追跡

 なんの進展もない。そのことに仁は焦ってた。警察がこの頃やたらに多い気がする。犯人が捕まったら教えて欲しいと三峰に言ってある。連絡がこないのはきっと捕まっていないから。しかし、今のままだと時間の問題だ。


 非通知からの連絡もあの日以来無い。また連絡をすると言っていたのを信じているが、それだけに頼るのも悪いような気がしてくる。それでもどうすることもできず、悔しさと虚しさを抱えたまま時間だけが過ぎていた。


 その時、仁のスマートフォンに着信が入った。画面には非通知設定と書かれている。


「‥‥もしもし、白石仁ですか?」


 前回と同じでノイズが大きく、電話の主が誰なのかは全く分からない。


「そうだ。居場所をさっさと教えろ」


 初めて電話が来てからこの時までどれ程待ち望んだことか。あれはただのイタズラで、もしかしたらもうかかってこないかもしれないとまで思っていた。しかしこうしてかかってきたところを見ると、犯人に恨みでもあるのだろうか。


 しかしそんなことはなんでもいい。あの三人を殺せるのなら仁はどんなこともしてやるつもりだった。


「そう慌てないでください。犯人たちはもうこの辺には居ないです。今潜伏先の位置情報を送ります」


 その瞬間、仁のスマホにショートメッセージが届く。そこには秩父の浦山ダム周辺の座標が記されていた。


「‥‥本当にこんなところにいるのか?」


 地図には確かにダムを示している。こんなところに潜伏といっても何故? と首を傾げたくなる。そもそも隠れる場所としてはいいかもしれないが、色々とおかしいのではないかと仁は思っていた。


「ここに個人が所有している別荘があります。そこに潜伏しています。まさかここに人が来るなんて思ってないだろうからチャンスだと思います」


 そう言い残し電話は切れてしまった。信じる根拠はなにもないが、こいつはここまでのことを知っている。目的はわからないがこの情報に賭けるしかなかった。仁はすぐに旅支度の用意を始めることにした。


 銀行で溜め込んでいたお金を全て下ろす。このお金は朱理とのいつかの為に溜めていたものだった。もしかしたらもうこの町、そしてこの平和だった筈の生活には戻れない。仁は一通の手紙と溜めたお金の七割と共に自分の部屋に置き、家を出た。


 最後まで母親に迷惑をかけることだけが、唯一の心残りだった。それでも最後には復讐心が勝ってしまった。自分は人として欠陥品だったのだろうか。この選択は間違いなのだろうか。この瞬間まで少しの時間が空いてしまったせいか、何度もそんなことを考えた。


 ただ気づいたのだ。このまま生きていたとしても、犯人が生きている限り心の底から笑える日はきっとこない。もしこの復讐が達成できた瞬間、もしかしたら笑えるのかもしれない。


 仁は野田にこの電話のことを伝えるか悩んだ。彼女に伝えれば絶対に一緒に来るだろう。それは間違いない。しかし、それでいいのだろうか。心強いことは間違いはない。しかし、ここで彼女の優しさに頼るのは甘えかもしれない。これ以上巻き込まない為に仁は一人で向かうことを選んだ。


 一度駅前まで向かい、タクシーを拾う。恐らくは現地までは行かない方がいいだろう。運転手には怪しまれたくないため、近くまで行ってあとは歩く方がいい。


「お客様どちらまで?」


 タクシーの運転手とバックミラー越しに目が合う。仁が持っている大きなカバンは少々目立つかもしれない。


 仁は浦山ダムの最寄りの駅を告げた。運転手は少し不審に思ったのか、こちらを振り向いた。


「結構な値段になりますけど大丈夫ですか?」


 当然の疑問だと仁は小さく笑った。自分のようなこんなガキが払えそうな額ではないだろうし、そもそもこの時間にそこに行くのも、運転手からしたらよくわからないだろう。


「大丈夫です。向かってくださいお願いします」


 そう言うとタクシーは走り出した。おそらく車でも結構な時間がかかるだろうと仁は思った。流れていく景色に朱理と過ごした日々が蘇る。もう朱理と会うことは出来ない。きっと死んだって天国なんてなくて、朱理の笑顔を見ることはもう出来ない。


 窓の外は真っ暗で。雨も降り出している。仁はカッパを持って来ればよかったなと思った。


 ーーふと窓に映った自分の目から涙が流れていた。


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