混乱

 花はさっきからただ立ち尽くしていた。あの電話の正体が警察官だったことには流石に驚いた。どうやらあの男の警察官は仁の手助けをしているみたいだ。


 それでも花は仁を殺人犯にしたくはなかった。もう花自身はこの三人の少年たちなんてどうでもよかった。ただ仁を止められるのならそれだけで良いとさえ思っていた。


 別に目の前の女の警察官に同情するわけではない。同じ警察官に拳銃を向けられ、論破されているのは不便であるが花には関係は無い。


 ただ、朱理が今の白石を見たら絶対に悲しむと思った。


 朱理が恋をして大好きだった白石はもういない。復讐を朱理が望んでいるかなんて分からないが、好きだった人がこんな風に堕ちていくのは絶対に望んではいない。


 止めよう。止めなくてはならない。


 白石の足元にはスタンガンが転がっている。あれを拾うことが出来ればなんとかなるかもしれない。今花はこの場では空気と化している。もはや誰も気に留めてすらいないだろう。しかしながらそれはチャンスであった。


 三峰を見ると、正義という檻に囚われ困惑している。花がスタンガンを拾うには三峰次第なのだ。彼女が今一度立ち直り、そうして白石と志田の気を引いてくれればいい。花は三峰に目で訴える。だが三峰は花の視線には全く気づいていない。


 花は焦った。役に立たない警察官だなと心の中で思った。


「おっさんは本当に俺を止めないのか?」


「あぁ。好きにしろ。俺にはもうお前を止める権利はない」


 もうこうなれば白石を花のナイフで刺してでも止めるしかない。花はそう思い、さっき床に落としたナイフを探すがどこにも見当たらない。その時進藤トモヤが花の落としたナイフで器用に、結束バンドを切っているのが花には見えた。


 きっと白石や警察官の角度からでは見えていない。飯島ジュンゴも結束バンドをもう切り終え、拘束されたふりをしているようだった。おそらく逃げ出すタイミングを計っていた。


 しかしその逃げ出そうとしたタイミングこそ、チャンスなのではないかと花は考えた。流石に志田も直接手を下そうとは思ってはいないのだろう。復讐をあくまで白石にやらせようとしている。ならば逃げ出したことに気を取られた瞬間、花は動き出す。


 それこそが最後のチャンスだろうと思った。


「死ねやぁ!!」


 だがここで花が予想だにしない出来事が起きた。進藤トモヤが拘束をといた瞬間、白石の脚をナイフで刺したのだ。突然のことに誰も動けなかった。白石は痛みで声を上げながらその場に膝をついた。進藤トモヤと白石はその場でもみ合いになる。


 ーーその隙に飯島ジュンゴは脚を引きずりながら走り出し、割れた窓の方へと走っていく。


「ははは! お前も彼女と同じところに送ってやるよ!!」

 

「やめてっ!」花は気がつくと進藤トモヤに飛びかかっていた。だが非力な花では怪我をしている進藤トモヤにすら敵わず、簡単に弾き飛ばされる。


 その時、走りこんできた一人の男性が進藤トモヤに飛びかかった。それは花をここまで乗せてきてくれたタクシーの運転手だった。


「くっそ誰だよあんたっ!!」


 しかし運転手は周りに目もくれず、鬼の形相で進藤トモヤに馬乗りになり顔面を何発も殴り続ける。飛びかかられた衝撃でナイフを手から離していた進藤トモヤは、素手で抵抗を試みるが何度も殴られ続けている。


「や、やめっ‥‥」


 進藤トモヤの顔面はボコボコに膨れ上がっていく。しかし尚も運転手は殴り続ける。そして、足元に転がっていたナイフを手に取り胸のあたりに刺した。進藤トモヤの胸はすぐに赤く染まり、口は何やらパクパクと動いている。


 しかし、容赦なくナイフは胸を何度も突く。やがて進藤トモヤは動かなくなったが、運転手は尚も刺し続けた。その光景に花は体が動かずその場に立ち尽くすしかなかった。それは志田や白石でさえそうだった。


 やがて運転手は満足いったのか、返り血で赤く染めた全身でこちらを振り向いた。


「‥‥う、運転手さん。どうして‥‥?」


「‥‥私の娘はこいつらに襲われた。どうやら私たちは同じ相手を憎んでいたらしい」そうして運転手はニコリと笑った。目からは雫が零れ落ちていた。そうして今度は拘束されたままの状態の長田茂と、白石の顔を見た。


「君はこいつに襲われていたから、恐らく君の方だろう」そのまま視線を白石から長田茂に移した。長田茂は恐怖に顔を歪め、三峰を見ながら叫んだ。


「たっ、助けてっ!!」


 しかし三峰はその場で呆然としていた。さっきからその場を一歩も動いていなかった。


 そうして、運転手は何の抵抗もできない長田茂を何度も刺していく。何度も、何度も、何度も。もう既に死んでいるであろう、その肉塊に涙を流しながら何度も憎しみを込めてナイフを下ろした。やがてその動きは止まり、運転手はナイフを放り投げた。


「復讐の邪魔をしてすまなかった」


 花に一言そう言い、志田の元へと歩いていく。


「私を逮捕してください」そう言って運転手は、血だらけの両手を志田の前に差し出した。


 志田は言われた通りに手錠をかけた。

「‥‥今の気持ちを聞いてもいいか?」志田は運転手に尋ねた。


「‥‥そうですね」運転手は花の方を見る。「どんなに憎い相手でも、人を殺すのはいいものではなかったです」


「‥‥そうか」志田は小さくそう言った。


「あ、あんたは誰だよっ!?」


 白石は状況が全くわかっていないのか、進藤トモヤと長田茂の遺体を見て唇を噛み締めた。


「‥‥そうだね。私は復讐者といったところかな」


「‥‥くそっ、意味わかんねぇ」


 そのまま白石はナイフを手に持ったまま別荘を飛び出して行ってしまった。恐らくさっき飛び出していった飯島ジュンゴの後を追ったのだ。


「‥‥そうだ。あんたの娘さんを襲ったのは一人はそこにいるやつだが、もう一人は別のやつだよ」


「‥‥別のやつですか?」


「アンタがここに来る前に一人逃げ出したんだ。そいつがやったんだよ。そこに転がっている奴はあんたの娘を襲ってない」


 運転手はただ一言悲しそうに、「‥‥そうですか」とだけ言い残し、志田に連れて行かれた。


 改めて辺りを見渡すととんでもない光景が広がっている。酷い二人の遺体や、血のついたナイフが転がっている。綺麗だった別荘内は数分にして、血生臭い臭いとともに室内を真っ赤に染めた。


 別荘内に残された花は放心状態の三峰を残し、白石の後を追うことにした。



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