男の子より女の子のほうが恋に気づくのが早いらしい。さすがに幼稚園の頃はわからなかったけど、私は結構早く恋に気づいた。

 幼馴染の彼方のご家族と一緒にキャンプに行って、一緒に虫取りをした。私は好奇心からクワガタのあごに指を近づけた。すると、クワガタは反射的にあごを閉じて私の指を必死に挟む。とげとげしい先端と小さいのに強い力に不思議な生命力を感じたのを覚えてる。


 でも、それと同時に鋭い痛みが走った。私は何をすればいいかわからなくて泣いてしまった。彼方が困っている姿を見て、本当は困らせたくないのに、どうしようもできなかった。だけど、彼方は必死になってクワガタを叩き落として、私の指を舐めて血を止めてくれた。

 生温かく柔らかい舌が指に触れた瞬間、体全身に快感を覚え、彼方のことを見つめていた。この時から、私は彼方のことが好きで、好きという感情を越えて欲しいと、私だけのものにしたいって思った。


 でも、どれだけ彼方を求めても、どれだけ近くにいても、彼方はなぜか遠ざかっていく。嫌われてはないはずなのにいつもいつも遠くに行っちゃう。私はとても悲しかった。どうしてこんなにも好きなのに、どうしてこんなにも求めているのに、彼方は気づいてくれないの。

 だんだんとこのままじゃだめだとわかって、私はあえて距離を置くことにした。だけど別に完全に会わないようにしたとか話さないようにしたとかじゃない。だってそれは私が耐えられないから。

 幼いながら必死に考えた。答えは彼方の視界にいることだった。いつも彼方の視界に私がいる。そういう状態を作れば自然と意識するんじゃないかって。私はいつでも彼方を見ていたいから、それと同じことをする。そうすれば私も横目で彼方を見れるから。


 次第に私は男の子たちと一緒に遊ぶようになった。正直、ほかの男の子なんて邪魔だからさっさといなくなってほしかったけど、彼方の楽しい時間は壊したくない。まだ、私だけを見ているわけじゃないからそんなことできない。


 男の子と混ざって遊ぶにはそういう雰囲気を作らなきゃいけない。ある意味洗脳的に子ども時代から男女を分けられてしまうせいで、恐ろしいほど純粋に容姿や雰囲気で子どもは仲間か仲間じゃないかを選ぶことができる。

 ふりふりで可愛い服を着ていると仲間じゃないと思われるから、髪は短くしてもらってそれでも女の子らしさが残るような絶妙な調整をしてもらった。あの時はお母さんを困らせた。だって、お母さんは私を可愛く育てたいのに、私は少年みたいになっていくんだから素直に喜べないよね。でも、私も完全に少年になりたいわけじゃない。逆にそれが上手く折り合いをつけられた要因でもある。

 

 お母さんと一緒にテレビドラマを見ていた。それは中学校でおきたいじめをテーマにしたもので、主人公はいじめを受けている生徒の友人。あえていじめられている人ではなくそれに早く気付いてあげられなかった友人が主人公で私はかじりつくように見ていた。

 面白いことに、いじめがあったことに気づいた友人は、元々仲が良かったのにさらに親切に協力的にいじめられている子を守ろうとした。最初から気づくのが一番いいんじゃないのかって思ったけど、案外単純じゃない。

 一番の友達なのに、いつも一緒にいるのに、信頼できる関係なのに、気づけなかったし話すタイミングを作ってあげられなかった。それが罪悪感となってより強く相手のことが脳と心に刻まれる。だからこそ気づく前よりも積極的に行動ができる。

 私はこれを見て、使えると思った。


 彼方と遊ぶ時間を確保しながらどうすればいいかと考えた。私がいじめられてそれを彼方にあとから気づかせる。その上、いじめを終わらせなければいけない。終わらせる時には決定的な目撃者か証拠が必要。そうすればいじめを行った相手はきっといづらくなっていなくなる。

 その時、まるで私に手助けをするように面白い現場を見つけた。隣クラスの男の子が同じクラスの子にいじられている姿だ。いじめというほどじゃないし本人も我慢している様だけど、心配して声をかけてくれた女の子に対して異常に当たりが強い。

 その子は弱い自分というコンプレックスを肉体的に弱い女の子へとぶつける癖がある。これは利用できる。


 でも、結果を出すまでには案外苦労した。彼方から離れすぎないように隣クラスの子を利用するんだから時間がかかって仕方ない。だけど、時間をかけてじわじわやるからこそ唐突感をなくし、あとから気づかせてあげられる。この時、クラスの男の子と一緒に遊んでいたことも利用できた。

 隣クラスの子の椅子や机にちょっとしたいたずらが仕込まれた時、その机の近くに立ってその子が気づくのを待った。幸い、隣クラスにも話せる子がいたから言い訳はいくらでもできる。

 その子が私に気づいて、あとから椅子や机に何かされていることに気づく。だんだんと私が何かをしているんじゃないかって考え始める。そもそも女の子に対して強くなれるのだから、必然的に弱い相手になら多少強引に責任を押し付けられるはず。その予想は自分でも驚くほど的中し、その子は私に対して肩をぶつけてきたりにらみつけてきたりした。

 

 こんな時に彼方が気づいてくれないのはちょっと寂しかったけどそれでいい。気づいてもらうのは今じゃない。小さな幸せよりももっと大きくて永続的な幸せを手に入れるためなら、今気づかれないことは些細なこと。


 私は同じクラスの男の子にこの悩みを打ち明けた。意外にも彼方に言ったのかと確認をされた。男の子も案外バカじゃないようだ。むしろいい問いかけ。私は彼方に心配かけたくないと返事をして瞳に涙を溜めた。思ったより簡単にできてびっくりした。

 男の子は隣クラスの友達にこのことを共有し監視してくれた。子どもゆえにこういう隠れて何かを達成することに憧れがあるから、簡単に話には乗ってくれた。


 そして、私へのいじめが発覚する。決定的な証拠は同じクラスの男の子とその友達が見ていた。私もちょっと焚きつけたんだけど大人はそこまで頭が回らない。それに私のお母さんは元モデルでいまもで影響力がある。それが余計に追い風となってその子は認めていないのにいじめの犯人となる。

 この時にはすでに彼方もいじめに気づいてくれて、毎日私を守る騎士みたいに隣で一緒に帰ってくれた。たまに手も繋いでくれた。いまでもその時の手の感触を思い出せる。

 結果的に二つのクラスにいじめを知っている人がいるのだから、クラス替えをしても上手くわけることはできない。きっとその子の両親もわかっていたから転校を決めたんだ。

 これで私が仕込んだことだとバレる心配もない。すべてが計画通りにいき、彼方は以前よりも私を意識してくれるようになった。


 中学になってからは少し困ったことがあった。彼方がインドアになってしまってそばにいられる時間が短くなってしまった。別に一緒にいてもよかったんだけど、まだ足りない。もっと意識してほしい。私がいない時に私のことを考えてほしい。自然と私のことを目で追ってほしい。


 なんとかして彼方と一緒にいながら見られる方法ないかと思い陸上部に入った。どうして陸上部かといえばそれはチームではなく個人で活躍できるからだ。点数を競い合うと相手の動きにも目がいってしまう。しかも部活は男子と女子で分けられるから、必然的に相手は女子で、その動きを見てしまう。彼方がほかの子を見るなんて嫌だ。それがどんな理由だって嫌だ。

 でも、陸上なら私を応援して目で追ってくれる。しかもすぐ終わるから集中力もいらない。一瞬の輝きで目を奪い、もっとみていたいとさえ思わせることができる。私にはそうできる自信があった。

 半ば強引に大会に来てもらって彼方に私の走りを見てもらった。もちろん一位でゴールした。最初だからぶっちぎりでね。接戦になっちゃうとほかの人を見られちゃうかもしれないからダメ。

 私はゴールした後、彼方のほうを見て手を振った。目を奪われて固まっていた姿がとても可愛かった。


 彼方が陸上部に来てくれるまでには時間がかかると思っていたけど、私の走りをみてすぐに入部を考えてくれた。最初は勢いで言ってくれたけどちょっと悩んでいる雰囲気を感じたから、先輩たちに先に話をしておいて断れない状況を作ってあげた。


 それからは楽しいことばかり。彼方は私の走りを、いや私のことをずっと見てくれる。頭のてっぺんから指先やつまさきまで。彼方の視線が私の全身を満たしてくれる。


 でも、あと一押ししたかった。共通のものをもっと増やしたい。だから、次は彼方がいじめの被害にあうように仕込んだ。

 女子は正直に言えなかったり言葉を深読みする子もいる。それを利用した。

 私の彼方に対する好意を友達やその友達にはわかりやすく伝えて、一番気性が変動しやすく仲間意識が強く正義感を持っている子にはまるで彼方が悪者のように言った。絶対に本人に伝えないでほしいと何度も言った。


 そうやって半ば孤立状態を作り出し、その孤立した子が私やほかの子たちが彼方に騙されていると思わせて、背中を軽く押した。あとは簡単だった。最初は陰湿なことから始まり、それでも彼方はいじめられていることに対して周りには言わない。もちろん気づいている人もいたけど、その空気感がいい。

 彼方が言わないから周りも動けない。これが最高の状況。


 ……だけど、あの子はやりすぎた。


 彼方は私に被害を出さないように突き放してきたけど、私は隠れて見ていた。その子は一人教室にいる彼方に向かって椅子で叩きつけた。この時は自分を制御するのに必死で大変だった。

 でも、彼方は一切を手を出さず耐えてくれた。さすが私の彼方。でも、その優しさは全部私だけにほしい。


 だから仕返しした。


 その子が帰っている時、薄暗い近道を通っている時に襲った。野球部から金属バットを事前に拝借してたから一発で抵抗する心をへし折った。まるで使い古されたぼろ雑巾みたいに汚くなっている姿は痛快だった。後ろからやったから姿も見られてないし、一度家に帰ってからバレないように出てきたから例え疑われてもアリバイがある。

 そもそもバットをもった通り魔がいるという噂を流しておいたからそっちを疑う。

 

 あと何をすれば彼方が私をもっとみてくれるかと考えた。陸上部では時に同じようにタイムが出ないようにしたし、時には励ますためにタイムを出してみたり、彼方がいいタイムを出せた時は私がタイムを遅くする。

 ずっとタイムを計られるからバレないようにするには結構苦労した。


 そうこうしていると受験シーズン。一つ賭けに出た。私は彼方が目指すにはちょっと難しい高校を選んだ。これはすでに彼方が私のことを見ていると、無意識で追いかけていると確認するため。

 まぁ、最悪滑り止めで彼方と同じ高校を選べばいいから問題はないけど、彼方がそれで諦めてしまうんじゃないかって心配はあった。


 だけど、彼方はすごい。猛勉強を始めて私もそれを手伝って、最終的に合格しちゃった。私は彼方の勉強する姿を見ていたから合格できるってなんとなくわかってたけど、彼方は不安になって私を呼び出し告白してくれた。

 離れる前に言っておきたかったって。

 告白されたら断るなんて真似はしない。私はもちろん付き合うことにした。

 これで彼方が私のことでいっぱいなのがわかったから、あとはもう離れられないようにするだけ。

 

 まだ始まったばかりだよ彼方。

 彼方には私だけいればいいし、彼方も私以外いらないって思えるようにするから、もうちょっと待っててね。世界の誘惑から私が解放してあげる。

 

 

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相思相愛マリオネット 田山 凪 @RuNext

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