たのですか?虎姫様」



「きょうはおやしきたんけんしようかなって」



「許可を貰いに来たわけか……いいぞ。但し他の人の仕事の邪魔はしないこと、危ないから武器庫近くには近寄らないこと、千代丸から絶対に離れないこと、そして夕餉近くになったら絶対にここに戻ってくること。約束できるな?」



「もちろん!」



「なら行ってもいいぞ。千代丸、虎のことを頼むぞ。そして何かあれば近くの大人を呼べ。いいな」



「かしこまりました」



「頼むよ。千代丸。虎姫様の手綱をしっかり握っているようにね」



「承知しております」



 なんだ。手網って。あれ、わたし、ひょっとして馬扱いされてる?なんて思っていると千代丸に「行きますよ」と言われたのでついて行くことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る