相思相愛マリオネット

田山 凪

 俺には幼馴染がいる。小さいころにこっちに引っ越してから幼稚園、小学校、中学校、高校とずっと一緒にいる。ボーイッシュで活発で、そばにいるだけでも元気になれる太陽のような存在だ。


 この町に引っ越してきてお隣さんが幼馴染の三枝さえぐさ沙輝さきの家だ。幼稚園のころはそこまで印象に残る思いではない。でも、お互いの両親が仲良くなったことから休みの日にも会う機会が増えて次第に仲良くなっていった。

 

 幼いころで印象に残っているのは小学一年生の夏休み。共にキャンプ場でバーべーキューをすることになり、沙輝と一緒に近くの森で虫取りをした。俺はカブトムシを捕まえたくて勢いよく走り出したが、沙輝はまだ虫が得意じゃないのに俺についてきてくれた。

 あまり奥に行かず両親が見える位置で虫取りをしていた。俺が夢中になっている中、沙輝が虫を見つけたんだ。


彼方かなたくん、これカブトムシ?」


 確認してみるとカブトムシじゃなくてクワガタだった。目的と違ったけど珍しいクワガタってのは知ってたから俺は興奮気味に捕まえようとしたけど、それよりも先に沙輝はクワガタに指を近づけた。そんなことすればどうなるか当時の俺でもわかっていた。

 クワガタは無慈悲に沙輝のまだ幼く柔らかい指を挟んだ。子どもにとってクワガタのハサミに挟まれるのは大変なことだ。指からは血が出始め、俺は必死にクワガタを叩き落とした。泣いて俺にすがりつく沙輝に何かしないとと思い、母さんが以前俺が指を切った時にばい菌が入らないように指を吸ってくれたのを思い出して、同じことを沙輝にした。今思うととても恥ずかしい。

 だけど、そうしたおかげか沙輝はだんだんと泣き止んでくれて、俺のことをじーっと見つめた。


「ありがとう。もう大丈夫」


 それから沙輝は俺のことを気に入ってくれたのかいつもべたべたと近づいて触ってきた。だけど、そのころの俺は女の子とべたべたするのが恥ずかしいことと思い、嫌いじゃないのに突き放すような態度をとってしまった。

 関係が悪くなったわけじゃないけども、沙輝から向けられる視線はどこか寂しげだった。


 小学三年のころにはすでにボーイッシュな雰囲気になっていた沙輝は、俺と一緒に男友達と遊ぶことも多かった。昼休みに野球とかドッジボールとかをして、男子に混ざりながらも負けないほど活躍する姿をよく見た。

 だけど、このころにいじめにあったというのだ。俺はそのことを一切知らなかった。べたべたされるのが嫌で沙輝と一緒に帰ることも少なくなっていたけど、人目がつかないところで何かされることに怯えていた沙輝のために、登下校を一緒にすることにした。


 いじめに関してはどうやら隣のクラスの生徒がやったらしく、同じクラスの一緒に遊んでいた生徒が現場を目撃したようで、それが決定的なものとなりいじめ問題は解決した。ただ、学年が上がりいじめてきた生徒と同じクラスになる可能性は否定できなかった。普通なら同じにしないと思うけど、案外こういうところに気が回っていないこともありえる。


 そんな不安は的中せず、その後の沙輝は以前同様学校を楽しんでいた。逆に、沙輝をいじめていた子が引っ越しをした。たぶん、その理由は現場を目撃した子が広めてしまったことが原因なのかもしれない。沙輝も広めてほしくなかったと言っていたから、その子の独断と幼い善意がさせたのだろう。


 このころから俺がいない間に沙輝は俺の家にくることがあった。お母さんとなにやら話していたらしいが内容を聞いても答えてはくれず、はぐらかされるばかり。

 まぁ、後に料理を教わっていたということがわかって解決したけど、なんで自分のお母さんではなくうちのお母さんに習ったのか。いや、なんとなく理由はわかる。沙輝のお母さんは元々モデルをやっていて、見た目はとても美人なのだけど、どうやら料理はあまり得意じゃなく、冷凍食品を綺麗に詰めることがほとんど。だから、あまり勉強にならなかったのかもしれないな。


 中学に入ったころくらいからは俺はあまり運動をしなくなった。完全なインドアというわけじゃないけど、芸術分野に興味を惹かれていたから結果的に部活などに入らず即帰宅することが増えたんだ。

 沙輝は陸上部に入って短距離をがんばっていた。なんで短距離なんだと聞いてみると「一人で集中できるから好きなんだ~」と、案外あいつも一人でやりたがるタイプなようだ。


 大会は応援しに行った。というか沙輝がうるさいくらい頼み込むから仕方なくという側面もある。だが、沙輝の走りは見惚れるくらい美しく、とても速く、目を奪われてしまう。

 その姿に憧れてか俺も途中から陸上部に入部した。


 途中から入るとあまり歓迎されないこともあるけど、案外ラフな感じでしかも沙輝が事前に話しておいてくれたからむしろ歓迎してくれた。俺も同じく短距離を選んだけど、短い距離を全速力で走るのに思っていた以上に単純ではない。隣の人間がいつスパートをかけるか、相手はどのタイミングが一番速いのか、先に突き放すべきかとか、いろいろ考えてしまう。

 でも、逆に突き詰めていこうとすると考えはシンプルになっていって、自分と向き合い、学ぶべき相手をしっかり見ることになる。俺が学ぶ相手は沙輝だ。

 男と女だからまったく同じというわけではないけど、沙輝の柔軟でしなやかな体や練習に取り組む熱心な瞳、学生がやりがちな過剰な練習を抑え現実をしっかり見ている。なのに、大会ではすべての枷を外して、ピエタやダビデの彫刻を見ているような神秘性さえ覚える。


「私の走り見てくれた?」


 いつも俺を現実に戻してくれるのは沙輝の言葉だ。恥ずかしいから見てないって言ってしまう時もあるけど、間違いなく沙輝しか見ていなかった。


 スポーツができて勉強もそれなりにできる沙輝が嫌われる理由はなかった。強いて言うなら嫉妬されることはあったと思う。またあんなことがないように帰りは一緒だったけども、標的になったのは沙輝じゃなくて俺だった。


 古典的な方法だ。上履きに画びょう、椅子や机が傷つけられ、脅迫まがいの手紙がおかれていることも。なんで俺が狙われているのかわからない。それに、俺の現状を知った沙輝は犯人を見つけてくれようとしたけど、まったく見つけられず力になれないことを悲しんでいた。


 俺だって沙輝がいじめられていた時なにもできなかったのに、ここまで親身になってくれるだけでもありがたい。でも、近くにいる沙輝を巻き込みたくなくて俺は一人で行動することが増えていった。ただ、この時不審者がうろついているという話をお母さんから聞いていたから、この判断は間違っていたかもしれない。

 

 ある日、忘れ物をして部活終わりに夕方の誰もいない教室へと行くと、誰かが入ってきた。それは沙輝とも仲良くしている違うクラスの女子生徒だ。しかし、様子がおかしい。たまたま居合わせたというには表情に憎悪のような感情が見える気がした。

 女子生徒は俺に向かって「ようやく一人になってくれた」と、冷たく言った。

 肌が泡立ち異様な気配を感じる。体が危険信号を発していた。全速力で走っている時に躓いた時の感覚によく似ている。回避しなければ大けがをする。でも、俺はなにをされるというんだ。


「あんたがいなくなれば終わるんでしょ。だったらそうしなきゃ」


 女子生徒は近くの椅子を掴み、ゆっくりと近づいてくる。勢いよく走ってくれた方がすぐに動けた。ゆっくりだからこそ俺は様子を見るという選択をとってしまい、振り回せば椅子が当たるギリギリのところまでなにもできなかった。

 気づいた時にはすでに振りかぶり椅子を振っていた。教室の端だから後ろに下がることはできず、横には机。俺は迫る椅子に対し体を縮こませ急所に当たらないことを祈ることしかできなかった。

 こっちから手を出すこともできず相手の気が済むまで叩かれ帰っていった。痣はひどいものだったが幸い骨に異常はない。正確には病院に行かないとわからないけど、歩いて帰れるだけ運がよかったと言える。

 

 次の日、学校へ行くとその女子生徒は来ていなかった。こういう時って俺の方が来なくなるパターンだろうが、なぜあんなことをしたか知りたくて登校したのに、本人がいないならどうしようもない。

 しかし、なぜこなかったかは意外なタイミングで知ることになる。

 クラス担任がやってくると、しばらくその女子生徒が怪我をしたことが伝えられた。どうやら昨日の帰りに事件に巻き込まれたらしく、かなり酷い怪我を負わされたようだ。

 因果応報というものだな。


 陸上部ではそれなりに活躍できたけど、あとちょっとのところで及ばずいい結果を残すことができなかった。意外なことに沙輝も調子が悪く中学最後の大会で結果を残すことはできなかった。

 それでも沙輝は「高校でも一緒にがんばろう」と言ってくれた。その言葉が優しくて温かくてとても頼りになる。


 高校は違う学校になるかもしれなかった。だけど、俺は沙輝が一緒にがんばろうと言ってくれたから同じ高校に入りたいと願った。学力は高い方じゃなかったから、先生からもちょっと厳しいかも言われたけどそれでも本気でがんばった。

 でも、もし一緒の学校にいけなかったらどうしようと不安になって、頭がぐちゃぐちゃになったと同時に初めて気づいたことがある。いつからかはわからないけど、気づかないうちに俺は沙輝のことばかり考えてた。

 あまりにも近くにいたからそれが当然だと思ってて、ずっとそうなんだろうなって思ってたから油断してた。

 いつか離ればなれになる時が来る。ようやく目の前まで近づいてから気づいた。俺は沙輝のことが好きなんだって。離れる前にこの気持ちを伝えたかった。もし、今言えずに同じ学校に行けなかったら後悔する。俺はすぐに沙輝に連絡して昔よく一緒に遊んだ公園に呼び出した。

 沙輝はまた俺に何かあったのかと心配そうにしていた。

 俺は深呼吸をしてこの気持ちを伝えた。

 その瞬間、沙輝は驚きで言葉を失って、沈黙が公園を支配した。早く何か言ってほしい。この静かな時間が苦しすぎる。早く、早くしてくれ。


「私も、彼方のことが好き。よろしくお願いします」


 沙輝が恥ずかしそうに返事をする姿は可愛くて愛らしくて、最高の返事が聞けて俺は安心と同時にさっきまでとは違うドキドキが心を満たしていく。


 幼馴染と付き合うなんて物語の世界ではみたことがあるけど、まさか自分がそうなるなんて思ってもいなかった。無事に高校は一緒のところだし、一緒に陸上部に入ってがんばった。

 俺が結果を残すと沙輝も同じようにいい結果を残す。まるで二人三脚。お互いを見ながら俺らはこの時間を楽しんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る