被害者

 飯島ジュンゴ。進藤トモヤの自宅に向かったが、双方ともに姿はなかった。進藤トモヤは両親がいたが、長田茂のときと同じで捜査に協力的ではなかった。息子は何もやってない。あなたたちに話すことはないもないの一点張り。


 子も子なら親も親だと三峰は思っていた。被害者の気持ちは考えないのだろうか。自分たちさえ良ければいいのだろうか。モヤモヤした気持ちを抱えたまま、志田とともにもう一度今村朱理が攫われた現場に訪れる。


 周りを見てみても防犯カメラらしきものは目に入らない。街灯も少なく、夜になると人の気もなくなることは予想できる。今村朱理自身、まさか自分が襲われるとは思ってなかっただろう。この辺はどの道を選択したところで、同じような道を通ることになる。


 怖かっただろう。悔しかっただろう。今村朱理の無念を同じ女性として、母親たちは息子たちの罪が明るみになった時に、一体どんな反応を示すのだろうか。被害者の子が亡くなっているとわかった時、一体どう思うのか。三峰は考えれば考えるほど顔面が熱くなるのを感じる。


 そんな時、T字路になっているこの道の一番奥の家。ここからだと約20メートル位離れているだろうか。その一軒家の玄関に防犯カメラがあるのに三峰は気がついた。そのカメラは玄関の真上に設置されており、こちらの通りの方を向いていた。


「志田さん! あの防犯カメラを見させてもらえば、映ってるんじゃないですか!?」


 三峰は思わず声が大きくなっていた。どうして今まであのカメラに気がつかなかったのだろうか。どうにも公共に設置された防犯カメラばかりを意識してしまっていた。今のこの世の中、個人の住宅でカメラを設置しているところも少なくないのだ。


 ましてや見通しの悪いこの辺の路地に面した住宅は、空き巣などに警戒する必要があるのだ。早速志田を連れて、そこの家を訪ねることにした。


 誰か居てくれ。そんな小さな願いを込めながら、三峰はインターフォンをゆっくりと押した。


「‥‥でてこないな。留守か?」


 もう一度インターフォンを押す。中は静かで出てくる様子はない。三峰は落胆を隠せず、出直すしかないと諦めようとしていると玄関の扉がゆっくりと開いた。


 そこに立っていたのは高校生くらいの少女だった。三峰はその顔を知っていた。この子は二人目の強姦事件の被害にあった少女、須田すだ萌乃もえのだった。


 同一犯の可能性が高いと署内では見ているが、三峰たちの担当はあくまで一回目に起きた強姦。この二回目は他の警察官が担当しているため、ここが須田萌乃の自宅だとは三峰は知らなかった。


 須田萌乃は自分たちを見て、小さく口を開いた。


「‥‥警察。まだ何か?」


 この子に事情を話すのは難儀だと三峰は考えた。しかし、今村朱理の時とは違い塞ぎ込んでしまってるようには見えない。表情は疲れているが、言葉はしっかりとしている。その目は自分達をちゃんと捉えている。


 志田は気を遣ったのか、三峰の肩を叩き車に戻っていった。強姦被害者の子は男の警察官には話しにくいことも多い。またはその場にいるだけで恐怖を与えることもある、デリケートな話になる。被害者の精神面を最優先にしなければいけないと三峰は息を飲んだ。


「ごめんね。事件のことでお話があるんだけど。上がっていいかな?」


 須田萌乃は小さく首を縦に振った。志田が居なくなった後に安心したのか、さっきよりも若干落ち着いているように見える。志田は男であるがそれ以前に少し強面だ。以前、志田自身が「俺は子供には嫌われることが多い」と愚痴を漏らしていたのを三峰は思い出した。


 リビングに通してもらうとそこには誰もいなかった。


「今は一人で家にいるの?」

 

 普通だとこの時間は高校に行っているのだろうが、まだ外を出歩くのは怖いのかもしれない。そのために早く犯人を逮捕しなければいけないと三峰は思った。


「‥‥あ母さんは買い物」


「‥‥辛いことを思い出させるかもなんだけど、事件のことは聞いても大丈夫?」


 恐らくは他の警察官にはすでに話しているだろう。ただ事件が同一犯の可能性が高いためか、情報がこちらにはあまり回ってきていなかった。いわば早いもの勝ちといった感じの捜査になっていたのだ。三峰からすると手柄など二の次で、犯人の逮捕を最優先にすべく協力するべきだと思う。


 しかし、内部には数字を気にする人たちが多い。そういった中でお互いにいがみ合う人たちも少なくはなかった。


「‥‥大丈夫です」


 須田萌乃は小さく、それでも力強い声だった。比較するつもりはないが、今村朱理の状態とは全く違っている。三峰は本当に同一犯なのか疑問に思い始めた。それとも、須田萌乃が強いだけなのだろうか。


「じゃあまずは犯人の人数とかは覚えてるかな? 辛かったら無理しないでいいからね」


「‥‥二人だったと思います」


 二人ということに当然、三峰は疑問を覚えた。この二つの強姦には全く共通点がないと考えたほうがいいのかもしれない。


「‥‥顔は覚えているかな?」


「‥‥はい。暗かったけど見たらわかると思います」


 三峰は飯島ジュンゴ、進藤トモヤ、そして長田茂の顔写真が載った写真を見せる。この写真はこの三人のお仲間達がくれたものだ。この写真を見た途端、須田萌乃は小さく震えた。しかし、震える指で二人の顔を指差した。


「‥‥この二人?」


 怯えるように須田萌乃は頷いた。彼女が指差したのは飯島ジュンゴと進藤トモヤだった。


「‥‥この人はいなかったの?」


「‥‥いませんでした」


 長田茂はいなかった。どういうことなのか三峰にはわからなかったが、これで同一犯ということと今村朱理を襲ったのがこの子たちというのがほぼ確信に変わった。あとは防犯カメラを見れば証拠としては十分だった。


「‥‥車はどんなだったか覚えている?」


「‥‥確か、真っ黒なミニバン‥‥だったと思います。昔うちのお父さんも同じのに乗ってたから多分間違いないです」


「‥‥なるほど。言いたくないのにごめんね色々聞いちゃって」


 須田萌乃は首を横に振った。


「刑事さんは優しいから大丈夫です。初めに来た男の刑事さん達は怖かったから‥‥」


 確か須田萌乃を担当していたのは、山本と浜田と言う二人の警察官。あの人たちはよく案件をこなしていて署内では評判が高い。しかしその反面、数字にとらわれていて被害者の気持ちを汲み取ることが欠落しているのかもしれない。そもそも強姦の被害者に男性だけが担当する時点で間違っている。


「‥‥あの、もう一つ気になることを言ってたんです。あの二人の刑事さんには言ってないことなんですけど‥‥」


「‥‥どんなこと?」


「役に立つかはわかりませんが、私を襲った片方の男の人が、『今回はビデオカメラないし、このままでいいんだよな』って言ってたんです。他の私みたいな被害者がいたのかなって‥‥」


 この時、三峰の頭の中では一つの嫌な予感が渦巻いていた。今村朱理とこの須田萌乃は、そもそも味わった恥辱が違うのではないかということだった。もしかしたら今村朱理はビデオカメラで撮られ、警察にバラしたらこれを流すようなことを言われ、脅されたのではないだろうか。


 もしそうだとしたら卑劣極まりない。三峰は自然と拳に力が入る。


「‥‥それともう一つ。犯人は一人だったと言えって言われました。もし違うことを言ったら殺すって脅されて‥‥」


 須田萌乃は唇を噛みながら俯いた。そんな彼女を三峰は優しく抱きしめた。


「大丈夫。犯人は絶対捕まえる。萌乃ちゃんが勇気を出してくれたおかげで犯人にすごい近づけたよ」


 三峰の脳内では、点と点が線で繋がりかけていた。その時、須田萌乃の母親が帰宅した。初めは三峰のことを憎悪のような目で見ていたが、萌乃のおかげですぐに防犯カメラの映像を見せてくれた。


 そこには事件当日の映像もしっかりと残されており、そこには黒いミニバンの姿がしっかりと映されていた。そして歩いていた制服姿の少女を、二人の少年が車に押し込む様子が映されている。少女の姿は間違いなく今村朱理だった。


 二人の少年は飯島ジュンゴと進藤トモヤ。運転席には長田茂が座っている様子が映されている。


「この映像、借りてもいいでしょうか?」


「‥‥これで犯人逮捕に繋がるならお願いします」


 須田萌乃の母親は懇願するように三峰に言った。三峰は断固たる決意を持ち頷いた。そうして車で待つ志田の元へと急いだ。


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