第2話 闇の神との出会い

 「は〜運転疲れてきたしそろそろ休憩する?」


車の運転をしていた金時が白銀に声をかける。


「いいね、そろそろおタバコタイムと行きますか……ってウィンカーつけてないのに方向変えんなやボケ殺すぞ! つーかこっちが死ぬわ!」


白銀が交通ルールを守らない前方の車に声を上げる。


「俺が運転してんだから落ち着けよ。ったく、それにしても道路交通法も分かってない奴が運転してなんで許されるんだよ……はっ? えっ ちょちょちょっ!」


社会人になってから5年、久しぶりにお互いの有給を取るタイミングが合った金時と白銀は旅行に出かけていた。しかし、高速道路を走っている最中、居眠り運転によって反対側の車線から飛んできた車に衝突し、死亡した。



***


「目が覚めたかな?」


真っ暗闇の空間、まるで宇宙のど真ん中を漂うかのような浮遊感の中、金時と白銀は目の前にいる人種不明の髭面の中年に声をかけられる。


「あ〜……っと?」


「どこ、ここ?」


二人は困惑しながら中年の男に説明を求めた。


***


「──つまり、あなたは神で、俺たちは高速道路で事故に巻き込まれて死亡。このまま消滅するか、新たな肉体をもらって違う世界で生きるかの二択ってことで合ってるのか?」


冷静で会話が得意な金時が状況を咀嚼する。


「これ、異世界転生やんな? 勇者になって魔王を倒してください的な流れ?」


基本的にマイペースな白銀が続いて質問する。


「そうっ! 物分かりが早くて助かるっ……と言いたいところなんだけど、ちょっと違う」


神は顎髭をショリショリと触りながら申し訳なさそうに言う。


「君たちが想像してるように、魔法のある世界で魔王とか勇者がいる点については、合ってる。でも私が君たちにお願いしたいのは勇者を『殺す』ことだ」


神の言葉には飲み込まれそうな迫力があった。怒りがこもっているような声色で二人は思わず息を呑んだ。


「取り敢えず、事情を説明してもらわないことには了承出来ないんですが」


金時は迫力に負けず、神の主張に耳を傾ける。


神曰く、自分には姉がいる。二人の目の前にいる神は闇の神で、姉は光の神。二人でセットの創造神だが、とにかく話の通じない姉に好き放題されているらしい。


その神たちが管理している世界では魔王が存在し、人間の身体に例えると癌のようなもので自然発生する病気のようなものだ。

そして、光の神がこちらの世界から勇者を召喚して魔王を倒す、抗がん剤のようなものらしい。


「しかし、何故勇者など間接的な方法を魔王を倒す必要が? 直接神の力で倒せばいいのでは?」


「確かに、回りくどい」


金時の指摘に白銀もうなずく。


「なんというか、神にとって世界は直接触れない中身の見えない箱庭みたいなものなんだよ。外から中の様子の音とか匂いとか、何となくは分かるけど直接は見えないし、触れない。

だから、神託で声をかけるとか勇者を送り込むとか間接的なことしか出来ないんだ」


「ああ、だから勇者という劇薬で癌である魔王を退治する、でも副作用があるってことか」


金時は納得したように独り言を漏らす。


「要するに勇者は魔王退治が目的でその道中世界を荒らして調子こいてるっことか、で、それを俺たちでシメてくれと」


白銀も事情を把握した。


「でも、それって光の神を怒らせるのでは?」


金時による当然の帰結。闇の神が言う通りなら、自分の力を分け与えて世界を管理しようとしている光の神の手下を殺すというのはいくらなんでもまずいのでは、と少し考えれば分かる。


「お、お……怒ってるのはこっちだあああああっ!」


闇の神はいきなり怒鳴り声をあげたので二人は互いに目を合わせて「どうしちゃったのこいつ?」と顔をしかめた。


「い、いいか、姉は君たちの言葉で分かりやすく言うと陽キャな上に偽善者でまるで話が通じないアホなんだよ、あいつが怒る? 知るかざまあみやがれってボケがよおおおあああっ! ハァハァ……!」


「陽キャで偽善者……なるほど言いたいことはなんとなく分かりました」


「陽キャって言うか、光の神なんだから『陽』そのものじゃないか?」


金時と白銀は自分たちが陽キャ寄りの人間だとは思っていない。積極的に人と関わりたいだとか、友達と一緒に何かしたいという欲は薄く、かと言って陰キャと言うほどコミュニケーションが苦手であったり、内向的な人間とも思わない。


つまり、どちらでもなく、仲の良い二人で独自の世界観を作り上げ同じ高校、大学では浅く広い交友関係を築きながら、基本的にはお互いしか信用していないという変わり者だ。


本人たちは自覚しているかは不明だが人間自体があまり好きではないのかも知れないし、好きでもない人間と会話で瞬間的に楽しむくらいには嫌いでもない、ニュートラルな認識をしていると闇の神は判断していた。


一部の勇者は与えられた力によって助長し、世界の秩序を乱す癌以上に厄介な存在だ。絶対に抹消しなくてはならない。姉の光の神にどれだけ注意しても話を聞かない。

これではいけない、闇の神は勇者に対応できる者を介入させる決断をした。


「分かりました、事情は理解出来ますし勇者が無茶苦茶してるのも想像出来ます」


闇の神の怨嗟のこもった説明を聞き金時は腕を組む。


「分かるで、闇の神様……でもなんで俺らがあんたら姉弟のゴタゴタの言うこと聞く義理がある? はっきり言って関係ないし、違う世界の俺らにお願いしますって『筋通ってない』やろ?」


筋通ってる、通ってないは白銀の口癖だ。基本的に温厚な性格ではあるが、理屈の合わない主張を押し付けられた時には激しく怒る。その苛烈さは長年友人をしている理解者の金時ですら制御が出来ない。


そして、その自分のなかにあるルールは自分でも破ることは出来ず、自分に縛られていることもあり、流石にもう少し柔軟に考えたらどうだと、金時に諌められることがある。


ただ、自分の言動にはしっかり責任を取るという『筋の通った』性格自体は金時も好ましいと思っている。


だからこそ、白銀はゴネた。


「白銀の言う通り、そんな義理はないし何か得はあるんですか? 世界の為にあなたの願いを我々の意思を無視して一方的に叶えてくれというのは、偽善者の光の神となんら変わらないのでは?」


金時は意味のあること、ないことに敏感だ。金時からすれば白銀のある種異常とも言えるこだわりも、自分の神経をすり減らしてまですることでない、意味のない行為だと感じる。


意味があると思えばやるし、ないと思えばやらない。


ここまでは良くある『コスパ』を徹底した人間の一種ではあるが、金時はコスパの悪い無意味そうなことを単に楽しむことも出来る。

コスパを重視するあまり、意味がなくとも楽しいという行為、機会を失うことが『損』だと考え、コスパの悪いこと、意味のないことをすることに意味があると思っている。


ただ、この話はあまり理解されず、「矛盾してる!」と意味もなく論破したがる連中が躍起になって揚げ足を取ろうとするので口にはしない。


金時からすれば、矛盾すること自体悪ではないし人間なら矛盾して当然だと思っているので、論破されても面倒だなと感じるのみだ。

そんな柔軟性を白銀は羨ましく思っている。


「分かってるさ、だから君たちには交渉してもらいたい。私のワガママに付き合わせる対価に君たちのワガママを可能な限り叶えよう」


死んで早々、神との商談が始まった。

「ほーん、大抵は強い力与えます頑張ってね! やのに交渉か、筋通ってるな」


 白銀は誠意を見せた闇の神に対して少し心を許した。


「まずはそちらの条件を確認したい。勇者の中でも問題のあるものを抹殺するで間違いないですか? そもそも何人いるのか聞いてなかったですね」


 金時は条件面を引き出そうとする。


「勇者は全部で、とある学校の生徒と教職員合わせて659人いた。魔王との戦いや旅の道中で減っていき最終的には214人。これだけでも姉が、どうかしてるのは分かるだろう?」


「魔王さえ倒せれば多少の犠牲は構わんと……気に食わんな」


 白銀は半数以上が既に死んでいる光の神の采配に眉を顰めた。


「そのうち問題のある者は22人。元々精神に問題があったり、能力を与えられて暴走してしまったりと現地の者では手に負えない。

 潜在的に問題を起こしそうな者もいるが私が作成したブラックリストには現在22人がいる。こいつらは確実に排除してもらう必要がある」


「期限は? また達成出来ずこちらが死んだ場合の罰則は?」


「期限は無期限だけど、出来れば早めに。罰則はないよ、こっちの都合でお願いしてるんだから」


「なるほど、それで勇者を殺すというからには何らかの能力は与えてもらえると?」


「それはもちろん。普通に戦える相手じゃないからね。それに私は君たち二人だけに力を分け与えるから勇者よりは多少強く出来るし融通も効かせられるよ」


 闇の神の話では勇者全員にもらえる能力と個々の適性に応じたユニークスキルがあるらしい。


 ・アイテムボックス

 隔離された空間に10kg程度のものが入れられる能力。時間は停止しないし、生物を入れることは出来ない。


 ・ステータス

 自身の能力を数値化したものを確認出来る能力。勇者同士で合意があれば相手のステータスを見ることも出来る。

 勇者以外の存在からは簡単な情報を確認出来る鑑定機能つき。


 ・念話

 勇者同士でコミュケーションを取ることが可能な能力。脳内に声が直接響きどこでも会話が出来る。ステータス内の交友欄に登録されている必要がある。


 ・言語理解

 あらゆる言語を読み書き出来る能力。ただし、現在使用されている言語に限り暗号解読などの機能はない。


 これらは全員が所持している。


 また、ステータスは本人の適性によりデフォルトの数値にはバラツキがあり、勇者といっても一概に実力が同じとは言えない。


 そしてユニークスキル。これに関しては個々にあった特殊なスキルが存在していることは分かるが闇の神では詳細までは把握出来ていないらしく、大まかな推測の情報のみとなる。

 光の神が召喚した勇者を憎む声や、祈りが闇の神に間接的に流れてきて、その声を元に推測した情報でブラックリストは作成されているとのこと。


 ただ、使い方次第では相当厄介なものになるらしく、成長していくらしい。


「相手の能力が分からないというのは面倒だな……例えば勇者のステータスを取り除くスキルを与えてもらうことは可能ですか?」


「いや、悪いけどそれは無理。姉が私にプロテクトをかけてるから。反対に私が与える能力を勇者が知ることも出来ないのは幸いだね。だからこそ、なんだけど君たちには特別なプロテクトをかけるから勇者を殺しても姉には感知出来ないし、なにも出来ないから安心していいよ。何かしてくるとしたら私にだね。

 まあ、私は闇の神だから隠れるのは得意だしその心配はない」


「アイテムボックスもうちょい多く出来たりしますかね? というか他の勇者セットの上位互換も」


 白銀が提案する。


「それは出来るし言われなくとも与えるつもりだった。

 アイテムボックスは無制限で君たちで共有できるものを。

 念話は視界の共有による映像と録画、録音を。

 ステータスは自身のステータスや称号をある程度、編集出来るものを。勇者以外であれば鑑定もより詳細になったものを。

 言語理解は古代語や暗号も読み書き出来るものを用意するつもりだ」


「ふん、普通に便利そう」


 提案に対しての答えに白銀は満足して、鼻息を鳴らした。


「それでユニークスキルを自分で決めることは可能ですか?」


 金時は条件を詰める。


「悪いけど魂の一部を変質させるものだから、自分で決めようと思うと君たちの人格を変えることになっちゃうから不可能だ。いや、可能なんだけどそれはしたくない……ただし勇者が一人一つなところを、三つに増やすことは出来る。それ以上は魂が崩壊するから無理」


「つまり、不確定要素で、ある程度運か……じゃあこういう能力が欲しいって言っても無理なのか」


「あちらの世界にはユニーク以外の努力や才能によって習得出来る能力があるから、後から手に入れられる可能性はある。

 君たちや勇者はステータスが確認出来るからスキルを育てるのは現地の人間より簡単だね。スキルポイントを任意で割り振れるようにしてあるから、勇者よりも成長の方向性はコントロールしやすいよ」


「それってかなりチートじゃない? 例えば剣の才能がなくてもポイントさえあれば剣のスキル獲得出来るってことになるくね?」


「そうだね、あとこれはスキルというより仕様になるんだけど勇者を殺すと姉の力の一部はユニークスキルの破片となり、君たちに吸収される。肉体のプロテクトが外れて丸裸になった魂ならば、君たちを通じて姉の力を私に流すことが出来るから、姉の間接的な弱体化、私の強化が出来る。

 恩恵として君たちには勇者のユニークスキルの劣化版にはなるけど、同じ力が部分的に使えるようになる」


「つまり、勇者を殺すことでこちらの陣営が強くなり有利になると」


「そういうこと。あ、でも別に悪さしてない勇者を殺すのは認めないよ? 彼らも姉の被害者だからね」


「理解してます、別に好き好んで人を殺したいわけじゃないし」


「てか、ナチュラルに人殺せって言ってるけど普通は抵抗あるよな?」


「うーん、直接見たら分かると思うけどぶっ殺したくなるほど醜悪な存在と思うよ。抵抗どころか殺意が湧くと思う。ただ、その点に関しては精神にブロックかけるから心配しないで」


「おいおいおい、闇の神様しれっと俺たちを殺人マシーンに変えようとしてません!?」


 それはいかんでしょ、と白銀は声を荒げた。


「大丈夫。善悪の判断は変わらない。それに私からはリストを送るけど殺す必要がないと思ったら殺さなくて良い。君たちに降りかかる害悪に対処した際に発生する罪悪感によって心が病まないようにするだけだ」


「ちょーっと怖いな」


「そこはもう闇の神様を信じるしかなさそうだな」


「私は基本的には君たちの判断を尊重する。バランスよく物事を見る心がある者を選んだつもりだ。

 金時君は犯罪に関するネット記事を書いていて知識があり、勇者を追うのに向いている。

 白銀君はクラブの警備をやっていたから、困ってる人や面倒な人の対応に慣れているよね。腕っぷしもそれなりにあるし。


 仕事さえやってくれればどう生きようと介入しない。特別な力があるのだから、それなりに楽しく生きられるはずだ。元の世界より良い生活も出来るだろう。


 特別な力と新たな人生の自由の保障。それを報酬に仕事を引き受けてくれるだろうか?」


 もちろん断っても構わないと闇の神は言った。


 しかし、金時と白銀は目を合わせてうなずく。元の世界で雁字搦めな資本主義に生きていくよりは希望があると思ったからだ。


「引き受けます……ただ、元の世界の家族の反応が気になります」


「それもそうだね……君たちが死んだ後の反応知りたい?」


「俺たちは別の世界で生きてますって言って安心させたいところやけど、親が自分の葬式で泣いてるのとかは見るのキツいなあ」


「それに事故死なら泥沼の裁判が待ってる。それに苦しむのは見たくない。なんとかメッセージを送りたいけど、無理ですか?」


 金時と白銀はダメ元で闇の神にお願いする。見えない箱庭を操作するようなものだと言っていたし、干渉は難しいだろう。

 頭では理解しているが感情では納得出来ないものがある。


「……難しい。別次元の違う世界に干渉するのは神の縛りでも特に難しい。君たちの魂は次元の狭間からこぼれ落ちたものを拾っただけだし……手紙を送るのでなんとか……ただし時間のズレが生じて数年後、数十年後に届くかもしれない不確かなものになってしまうだろう」


 すまない、と申し訳なさそうに闇の神は言った。


「元々俺たちが死んだところに魂拾われただけなら別に闇の神様が悪いってことはないやろ。ただのワガママやし」


「他の人はこんな機会すら与えてもらえないと考えると、こちらが感謝することはあっても頭を下げる必要はありません。心遣い感謝します」



 金時と白銀は家族に対して、自分たちしか知らないことを書き出来るだけ本人からの手紙だと証明出来る工夫をして、家族に感謝と謝罪と気にしないで欲しいという旨を書いた手紙を闇の神に預けた。


 これから向かう先の世界の基本的な知識を教えてもらい、資金の増やし方や法律、地理など生活していく上で必須の情報を叩き込まれた。


 光の神はそういった基本的な知識すら与えず、勇者召喚の儀式が行われる王宮に飛ばすだけだという。


 まともな方の神様に命を拾ってもらったことを感謝し、二人は異世界へと旅立った。

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