別の母親

 あれ以来、長田茂が車に乗ったまま家に帰ってないという。家の人はその事について何も聞いていないと言っていた。


「逃げたか。限りなく黒に近くなったな」


 志田はタバコを乱暴に灰皿に押し付けている。


「でも証拠がないから、消息を追うのはキツイですね」


「お仲間の証言だと、長田茂は普段二人の仲間とつるんでいるらしい。恐らく、そいつらといるんだろう。もしくは共犯の可能性も高い」


 あくまで長田茂が怪しいというのは三峰と志田の考え。しかしこれ以上野放しにしておくわけにはいかない。次に接触する時は任意同行に応じてもらうほかはない。その時、署内に電話が鳴った。内容は強姦。被害者はまたも女子高校生で犯人は不明との事だった。


 すぐに警察で捜査が始まった。署内では同一犯の可能性が高いとみているが、被害者の子は今村朱理の時とは違い、いくらか話をしているらしい。


「‥‥同一犯と思いますか?」


「その可能性は高い。だが今回は前回と違い、被害者に犯人の証拠が残されていた」


 志田は証拠品袋に入ったキーホルダーを取り出した。そのキーホルダーに三峰は見覚えがあった。長田茂の自宅に行った時に玄関の横の棚に置いてあった車の鍵、それについていたものと同じものだった。


「長田茂を重要参考人として捜査します。各署には私が連絡を入れます」


「任せた。いよいよ事件も大詰めだ。もう被害者を増やさないようにするぞ」


 三峰と志田はもう一度、長田茂の自宅に車を走らせた。長田茂の親御さんに事態を説明するためだ。志田は車で待っていると言っていたので、三峰は一人で向かう事となった。


 父親は普段から仕事で遅いらしく、母親が出迎えてくれた。とても優しそうな人だったが、それが長田茂を間違った道に進ませてしまったのだと三峰は思った。


「本当に息子なんですか? キーホルダーなんて同じものをつけている場合もあるじゃないですか」


 その通りだと三峰は思った。しかし、今村朱理の攫われた時の目撃証言のミニバンといい、状況証拠は揃い始めている。それに何より長田茂のあの態度。絶対に何かを知っていた態度であった。しかし、この母親に事件の事をベラベラと話すわけにはいかない。


「だから話を聞くんです。もし息子さんから連絡が来たら教えてください」


「‥‥はい」


 長田茂の母親は煮え切らない表情をしている。未だに息子の事を信じ、我々警察に敵意を示している証拠だ。


「お母さん、もう一ついいですか?」


「‥‥なんでしょうか?」


 事件の事について、この母親からは大した事は聞けないだろう。それでも息子の事なら何かわかるのではないか、三峰はそう考えた。


「息子さんが普段誰と遊ばれているか聞いてたりしませんか?」


 母親は少しの間を空け、三峰から目を逸らした。


「‥‥息子のプライベートの事は分かりません」


 三峰は嘘だとすぐにわかった。この母親はあくまで息子の事を疑う自分たちを敵だと認識しているようだった。


「では、この日の夜。息子さんは自宅にいたんですよね?」


 三峰は今村朱理が被害にあった日の事を聞く。こうして聞く事で、自宅にいる事がばれたらまずいと母親は考えるだろう。三峰は捜査の時にこうして聞く事は多かった。


「えーとその日は‥‥出かけてましたね」


「‥‥息子さんのミニバンでですか?」


「‥‥えぇそうです」


 この時点で長田茂との供述に矛盾が生じた。おそらく嘘をついているのは茂の方だろう。


「ご協力ありがとうございました」


「待ってください! 息子は何にもやってないです!」


 母親は涙目ながらに訴えた。三峰は何を根拠にこんな事を言っているのか聞きたかったが、やはり自分が母親でもこうだったかもしれないと思った。たとえどんなに証拠が揃っていても。息子が犯罪に手を染めても。母親からしたら息子は可愛いものらしい。


「‥‥それを決めるのは裁判所ですから」


 三峰はそう言い残し、志田の待つプリウスへと戻る。志田は相変わらずタバコを吸っていたが、何やらスマホの画面を見つめていた。三峰に気づいた志田はすぐに隠したが、そこには一人の制服を着た少女が写っていた。


「さて、どうしますか志田さん」


「まぁガキが姿をくらますところなんざ、簡単に分かる。二人のお仲間を当たって見ようや」


 聞き込みで判明した、普段から長田茂がよく遊んでいると言っていた少年たち。飯島ジュンゴと進藤トモヤ。ガラの悪い連中はいとも簡単に教えてくれたのが、三峰にとっては意外だったのを覚えている。


「ああいう輩って、絆みたいな結束が固いと思ってたのに、簡単に教えてくれましたよね」


「いや、むしろ逆だよ。やばいと思ったらすぐに仲間を売る。普段から仲がいいわけじゃねぇんだよあいつらは」


 そういうものかと三峰は思った。きっとこういうのは女性の自分よりも男性である志田の方が詳しい。ただ、三峰には男の友情は固いとイメージがあったので意外だった。


 運転は志田がしてくれているため、三峰は窓の外を眺めていた。その時、視線の先に見えるコンビニから長田茂が出てくるのが見えた。


「志田さん! 長田茂がいます! 車止めてください!」


 志田はすぐに車をコンビニの中に入れる。三峰は車を止める前に飛び出し、長田茂の元へと駆け寄って行く。


「長田茂君。今ちょっとお話しいいかな?」


 長田茂はその声に気づいた後、慌てて走り出した。完全に自分たちを見て逃げ出したようにしか見えない。


「志田さん、私が後を追います! 身柄を確保するなら今がチャンスです!」


 三峰はそのまま走り出す。志田から見ていて三峰は少しばかり危なっかしい節が見受けられる。志田も車を降り、長田茂の後を追うことにした。長田茂は非常に逃げ足が速く、三峰の女の足では追いつくことは困難であった。地元の事情も網羅しているのか、気がつくと三峰は長田茂の姿を見失ってしまっていた。


 三峰は失敗したと思った。初めから志田と協力して追い込んでおけば捕まえられたかもしれない。自分の判断が招いた未熟な結果だった。姿がわからない以上はきっともう見つけることは出来なかった。三峰は諦めて志田の待つ車へと戻ることにした。


 だが車に戻っても志田の姿はそこにはなかった。コンビニで買い物でしているのだろうか。だとしたら呑気なもので、それはありえないと三峰はため息をついた。恐らく三峰のことをバックアップしようと、後を追ったのかもしれない。そこで入れ違いになってしまったと考えるのが妥当だった。


 15分後、志田は息を切らしながら戻ってきた。その様子からやはり長田茂の後を追っていたらしい。


「すいません、取り逃がしちゃいました」


「俺もだよ。まぁしゃあないさ。まだこの辺に潜んでるって分かっただけでも儲けもんだ」


 このコンビニは飯島ジュンゴと進藤トモヤの自宅からそう遠くはない。やはりこの二人のどちらかの自宅に逃げ込んでいる可能性が、これで高まった。進藤トモヤの方は実家暮らしだが、飯島ジュンゴは一人暮らしだというのは調査の結果分かっている。


 そうなると可能性としては飯島ジュンゴの自宅に潜伏している可能性が、非常に高いと三峰は考えた。


「おい。三峰」


 志田がタバコを取り出したので、三峰はそれに火をつけた。


「もうああいうのはやめておけ」


「‥‥今のですか?」


 志田はきっと今の追跡のことを言っているのだろう。三峰は自分のミスの所為で志田が怒っていると思っていた。


「そうだ。犯人ってのは追い込まれたらとっさに何をしてくるかは分からない。ましてや相手は未成年のガキ。自分の意思とは関係なく罪を重ねていくもんだ。一人でどうにかできるなんて思ってるなら勘違いもいいところだ」


 三峰は唇を噛み、頷いた。志田の言う通りだと思った。冷静に対処しなければ市民に危害が出ることも考えられるのだ。今の時代、警察が起こした不祥事はメディアや民衆の大好物。上からも常々三峰も注意するように言われていたから分かっていた。


 分かっていたはずだが、気がつくと捕まえるということしか頭になくなっていたのだ。こういうところは自分の悪いところだと反省している。


「まぁなんだ‥‥。別に怒ってるわけじゃねぇんだ。一人じゃなくて、これからは二人でだ。そのために俺がいるんだしな」


 志田はそう言ってタバコの火を丁寧に消しながら笑った。その笑顔は三峰にはとても優しく見えた。


「お前は優秀だが、沸点が低いな。まぁでもそれがお前らしいと俺は思う」


「‥‥志田さんは、私のことをよく気にかけてくれますね」


 一見志田は愛想が悪く、三峰も得意なタイプではない。どちらかというと温厚で楽観的。自分とは合わないタイプかもしれないと思っていた。三峰が配属された時も、三峰の行き過ぎた正義感からか周りの人は三峰と組むのを断った人もいるらしいと聞いた。


 しかしそんな中で、志田は三峰と組みたいと名乗り出たそうだ。三峰自身もこのことについては志田に聞いたことはない。もっとも、この人のことだから理由なんてないのかもしれないが。


 目の前の志田はそんな三峰の思惑とは外れ、少し照れくさそうに頭を掻きながら言った。


「娘と同い年なんだよお前。なんだか子供を育ててるみたいな感じかな」


 三峰はなぜか妙に納得してしまった。それと同時に、理由なんてそんなものなのかと思った。少しだけ嬉しかったのを隠しながら、今度は三峰がハンドルを握った。



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