第8話 異世界ジャックザリッパー?


「見つけたぜえ、娼館の通りをウロウロする不審な奴はテメェだなぁ? おい?」


 ボルガはニヤリと笑みを浮かべながらシルバに話しかけた。


「ウロウロって……確かにしてたけど、あれは初めてやったから様子見てただけやしな……」


 それだけで不審者扱いかよ、会社帰りに職質を受けた時のような苛立ちを覚えるシルバ。


「はん、この状況でシラを切るってか良い度胸してやがる……いいぜ、なら説明してやるよ。

 シモンに聞いた話じゃお前は紛争地帯にいたらしいがドンセルについて間違った答えをしたなあ?


 紛争地帯ならドンセルは英雄だ、とっくの昔に死んだがな。それを知らねえってのは無理がある、つまりお前は紛争地帯の出身じゃねえ。

 それに最近この街に冒険者として来たみたいだが、妙な話だよなあ、娼婦殺しが発生した時期とピッタリ合うじゃねえか。

 こいつは奇妙だぜ、キナ臭えぜ、俺のシマで勝手な真似をする馬鹿には痛い目見てもらわねえとメンツに傷がつく、そうだろ?」


 ドヤ顔で推理を披露するボルガにシルバは乾いた笑いが込み上げてきた。


 シルバは、「おい、誰が異世界のジャックザリッパーやねん」とツッコミたいのをグッと堪えた。言ったところで通じないし、違うと言ったところで話を聞くような連中ではない。


 疑わしきは罰する。


 こいつらの目についた時点で結果は変わらないだろう。

 だが、一応反論と弁解はしておきたい。


「これは……とんだトバッチリですわ、何か証拠があるわけでも無し、状況的に俺が合致するだけ。雑過ぎるって。そんな道理があるか?」


「随分と余裕だな、多少腕の覚えはあるんだろうがこの人数をどうにか出来ると思ってるならおめでたい奴だぜ」


「まず言っとくがそれは俺じゃない。で、初対面の人間にわざわざ自分の出身を正直に言う必要はない。一々素性を説明するのが面倒やから便宜上の方便ですわ。というわけで、お互い何も無かったってことにせんか? 手出すなら正当防衛ってことで反撃させてもらうけど」


「いいや、お前が仮に犯人じゃなくとも、少しでもその可能性があるなら殺した方が確実だからな? 何か間違ったこと言ってるか?」


「はあ……それは『筋が通ってない』なあ。先に言っとくわ、俺がやめとけって言ったのには理由がある。俺に手出した瞬間お前は報いを受けることになる……これはオススメ出来ひんな」


「馬鹿が、上等だ。強がるのも大概にしろ──殺れ……!?」


 ボルガは手下に指示を出した瞬間、声が出ず、身体の自由が奪われたいることに気がつく。


「あーあー『破れぬ誓約マイルール』発動しちゃったよ、だから言うたのに……」


 ボルガの異変に気が付いたゴロツキたちは焦りながらシルバに怒鳴りつける。


「テメェかしらに何しやがった!?」


「何かの魔法か? でもこいつを殺したら戻るだろ!」


「囲んでやっちまえ! 頭にだけしか効いてないなら一度に使えるのに限りがある!」


「お? 意外と頭使えるんか」


 仕組みは分からないが、全員が動けない訳ではないことから術の本質を見抜いたゴロツキたちがシルバを囲む。


 シルバは腰の剣を抜き、ポケットからコインを雑に地面に投げつけた。


「『不可侵の領域マイテリトリー』……」


 これで取り敢えずはリンチはされない。アウルムが到着するまで、一人ずつ殺す算段をつける。


「そう言えば、モンスターと戦ったことはあったも人間相手は無かったか、丁度良い練習になるな。俺を殺そうとしてるねんから、殺されても文句は言わせんからなお前ら」


「死ねえぇっ!」


 ゴロツキの一人が斬りかかる。それを合図に一斉にシルバに向かって接近し四方八方から攻撃を繰り出した。


 ドゥンッ──。


 鈍い音がシルバの周囲で響く。


「なんだ? 見えねえ壁みたいなものが……」


「こいつっ! 結界魔法の使い手だ! 注意して距離を取れ!」


 指揮能力の高い男が声をかけると一斉にシルバから離れる。


「なるほどな……かしらが動けないのは結界で封じてるからか、だが結界魔法は消費する魔力が多い、この人数相手にいつまで持つかな?」


 指揮している男が手をサッと上げる。


『不可侵の領域』と『破れぬ誓約』の効果を都合良く解釈したゴロツキたちは下卑た笑い声を上げながら、ナイフや石を投げ出した。


 恐らくこれで結界を削っているつもりなのだろう。通常の結界なら少しずつではあるが、結界の耐久度は落ちていくし、集中力、魔力を削るのにも有効な手だ。


 だが、ユニークスキル『不可侵の領域』は物理的な耐久度を持つ障壁ではない。

 パーソナルスペース──自分の縄張りを荒らされることを極端に嫌う白銀舞の魂から発生した『拒絶』なのだ。

 縄張りを荒らされることを嫌ったボルガ団が同じく縄張りを荒らされたくないシルバと戦うこととは些か皮肉が効いていると、シルバは笑う。


 許可したものしか侵入させない。魔力も消費しない。


 根本から結界魔法とは概念コンセプトが違う。


 そんな光景を見ながらコインを更に遠くにばら撒く。

『不可侵の領域』の範囲を拡大させ、格闘技のリング程の広さにした。


「よし、タイマンなら相手するわ。一人ずつ来い……おい、そこのブサイクお前からな」


 指をクイッと曲げ、挑発するとそれに激昂した一人が走ってきた。そいつだけ結界内に入る事を許可する。


「なんだ!? 結界の中に入れたぞ!?」


 男はキョロキョロとする。それを見た仲間たちが結界に押し寄せるが、侵入は許されない。


「ほんじゃ、剣術スキルの肥やしになってもらいますわ」


 剣術スキルは剣を使った戦闘を繰り返すほどスキルポイントが貯まりレベルが上がっていく。

 イメージ通りに剣を振る精度が上がり、どのように攻撃をしたらいいのか、身体が理解していく。


 何度も剣を使っているとある日、剣術スキルを獲得していることに気がついた。冒険者にとって、もっともメジャーなスキルなので劇的な変化はないが、逆に言えば持っていて当たり前、あるのとないのとでは大きく違う。


『不可侵の領域』に入った男はレベル33がダウンし、11のステータスに。シルバは35から105のステータスに。


 大人と子供ほどの差を発生させる理不尽な強制バフ、デバフ効果。


 その差に対応出来るわけもなく──シルバの一薙ぎで袈裟懸けにされた男は肩口から切断されて、ボトリと地面に落ちた。


「ふう、やっぱりステータスだけ高くても剣術の腕前と剣のランクが合ってないせいか、剣のダメージがあるな……」


 チグハグのステータス、スキル、装備では実力は十分には発揮出来ないようだが、それでも、そんな考察する余裕がある。


「次は2対1の練習やな……こい」


 続けて、2人、3人と徐々に数を増やして実践経験を積んでいく。


 気がつくと、その異常な光景に怯えて震える雑魚が4人ほど固まっているのみとなった。


 逃げられると面倒やな、どうしよ……。


 何かアクションを起こせば今にもボルガを置いて逃げ出しそうなゴロツキの対応を考えていると、一人の胸から槍の刃が飛び出し、吐血しながら倒れる。


「お待たせ」


「遅かったな」


 アウルムが背後から刺したのだ。他の三人は腰を抜かして這いながら逃げようとするが、上手く動けない。


「遅かったなじゃない! お前が取り敢えず問題なさそうなのを確認したから、1人捕まえて仲間とアジトの場所吐かせて、殲滅してたの。目撃者が生き延びたらダルイから尻拭いしてた、ありがとうだろ」


「そうか、ありがとう……てか悪いな」


 巻き込まれたとは言え、自分が引き起こした事態なことを認めてシルバは素直に謝罪と感謝を述べる。


「まあ、『現実となる幻影』の効果も実感出来たしいいよ。どの道ボルガ団に手出したら全員倒さんとな。関係ない目撃者にも幻術かけて記憶操作もしといたから安心して良いぞ」


 そう言いながらアウルムは逃げようとするゴロツキの残党の足を刺していく。


「お前がやる? 横取りみたいになってしまったけど」


「いや、別にもうええわ」


「分かった」


 顔色一つ変えず、ゴロツキの胸を一突きで殺していくアウルムは友達のシルバでも若干の恐怖を覚えた。やっぱりこいつは怒らせてはいけないと直感がそう告げる。


「──で、こいつがボルガか。殺してないとは意外だな。お前ならブチ切れて最初に殺してると思ったけど」


「喧嘩なら一番強いやつ狙うけど、そしたら逃げるやろ? 逃げられたら困るやん? それにお前になんかお土産いるやろうなと思ったから、一応この街で偉い奴なら何か得られる知識とかあると思って生かしておいた」


「ああ……それは助かるな。『破れぬ誓約』で動けんようになってるんだろ? 口だけ動かして俺の聞いた質問答えるように命令してくれるか?

 俺が質問してる間に掃除しといてくれよ」


「分かった、聞いたな? こいつの質問に嘘偽りなく正直に答えろ」


『破れぬ誓約』を無視したペナルティによってボルガはスラスラとアウルムから情報を吐かされる。


 やはり、貴重な情報を色々握っていたようで、アウルムはホクホク顔になっていた。


「じゃあ今から、ボルガに『現実となる幻影』かけて、乱心して仲間を皆殺しにした幻見せて多少ボロボロにさせるから、その後『破れぬ誓約』の命令で今までの罪洗いざらい吐いて自首するようにしてくれ」


「んーっ!? んんーっ!!」


 勝手に喋ることを許されていないボルガは自分の今後を聞かされて状況の悪さを理解したのか、声にならない声をあげようとして暴れようとする。


「エグいこと考えるな……」


「俺らがボルガ団壊滅させたって知られたら困るからな。急に消えても混乱招くだろうし、これが一番じゃない?」


「仲間の死体は?」


「後でアジトに捨てに行く。『虚空の城』の空間をアジトに作っておいたから、今すぐここを離れよう。目撃者が出たらまた処理しないといけないし。争った感じの工作も必要だし、これは徹夜かな……だるいけど」


「はーい。聞いたな、お前のせいで徹夜や。黙ってついてこい」


 ドガッと、ボルガの尻に蹴りを入れて『虚空の城』に入るゲートに誘導する。


『虚空の城』は一度作った空間の間を自由に行き来出来る擬似的な転移魔法のような使い方が出来る。

 一度その場に訪れて設置する必要があるので、どこにでも行ける訳ではないが、ショートカットにはなるので、便利だ。


『虚空の城』の空間を経由してボルガ団のアジトに行き、偽装工作を行う。椅子や壁を破壊し、散らかし、血を至る所に撒く。


 薄汚い男たちの死体を持ち上げて転がし、夜が明けた頃には、娼館で身綺麗にした身体はすっかりと汚れていた。


 収穫は実践経験、ボルガの知識、貯めていた宝の一部だ。


 明らかに盗品と分かるものは放置して、ボルガが自首した際に持ち主に返すように命じた。


 いきなり悪名高いボルガが自首するのも不自然だ。そこで、死にかけてた間際に改心し怪我の手当てをしてもらう為自首するという三文芝居を追加で命じた。


 まあ、それでも不自然と言えば不自然だが、ボルガが本人がボロボロでそう言っているのだから街の人間は誰も気にしないだろう。

 ボルガの支配が終了したという事実の方が人々にとっては重要なのだから。


「ところで、なんで絡まれたんだ?」


「いや、それがさ……」


 シルバはキラドのジャックザリッパーと勘違いされたと話すとアウルムは大笑いして涙まで流した。



 翌朝、フラフラのボルガが憲兵の前に姿を現して自首したことは大いに街を賑わせた。


 様々な噂が流れたが、それがアウルムとシルバに繋がるものはなかったので安心した。

 領主はこの異常事態に違和感を覚えたらしく、流石に調査をさせ、今回の功労者は名乗り出て欲しいとの布告を出した。


 腕に覚えのある冒険者と言えど、50人以上の勢力を持つボルガ団を壊滅させたと嘘をつくのは難しく、ついぞ功労者は現れないまま事態は終結した。


 だが、シルバは1ヶ月の娼館通いをアウルムに禁止された。

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