第4話 キラドの街


 シャイナ王国で2番目に大きな街、キラドに入る為金時と白銀は門番の検査を受けていた。


「入市税、5000ルミナ。身分証」


 門番は無愛想に必要最低限の提出すべきものを要求する。


「金はあるが身分証はない」


「ん〜? なんだお前らデカい図体して、身分証がないだぁ? お尋ね者じゃあないだろうな〜?」


 門番の男が二人を訝しげに睨みつける。


「違う、紛争地の出身で故郷は焦土と化したのでこちらで冒険者ギルドの再登録をしにきた。鑑定石を使ってもらって構わない」


 闇の神に教えられた台本通りに話を進める。登録した冒険者ギルドによる身分の保証が無ければギルドカードは証明能力がなくなる。

 それを利用して身分証がないことが不自然ではなくなるという寸法だ。


「そういうことか、こいつに触れて問題なければ10000ルミナで仮の身分証が発行される。期限は3日。それ以降身分証を所持していない場合逮捕される。ここまではいいか」


「理解した」


 門番の男が指差した墓石のような大きな鑑定石に触れると青い光が石を包んだ。


「問題なし入市を許可する」


 ***


「ちょっと緊張したな」


 無事に金を払い街の中に入ることに成功した二人は一息つく。


「今後はお前のことはシルバと呼ぶ。お前もアウルムと呼べよ」


「変な感じするけど、仕方ないか……アウルムって何?」


「ラテン語で金。そのままだ」


「ふーん、俺は英語やのにそっちはラテン語ってズルくない?」


「ズルくない。ラテン語の銀はちょっと長いから呼びにくいしシルバで良い」


「シルバも十分カッコいいか……それで今後の予定は?」


「まず冒険者ギルドで登録、宿屋の情報を聞いてその後宿屋に泊まる。しばらくは冒険者としてこの世界に慣れながらレベルアップし、情報収集」


「先が長そうなこって」


 シルバとなった白銀は頭をかきながら今後の予定にうんざりして肩を落とした。


 門番から聞いた冒険者ギルドの方角へ向かい歩き出した二人は嫌そうな顔をする。


「外にいた時はあんまり気にしてなかったけど……」


「ああ、これは酷いな」


 二人の周囲をブンブンと飛び回り耳元で不快な音をさせる虫、風呂に入る習慣がないであろう街の人間の体臭。


 どれも清潔な日本の都会で生活してきた日本人にとっては耐え難い環境だった。


「聞いてないって、異世界転生系の話でもあんまりそういう描写なかったぞ」


「実際にその地に行くと感じられる小さい不快感までは一々書かないのかもな」


 飛び回る虫を鬱陶しそうに手で払いのけながら歩くが、それに慣れた周囲の人間からはやや奇怪な目で見られることに気付いてからは我慢した。


 冒険者ギルドと書かれた剣と盾の絵が刻印された看板を見つけ中に入ると、より一層のムワッとしたすえたような汗の匂いが鼻腔を刺激し、涙が出そうなのを抑えてカウンターに向かう。


「二人、冒険者登録をしたい」


 カウンターにいた、茶髪の女に声をかける。


「あっ……はい、登録手数料は銀貨3枚──30000ルミネです」


 女はやや緊張しながら答えた。金時はその反応から騙そうとしているのではないかと警戒したが、『解析する者』の情報では二人の顔がこの世界ではそれなりに美形の方に入るらしく、単に照れただけのようだ。


 これは便利な能力だと感心しながら口角が上がるのを堪えて、銀貨を6枚出す。


 火で炙られた針を指先に刺して血をカードに垂らすことで冒険者登録がされた。


 細々とした注意事項などの説明を受け、アウルムとシルバは無事にEランク冒険者となった。


「傷は『非常識な速さ』ですぐに治るっと。実質的に回復系のスキルは便利じゃね」


「こっちも頼む。こんな衛生状況の世界の針を使うことにも抵抗あったし、傷口から何かに感染するのも恐ろしい」


 シルバはアウルムの指に触れて傷を巻き戻しなかったことにする。



 ***


「ここが中くらいのランクの宿屋ねえ……ビジホと同じくらいの値段払ってこの程度か」


 冒険者ギルドで案内された宿屋はよっぽどお金に困ってセキュリティや設備の酷い場所でも我慢するしかない状況じゃないなら、多少多めに払ってでもまともな宿屋に泊まるべきと言われた場所だ。


 確かに、これ以下のランクの宿はキツイだろう。


 黒犬亭──1泊食事つきで銅貨5枚のそこそこ稼ぎのある冒険者が泊まる宿屋。


 勇者の影響で日本食もどきの料理が定着しているので、食事は日本人にとっても食べられないほどではない。


 名物は唐揚げ。油の質の良くないのか、やや臭みがあるが異世界の初めての飯にしては上等だと満足していた。


 だが、部屋に入ると黄ばんだ壁から嫌な匂いが。ダニが住んでいるようなシミのついた茶色のシーツとベッドが並んでいた。


 おまけに風呂はなく、トイレは共用。マナーのなっていない冒険者が使うものだから臭くて仕方ない。トイレットペーパーも洗浄機もない。


「よし、『不可侵の領域』でダニと匂いをシャットアウトしよう」


「お前の能力は治療といい結界といい衛生管理向きだな」


 シルバが早速部屋の隅に所持品を置いて結界を設置し、不快なものの侵入を許さないことでいくらか快適になった。


「これが戦闘系スキルなら戦えてもQOLが低くて精神が弱ってたかもな」


「強さは後から獲得出来るから、この方が結果的に良かったのかもしれない」


 並んでベッドに寝転びながら天井を眺めて会話をする。


「それにしても異世界か」


 外の景色、聞こえてくる言語、何もかもが新鮮で現実味がなく、夢の中を彷徨っているような1日だった。

 ベッドでゆっくりすることで、実感が遅れながらもやってくる。


 漠然とした不安、未来への希望、これから二人に待っている先行きに思いを馳せると、どうにも落ち着かない。


「明日は?」


「取り敢えず装備とか、必要なものを買い揃えよう。俺たち丸腰だからな。それと並行して街の様子や勇者について情報収集だな」


 シルバは天井を見たままアウルムに質問して、アウルムも頭を動かさないまま答える。


「それにしても闇の神様のブラックリスト、殆ど参考にならんな」


「犯行の大まかな内容と、世間で呼ばれている通り名みたいなものしかないからな。例えばこれ、名前はシュラスコ、人の肉を削ぎ落として拷問する殺人鬼だとさ。現地の人間はそいつが勇者かどうかも分かってないんだろう」


 アウルムはアイテムボックスから取り出した闇の神のブラックリストの冊子を読み上げ、ペラっとベッドの横に投げ捨てる。


「シュラスコって名前で大体どんな奴か想像つくし、通り名が分かってるだけに等しいもんな」


「しかもあっちは魔王退治でしっかりレベル上げてる『先輩』ときてる。予想外の攻撃やスキルを持ってる可能性もあるから、迂闊に近寄ることすらリスクがある」


「あーあー、嫌になりますねえー調子乗ったガキとは言え、馬鹿げ強さ持ってることには変わり無いし、こっちは戦いに関してはど素人。下手したら逆に始末されるって覚悟でやらんと」


「もう寝よう、なんだかんだ疲れた。借りているランプも灯りが弱過ぎて読書するにしても目が悪くなりそうだからな」


「せやな。おやすみ〜」


 アウルムとシルバは異世界に来て1日目、慣れない環境で張り詰めていた神経に限界が来たのか、挨拶と共にすぐに眠りについた。


 ブラックリスト勇者──残り22人。

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