第6話 初めての依頼

 

 冒険者ギルドに朝早くから訪れた。


 木札に書かれた依頼票が所狭しとボードに掲げられ、その前を受験番号を探す受験生のように真剣に眺める冒険者で賑わいを見せている。


 文字が読めない者もそれなりにおり、依頼の内容を記した絵と報酬のコインの絵が書かれた依頼を睨んでいたり、文字の読める仲間に内容を読み上げてもらいそれを真剣に聞いていたりと、殺気立っている。


 そんな中、アウルムは人気のない薬草採集の依頼票を人混みの中をスルリとかわしながら、取ってシルバの元に戻ってきた。


「そんじゃ、今日は薬草採集の仕事な」


「何か考えがあるんやろ?」


「勿論。まず薬草採集の依頼は常にある。複数の依頼主が依頼してるからな。だから薬草さえあれば1日に数件の依頼をこなすことも物理的に可能な訳だ」


「ああ……鑑定とアイテムボックスで薬草の発見と保存が容易なのを利用するのか」


「最低ランクのEからDに昇格するにはEランクの依頼を50回達成する必要がある。一つ上のDランク依頼なら25回で良いが、俺の見積もりだと薬草採集を50回する方が速い」


「実力あると思ってる駆け出しはDランクに飛びつくやろうが、実際は普通にEランクの方がコスパいいのね」


「まあ、俺たちの場合は裏技ありきだから、他の駆け出しが真似するのは難しいけど」


 ***


 街の外にある森に入り薬草を探し始める。アウルムの『解析する者』によって群生地を発見し、ナイフで刈ってはアイテムボックスに入れることを繰り返す。


「ふー、今日のところはこんなもんか」


「これなら依頼5件分は確実にあるな。後これを10日繰り返せばDランクか」


「いや、今日は1件しかやらないぞ」


「なんで?」


 アウルムの予想外の返事にシルバは目を開いた。


「初日から大量に納品したら目立つだろ。数日は1日1件か2件。しばらくしたら一気に依頼を受ける。運良く群生地を発見したと思わせる」


「慎重ですな」


「駆け出しのうちは舐められやすいし、周りのやっかみの方がトラブルの元になりやすいからな。今日はこれから戦闘訓練をしたいと思う。ここなら誰にも見られない」


「森の中ならモンスターもいるか。ここは比較的安全な場所って聞いたけど強いのいる?」


「その可能性もあるけど、こっちの戦闘能力が不明な以上どっからが強いと定義していいか分からんからな……取り敢えず『不可侵の領域』で安全地帯を作り結界内に飛び込んで来たモンスターを狩る方法で能力の確認と討伐に慣れることから始めたい」


「了解っと」


 シルバは所持品を3つ置き、三角形の結界を張った。


「で……モンスター来るまで待つの?」


「まさか、こいつを使う」


 アウルムはアイテムボックスから、球体のようなものを取り出した。


「爆弾……ではないな、なにそれ?」


「こいつは魔寄せ玉と言う。昨日冒険者ギルドで知って買っておいた。これに火をつけて煙を出すとその匂いに反応してモンスターが集まってくる」


「なんでそんなもんが? 普通は近付けん煙を出すものでは?」


「自分たちの周りに煙が出続けるものがあったら視界が塞がって危ないだろ。だから、モンスターを引き寄せる匂いを出すこいつを投げて、そっちに気が向いてる間に逃げるって使い方がされる」


「あ〜なるほどね。でも今回の場合自分たちの近くにそれを置くことになるから、結局視界が塞がるのでは?」


「……風上に立てばいいだろ」


「あー! それ俺が指摘するまで気付いてなかったの誤魔化してるやろ! 絶対そうやん!」


 そこまでは考えてなかったのか、作戦の欠点を指摘されたアウルムはソッポを向きながら小さめの声で答えた。


「しかも、どうやって火つけるんすか? ライターも火の魔法も使えませんけど」


「一応調理道具セットの一つにファイアースターターがあったから、それとナイフ使って木に火をつけることは出来る」


「じゃあ乾燥した枝とか見つけて火つける準備せんといかんやんか。それ薬草採集しながら出来たのでは?」


「……確かに」


「先言うといてくれよ」


 アウルムの計画は良いがいざ実行するとなると必要なものが足りてなかった。というのは良くある話でそういった細かい部分に気付くのはシルバの得意なところだ。

 アウルムは大局的に物事を見ることに長けているが、その分細かなところに気が付きにくい。

 全て頭の中で計画されることであり、それを共有することを忘れているということは珍しくない。



 慣れない火起こしに苦戦しながら魔寄せ玉に火がつき、

 モクモクと煙が出始めた。風下に投げて結界に入り待つこと数分、黒いキツネのようなモンスターが顔を出した。


 二人の姿が視界に入るなりシャーッ! っと威嚇してきて飛びついてくる。結界に弾かれると姿勢を立て直して再度向かってきて噛みつこうとしている。


「うおっ、凶暴やなこいつ」


 獰猛な野生の動物に襲われた経験のない都会っ子の二人は殺意剥き出しの獣の迫力に圧倒されていた。


「結界内に入ればステータス差は問題ない。安全マージンをしっかり取れているが、まずは殺す練習だな。上半身だけ侵入を許可してみてくれ」


 アウルムの指示のもと、シルバは『不可侵の領域』に侵入する条件をモンスターの上半身のみとした。

 結界に挟まれて固定され動けなくなったモンスターはジタバタと暴れるばかりで何も出来ない。


「どっちからやる?」


「俺が提案したからまずは俺からやる」


 アウルムは槍を取り出して心臓があるであろう場所に刃を突き立てる。


「ギュッアッ!」


 悲鳴を上げたキツネ型のモンスターは次第に動かなくなり絶命した。


「……あんまり気分は良くないな」


 シルバはグッタリしたモンスターの死骸を見て言う。


「だが、そうも言ってられない。俺たちがこれから相手にするのは同じ言葉を使う人間で、同じ日本人だ」


「理屈では、そう、やけどな……」


 二人はそれ以上は喋らない。どれだけ口にしようと意味のないことだと理解しているからだ。


 別に好きで勇者を殺す使命を帯びている訳ではないし、殺す必要がなければいいとは思っている。


 だが、現実は殺さないとどうにもならないような凶悪な勇者が存在しているのは確からしい。


 モンスターでないにしろ、現代日本においても自分たちがやっていないだけで、他の誰かがそうしているから安全に生活出来て、食事が出来る。

 頭では理解しているつもりだったが、認識が甘かった。


 手を汚す、というのは間違った表現だしそれを仕事にし、自分たちはその恩恵に預かっていたのだから結局は感情の問題。


 アウルムはそういうものだと、感情を自分と分離させ割り切ることがシルバよりは得意だが、楽しいとは思っていない。


 二人に必要なのは心の整理をする時間だけだった。


 ***


「これだけ安全にモンスター倒せるとレベルはサクサク上がるな」


「今日だけでレベル10に到達か……成果としては悪くないんじゃないか」


 結界内で上半身だけ侵入させるのをやめ、結界内にいれて普通に戦う訓練をし出した。

 共に交代でモンスターを討伐しレベルが上がっていく。

 レベルが10にもなると、自分たちのステータスを3倍アップ、敵のステータスを3倍ダウンさせる『不可侵の領域』内ではレベル90以下のモンスタであれば、ステータス上では優位に立てる。


 ただ、実践経験不足、戦闘、殺傷に特化したスキルや技術を持っていないので危なっかしい場面は多々あった。


 この訓練でステータスとはあくまで補助的なものであり、それそのものが戦闘の結果に影響するものではないと学んだ。


 勇者は自分たちよりもたくさんの戦闘を経験し技術やノウハウを所持しているうえにユニークスキルまで持っている。


 レベルを上げれば勝てるというほど甘くない。初級者向けのモンスターでさえ、そう感じるのだからこの世界最高峰の実力者たちを相手にするというのはどれほど難しいことなのか、想像に難くない。


「1レベルごとに各ステータスは10ずつ増えるのか。『虚空の城』は魔力を1消費したら1㎥の空間が作れるからレベル100になった頃には1k㎥以上の空間が作れるってのは凄いな」


 1度に注入する魔力の総量で空間のサイズが変わることが判明したので、少しずつ足して大きくする方法は使えなかった。


「それもう、立派な土地やで。ドームよりデカいで」


「ふむ……勇者をそこになんとかぶち込んで餓死させるか」


「いやそれは……ありやな」


「無しだよ。万が一脱出されるリスク考えたら目の前で確実に倒さないと」


「そんなうまいこと行かんか」


 シルバはガッカリして肩を落とす。


「ま、そんなこと気にしてもしゃーないな。今日のところは大量の薬草とモンスターの素材をストック出来たからランクと金の心配はなさそうで、訓練と情報収集に専念出来るってだけでも十分成果あったし、まだ異世界生活3日目やしな」


「うん、疲れたし今日はもう帰ってギルドに報告して飯にしよう……それにしても出来るだけ早いうちに水魔法はなんとしても覚えたいな」


「水って結構スキルレベル上げんと使えなさそうやけど」


「いや……風呂に入れないから身体が痒いし、トイレの時に尻も洗えんのはストレスがな……毎度お前の『非常識な速さ』で初日の状態に戻すのも面倒だし」


 アウルムは痒そうに頭を掻いて顔を歪めた。


「巻き戻しはサッパリ感は薄いしな。便利な能力ではあるけど、身体の一部に触れたら全身に適応されるわけでもないのがネックか。生物じゃなかったら全体に影響及ぼすのに、どういう違いがあるんやろう」


「多分、オートで全身に影響が出ると、脳の状態まで巻き戻されたら記憶が飛んだり、上げたレベルが戻ったりと不具合が発生するんじゃないかと思う。シャワーの代用として使ってる現状では皮膚の状態のみを戻してるんだし」


「あ〜、そういうことか。じゃあ酔って内臓に巻き戻しかけたら解毒されるとして、内臓に直接触れる必要ある?」


「考えても見なかったな……ちょっと俺の腹に手を当てて使ってみてくれるか?」


「分かった、『非常識な速さ』」


「『解析する者』……うん、効果出てるなこれ」


「じゃあ直接触る必要はないから──皮膚を貫通してるんかな。頭皮にやったら貫通して記憶飛ぶんかな、やってみていい?」


「ダメに決まってるだろうが! 何シレッと危険なことしようとしてるんだお前は!? ……恐らく認識の問題だろうな。どこに作用するかを意識することで変わってくるんではないかと考察する。

 皮膚を戻すという意識で使っていたから皮膚までしか効果が出ていなかった。生物の場合は、触った部分から直径30cm程度に効果が出るということは深さにも同じくらいの範囲が適用されるのかも知れないな」


「手から透明な30cmの球体が出て、それに触れてる範囲だけ効果が届くって理解しとけばいいかな」


「良かったな俺の肛門に直接触れずに戻すことが出来て」


「あのさあ、もし直接じゃないと無理やったら俺に頼んでたんか? 俺も嫌やし、お前も嫌じゃない?」


「嫌だが、痒みとか、かぶれの方が嫌だから頼んでたかもな」


「羞恥心とかプライドはないのか」


「ストレスを排除する方が優先される」


「合理的にもほどがあるって……って、こんな話してたら陽が傾いて来た。早く帰ろ──なんの話してたんやった?」


「水魔法」


「ああ……」


 アウルムとシルバは薄暗くなり始めた森の中を足早に出ていき、ギルドに戻って初めての依頼を達成した。

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