第5話 5
陽菜との旅は時に言い合い、けれど和解しながら先へと進んでいた。もう人影も現れず、どれくらいの時間が経ったのだろうか。陽菜が崩れ落ちた事で俺は、何処かで悟っていたのかもしれない。この旅ももう終わるのだと。
「……どうやら、長く居すぎちゃったようですね。でも真尋君に膝枕してもらうのも、悪くないかもしれません」
体調不良など在り得ない世界で倒れたのだ、もう原因は一つしかない。俺は覚悟を決める。
「……真尋君。この世界は実は、真尋君の世界なんです。同様に、私の世界もあるんですよ。真尋君は私の世界に来てくれました、だから最初から名前を知っていたんです」
「何、訳分かんない事言ってんだよ」
何かを隠しているのは知っていたが、予想よりも理解の難しい事を言う陽菜に俺は疑問一色であった。そこへ更に残酷な真実を俺に告げてくる。
「真尋君、この世界で出会った人たちはみんな、真尋君が生きていたら出会っていた筈の人たちなんです。修さんも蓮歌さんも、そして私もです」
「は……?いや、何言って……」
「真尋君がもし自殺をしなかったら、その翌日にトラックに轢かれそうになる私を助けてくれるんです。そうすると更に翌日に私はたまたま修さんに道端でぶつかります。その時の修さんはストーカーに刺される直前でした。そこで大声を出した私のSOSに気付いてくれたのが、浮気現場を目撃してしまった蓮歌さんなんです。蓮歌さんは得意の空手で見事ストーカーを撃退するんです。……世界は残酷ですよね。たった一つの選択ミスで、こうも不幸を呼び込んでしまうのですから」
頭が真っ白になる。何だよ、それ。じゃあみんなを死に追いやったのは、俺じゃないか。
「ちなみに修さんは真尋君の高校の先輩なんです。そこから私と蓮歌さんも繋がりを持つようになるんですよ。真尋君は不登校だったようですが、次第にそれが改善されていき、お二人は仲の良い親友になるんです——」
「やめろっ!!……もう、やめてくれ」
「……全部、真尋君が教えてくれたんですよ。だから自分が全部背負うって、私の世界に来た真尋君はそう言ってました」
「背負える訳ないだろ!!そんなの、重過ぎるだろ……」
絶望感が脳内を支配する。手が震え、感覚機能が麻痺していくようだ。意識が内側に沈んでいきそうになる俺に、それでも陽菜は優しく続ける。
「……ねえ、真尋君。私たち生きてたら、付き合っちゃったりするのでしょうか?修さんと蓮歌さんとでダブルデートなんてしたり、行く行くは結婚なんてしたりして。ああでも私みたいな人間じゃ真尋君が愛想尽かしてしまいますね、私少し偏屈ですから」
「……少しじゃないだろ。相当だっての」
「そうですよね、おこがましかったですね」
陽菜が何だか少しだけ悲し気な声になるものだから、素直に成らざるを得なかった。
「そうじゃない。お前みたいな偏屈な奴、付き合えるのは俺しかいないだろ。結婚でも何でもしてやる、だからずっとそばにいろよ」
「……素直じゃないですね。真尋君みたいなめんどくさい人、きっと誰も寄って来ませんね。仕方ないので結婚されてあげますよ」
その後は初デートは何処に行くだとか子供は何人欲しいだとか、叶わない事を知りながらも二人は二人の未来に声を弾ませた。
「ああ、残念だなぁ。真尋君ともっと一緒にいたかったなぁ」
「何言ってんだよ、散々ついて来たくせにさ……。ここまで来たんだから、最後まで付き合えよ」
自分の言葉がどんどん弱くなっている。俺は未だ現状を拒んでいた。
「どうやら私はここまでのようです。今更ですが私、とっても泣き虫なんです。だから最後は泣かないようにしたいと思います」
「……何だよそれ——陽菜……?陽菜っ!?」
ゆっくりと透けていく陽菜の身体を、精一杯抱き止めようとする。顔をクシャクシャにして陽菜の名を叫び続けるも、叶う事はなかった。
「また会いましょう、私はいつまででも、あなたを待っています。……ありがとう。真尋君に出会えて、良かった……——」
陽菜を失った俺はフラフラと歩き続けた。何か、何でもいい。こんな悲しいだけのエンドロールで終わらせない為の何かが欲しい。すると俺の前に扉が現れた。俺は一切の躊躇いも見せずにその扉へと手を伸ばす。
そして。月だけが動き、太陽が完全に停止した世界で。
「——陽菜、だね?」
俺は座り込んだまま泣きじゃくる、色付いた黒髪の少女の名前を呼んだ——。
パラドックス・エンドロール 宵空希 @killerrabit0904
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