第7話 厄介ごと

 

 依頼を受け始めて約3週間が過ぎ、すっかり大柄な金髪銀髪コンビとして、他の冒険者に認識され始めたアウルムとシルバはDランク冒険者に昇格した。


 歳はそこそこ、身長は高く、顔の整った男二人がEランクで背伸びをせず、ひたすらに薬草を採集し、依頼を達成するというのは当人たちが思っているよりも注目を集め、冒険者たちの噂のタネとなっていた。


 あいつらは何者なんだ、と。


 興味を持った者が駆け出しの15歳前後の若い冒険者を半ば脅して、あいつらのことについて聞いてこいと突撃させられたこともあった。


 結果、謎の二人組の名前は金髪碧眼の女みたいな男がアウルム。銀髪紅眼の大男がシルバ。そこそこの実力がありこの街で冒険者登録をする前は紛争地帯で傭兵をやっていたらしいということまでは分かった。


 元々それなりに腕に覚えにある者がワケあって転職するというのは珍しくない。

 雇い主が死んだり、仕事が気に入らないという理由で冒険者になったり、逆に冒険者を引退して商人の護衛になったりと。


 レベルという概念があり、実力差が大きく出るこの世界では平民の身分であろうと腕に覚えがあれば、ある程度好きに生きられるようになっている。


 だから、蓋を開けてみれば元々腕に覚えのある二人組はそれなりに学もあり、効率よくランクを上げる方法を考えついたのだなと、納得の出来るもので噂もすぐに聞こえなくなっていった。


 今では他の数人の冒険者と顔馴染みになり、酒場で世間話なんかをするほどになっていた。


「するってえと、アウルムお前はケツが痒いからって必死で水魔法を覚えたってか!? ガハハお前みたいな理由で水魔法を覚えるやつなんか聞いたことねえ! どんだけ繊細なんだよ! 女よりも女みたいだな!」


「そうは言うが、ジョーンズお前の体臭は汗や血で鼻が曲がりそうなほど臭い時がある。お前も水魔法を覚えて定期的に洗った方がいいんじゃないか? 『繊細な』俺には耐えられんぞ。女にもモテるはずがない」


「ちげえねえ! こいつの鎧からは悪臭がするから買い替えろっていつも言ってんだ!」


「言ってくれるな……」


 このように知り合った冒険者と酒場で生ぬるいエールを飲みながら笑い話をする程には、冒険者生活に慣れてきていた。


 ***


 ある夜、部屋の中でシルバはもう我慢の限界と言わんばかりに立ち上がりアウルムに声をかけた。


「アウルム、相談がある」


「ダメ」


「内容聞いてからにしろや!」


「はあ……なら答えはダメだが内容は聞こう」


「聞く意味!?」


「コミュニケーションを取らないことで険悪な仲になるのを阻止する為だ」


「コミュニケーションによって険悪な空気になりかけてるこの現状については!?」


 シルバは両手を前に差し出してアウルムの淡白なリアクションに苛立ちを見せる。


「全く、なんなんだ?」


 嫌そうにアウルムはシルバの方に体を向ける。


「え〜と、この世界に来て新しい身体になり1ヶ月ほど経ち、レベルが上がったことで体力も上がった。冒険者ギルドにはムサ苦しい男ばかり……もう分かるな?」


「溜まってるのか……」


「そうや! 溜まってるし、金もそこそこ貯まってる。なら、そこにちょっとばかり使っても良いのではないでしょうか!」


「お前……娼館に行きたいのか? だが、確か以前に金払ってまでセックスはしたくないとか言ってなかったか。それはお前の言う『筋の通ってない』言動に含まれると思うが」


「アホか、事情が違うって。この街で彼女かセフレでも作れってか? それが出来たらとっくにやってるわ。でもお前が弱点を増やすような深い関係になるのは御法度って言ったんやから、もう後はビジネスライクの関係の娼館しかなくなってくるやろ」


「ん〜でも、娼婦は情報が抜けやすい場所の代表みたいなものでリスクがあるんだよな、それに梅毒になっても治すスキルないぞ?」


 アウルムは、良いよとは言わない。ダメな理由を思いつく限り連ねようとする。


「自分のことは話さず、病気は『非常識な速さ』で……」


「いや、部分治療しか出来ないんだからウイルスが体内に回ったら処置出来ないかも知れないぞ? だから毒を持つモンスターとの接触は避けてんだよ」


 アウルムは反論のしようのない完璧な理屈でシルバの願いを却下しようとする。

 そこで、シルバは切り札を切った。


「分かった、じゃあ今日からはここで処理させてもらう」


「正気か、俺がいるのにか?」


「ああ、正気か狂気かどっちでも良いがお前の言う『合理的』な解決方法はこれしかない」


 口癖の『筋の通ってない』を引用をされて反論された意趣返しに、シルバもアウルムの口癖を引用する。


 二人はしばしの沈黙の間、目を合わせ続けた。


「分かった、負けたよ。ただし鑑定して病気持ってない相手に限定しろよ。それと高級なところは無理だぞ、そこまで稼ぎないんだから」


 アウルムは肩を落としてシルバの提案を飲み、条件をつける。


 本当はもう一つ解決方法があった。アウルムの『現実となる幻影』を使い、シルバに卑猥な幻術をかけ、快感までも再現することは可能だ。


 ただ、お互いに昔から見知った人間のイメージした卑猥な幻術をかけて処理をするというのは、アウルムの描いた成人向け漫画を読み処理するというのに近く、流石に口に出すことすら憚られた。


「はあ……行ってこい、狼を解き放ってやる」


「アウアウアオーン!」


 シルバはふざけながら雄叫びを上げて部屋を出ていった。



 ***


「なるほど、店のランクが高くなるほど顔と教養のランクも上がると……」


 シルバは娼館の集まる通りを一周し、このエリアに詳しいであろう中年の男に声をかけて作法や傾向など情報を吟味していた。


 通りから店の窓際で手を振りアピールする娼婦たちを眺め、その度に鑑定するとアウルムの言った通り一定の確率で病気を持っていた。


 そして、店のランクが上がるほどその確率は下がっていく。


「これはもう、少しお高めのお店にする方が信用的にもサービス的にも『合理的』ですわな。うん、仕方ないよな、安全マージンはしっかり取るのが俺たちのやり方やし」


 アウルムというよりは自分を説得させるように一人で腕を組みながら呟いて、うんうんと頭を上下させる。


 それから30分ほどグルグルと店の前を往復し、タイプの娘を見つけて入店を決意する。


「いらっしゃいませ、お気に入りの娘はおりましたかな? 好みを教えて頂ければ条件に合う者を見繕いますが……」


 小太りの男が手を擦り合わせながら近づいてくる。


「2階にいた赤い髪の胸の大きな娘を──いくらだ?」


「恐らくリーシアですな、彼女は人気で……90分で銀貨5枚でございます」


 たっか! と思いはしつつもそれを顔に出さずに頷く。


 この辺りの相場で言えば、かなりの贅沢になってしまうが、慣れない異世界に来て1ヶ月程。そろそろ自分にご褒美をやっても良いだろう。


 今の実力ならDランクのモンスター討伐依頼を2回ほどこなせば稼げる金額ではある。


「……かしこまりました、こちらにおかけになり、少々お待ちください」


 男の案内に従い、すでに座っている紳士たちと同席する。一部は目が血走りせわしなく指を動かしたり貧乏ゆすりをしている。


「あんた、見ない顔だね冒険者かい?」


 30代くらいの商人風の男がシルバに声をかけた。


「ああ、そうや」


「ここはちょっと懐に余裕のある商人なんかがよく来る店でね、珍しいもんだから声をかけてしまった。Cランクくらいかい?」


「いや、Dランクになったばかり」


「おや? 冒険者になったのは最近かい?」


「まあ……前までは紛争地帯にいてな」


「なるほど、元傭兵か……紛争地帯と言えばドンセルがどうなったか知ってたら教えて欲しいんだが……」


「悪いが分からんな」


「そうかい、おっとあんたの番だよ邪魔したな」


 男はそう言って、シルバを見送った。



 ***


「はあ〜最高やったな。高い金払う価値あったわ、しかも浴室つきでそこそこ質の良い石鹸まであったし、これは金──アウルムにも教えたらんとな」


 シルバは夢見心地で店を出て路地を歩く。


 ついでに一杯引っかけてから帰るか、なんて思いながらスッキリした顔つきで周囲を見回していた。


「お? あんたはさっきの……」


 店で話しかけてきた商人風の男がシルバの前に現れた。

 すると、後ろから人相の悪い男が4人近づいてきたことに気付く。


「にいちゃん、ちょっと顔貸してもらおうか」


 これは厄介ごとだなと、ゴロツキを無視して念話でアウルムに連絡をする。


(すまん、なんか知らんけど娼館出たらいきなり人相悪い奴らに絡まれた。一応、応援に来てくれるか?)


(はあ、やっぱり面倒が起きるのか……今どこだ?)


 シルバは位置情報を伝えて、男たちに抵抗せず連行される。


 本当はダッシュで逃走か、ボコボコにするかでこの場を切り抜けたかったが、何故絡まれたのかだけでも、知っておく必要があった。


 相手のステータスはレベル30前後。『不可侵の領域』さえ展開出来れば対応出来る実力だ。


 スラム街に連れて行かれ、仲間と思われるゴロツキが更に増える。


 そのゴロツキの群れから顔に斜めの傷が入った一際大柄な男が出てきた。


 間違いない、こいつはボルガだ。街の中でも要注意人物に上がる男。しかし何もしていないのに何故こいつに因縁をつけられる?


 心当たりがないシルバが首を傾げる。


 アウルムが来るまで時間稼ぎと情報収集しておくかと、シルバは肩をコキっと鳴らした。

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