安息地

「おい、本当にいるじゃねぇか。どうしてうちに来るんだよ」


 三人は物陰から顔を出しながら眺める。ジュンゴの家の前に二人の警察官が立っている。ジュンゴはそれが意外だったようだが、茂からしたら何も不思議ではない。恐らく茂の交友関係を洗った結果だろう。


「てことはうちにも来てる可能性が高い的な?」


 トモヤは少々楽観的に言った。さっきまであの二人の警官と追いかけっこをしていた茂からしたら、そんな風に思うわけはなくもう気が気ではなかった。


「とにかく二人とも家には帰らないほうがいいんじゃないか?」


 茂は二人も捜査線上にあがっているようで嬉しかった。自分一人追われているのでは割に合わないと思っていた。しかし、二人が何やらコソコソと耳打ちをしていた。


「‥‥なに話してるの?」


「いや、別に」


 怪しげな行動をとる二人だが、茂は気にしないようにした。この二人が仲がいいのは昔からで、今までもこんなことは何度かあった。


 数日前だって、茂の車を二人で勝手に乗り回していた。別にいいのだが、自由な奴らだと思う。


「俺いい隠れ家になりそうなところ知ってんだけど」


 この町に伸びる国道を山沿いに車を走らせた更にその先。その更に奥の山の中に綺麗な建物がある。そこはどうやら誰かの別荘らしい。年に何回かしか利用していないらしいが、水やガスや電気は通っているらしい。潜伏するにはいい所だと茂は思った。


「なんで俺たちが潜伏しなきゃならねぇんだ」


 トモヤは不満そうに舌打ちをした。さっきジュンゴとなにを話していたのかは知らないが、茂には二人が何かを企んでいるように見えていた。


「今まで黙ってたけど、警察がうちに来た時二人のことも聞かれてたんだ。多分警察は二人を疑っている」


「は!? どうして黙ってたんだよ!?」


 トモヤは茂の胸ぐらを掴んだ。自分たちだって共犯なのに疑われていることがわかるとこれだ、と茂は呆れた。恐らく未だ彼らには危機感というものが芽生えていないらしい。


「警察にはなにも言ってないし、言う必要はないと思ったんだよ」


「まぁ落ち着け二人とも。とにかく茂の言う通り一旦姿を隠そう。茂、そこに案内してくれるか?」


 ジュンゴに言われ、トモヤは茂から手を離した。今日はお気に入りのシャツを着ていたのに服が伸びてしまった。茂は軽く舌打ちをした後、ミニバンの運転席へと乗り込んだ。そして目的の別荘に向けて車を走らせる。


 茂は車の鍵につけていたキーホルダーが、無いことに気がついた。どこかで落としたのだろうか。割と気に入っていたので、茂は少しのショックを受けた。


 車を走らせている間、ジュンゴは何やらスマーフォンと睨めっこしている。茂は普段はあまりスマートフォンを触らないジュンゴにしては珍しいと思った。


「ジュンゴ、ゲームでもやってんの? 夢中になってスマホ見てるけど」


「いや、ちょっとネットサーフィンしてただけだよ」


 こんな事態によくも呑気にネットを見ているなと思う。この二人は被害者の子が自殺してしまったことを知らない。この二人にとってはレイプなんて、万引きくらいの罪のイメージなのだろう。当然だが、今自分たちの置かれている立場が分かっていない。


「‥‥俺たちの家まで来るってことは証拠でもあんのかな? もしかしてあのガキどもがビデオカメラを警察に渡したとか?」


 車に乗ってから今まで黙り込んでいたトモヤが口を開いた。どうやら今まで無言だったのは警察官の事を考えていたらしい。


「‥‥それはないだろ。もしそうだとしても警察が動き出すのが遅すぎる」


 トモヤとは違いジュンゴは冷静に言った。


「今になって、俺たちが見つからなくて諦めて警察に渡したってのは?」


 だんだんとトモヤは心配になってきているのか、疑問文が多い。その質問の矛先は全てジュンゴに対してだろう。トモヤはジュンゴの言いなりで、ジュンゴがいなければ自分だとどうすることもできないのだ。


「ないとは言えないけど、強姦なんて捕まっても大した罪にならないだろ。それに俺たち未成年だし」


 ジュンゴは未だにスマホを触りながらあっけらかんと答えた。罪の重さについては茂も同感だった。未成年というんは実名が晒されることもないのし、大人と違って罪も軽い。もし捕まっても反省したふりをすればいいだけのことだと茂は思っていた。


「おい、茂。まだつかねぇのかよ!」


 後部座席から聞こえるトモヤの声がうるさい。トモヤが茂に対してこうなのは今に始まった事ではない。こうして最近では三人でいることが多くなったが、トモヤにはそれが面白くないようだった。


「えーと、この辺を曲がって‥‥その先のはずなんだけど‥‥」


 茂は車を一旦止め、地図を開く。もうかなり車を走らせた。そろそろついてもおかしくない頃なのだが。


「なんだよ! 場所しらねぇのにあんなこと言ったのかよ! 本当にあるんだろうな!」


 ネチネチうるさい奴だなと茂はため息をついた。もういっそトモヤだけここで降ろしてしまいたい気分だった。地図に見た通りに進んでいくと、そこには立派な別荘が構えていた。長く車を走らせたせいか、もう空はすっかり暗くなっていた。


 しかし、ここに来るまでに途中からほとんど車とすれ違っていない。民家のようなものも見当たらなかったし、ここにいれば見つかることはないかもしれない。


 ガラスを割り、中に入ると本当に電気もつくしガスも使えた。ベッドも人数分は置いてあるし、インスタントの食料が大量に蓄えられている。ここに来る前に買ったお菓子やジュースも大量にある。当分は警察からは安全だと茂は肩をなでおろした。


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