第4話 4
景色は何も変化はなく、白の砂と遠くの地平線。空には月がポツンと浮かぶ。あれから陽菜とは何も喋っていない。でもそれもいいかなと思えるくらいには長い時間を共に過ごしているような気もする、不思議だな。そうして暫く歩いていると、やがて新たな人影を発見する。
「——あ、人だ!おーい!」
向こうも早速気付いたようで、今度は声からして女性だった。
「こっちこっちー!いやー、誰もいないからガチで焦ったし!」
「君は?」
「アタシは恋ヶ窪蓮歌(こいがくぼれんか)、高2だよー!変わった苗字でしょ?そっちは、んー、中学生?」
派手目なメイクに制服の着こなし、俺にとっては苦手なタイプだろうな。ていうか誰が中学生か、と思っていると代わりに陽菜が訂正してくれる。
「私は朝川陽菜で中3ですが、こっちの真尋君は高1です」
「夜咲真尋です。俺も変わった苗字かも」
「よるさき?へー、そんな苗字もあるんだ。てかここってどこなの?アタシ死んじゃったんだと思ってたけど」
「それは俺たちも分かってないんだ。でも恋ヶ窪さんはどうして——」
「あー蓮歌でいーよ!よるさき君!」
自分だって苗字呼びじゃないか、そう思うも気にしない事にした。
「じゃあ、蓮歌さん。蓮歌さんはどうして——」
「さんなんかいらないってー!よるさき君は真面目だなー!」
いや自分君呼びしてるよね?何だか既に疲れてきたな。
「……蓮歌はどうして——」
「蓮歌さん!オシャレですね!私オシャレに興味があります!」
いや今度はお前かよ。何だろう、ここに来て初めて自分の部屋に帰りたくなってきた。
「なーに陽菜ちゃん?白黒だからあんまし分かんないけど、肌もツヤツヤだし素材良さそうじゃん!道具持ってるからお姉さんがやったげよっか?」
いや何で持ってくんの?と口にしないのは、ノリが悪いとか空気読め——。
「え!いいんですか!?お願いします!」
陽菜ちゃーん!今文章遮ったからね!?顔がヒクヒクしてくるも必死になって冷静に努める。するとシュバババ!!と物凄い速さで蓮歌が陽菜にメイクを施していた。それはまるで千手観音のようであった。いやもうそれで飯食って行けたじゃん。そうして黒髪ロングの清純派だった陽菜が、ツインテ地雷メイクのフル装備を果たした。いや何で俺がそんな説明をせねばならんのだ。
「お?陽菜ちゃんめっちゃいいじゃん!アタシよか全然カワイイって!」
「え、ホントですか!?どうでしょう真尋君!?」
ヤバい、こっちきた。どうしよう、何て言えば正解なのか。褒めたら褒めたでキモいとか言われたら嫌だしな。
「え、まあ、いーんじゃね?」
「……むぅ、イマイチ反応良くないですね」
「まあまあ陽菜ちゃん!よるさき君も照れてるんだって!彼女がいきなりメイク変えたら驚くよ男子は!」
誰が誰の彼女じゃい!と一応ツッコミを入れておく、心の中で。何だかバタバタしてしまったが、俺はここで本題に入る。
「それで蓮歌。どうして死んだのかそろそろ聞いてもいいか?」
大袈裟なリアクションで、え!?それ聞いちゃうの!?みたいな反応を示される。あれ、ここに来てそんなまともな反応が返ってくるとは思わなかったな。だが蓮歌も濁すような事はしなかった。
「アタシさー、リストカットしちゃったんだよねー。彼氏の浮気現場見ちゃってさー」
「浮気されると、そんなに辛いものなんですか?」
早速ド直球な質問をする陽菜。俺自身も恋愛経験はなかった為、様子見に徹する。
「あー、どうだろ。キレてフッちゃう人もいれば、アタシみたいに自棄になっちゃう人もいると思うけどねー」
「では蓮歌さんは、彼氏さんを深く愛していたんですね?」
「え、えー?そう言われるとハズいってゆーか……。でもさ、一方通行じゃ恋愛は成り立たないんだよね。何であんな男の為に死んだんだろ、アタシは……」
そう言って蓮歌はその明るさを落として俯いた。何だかこっちもやるせない気持ちになってくる。だが陽菜だけは納得がいかないようで質問を重ねる。
「蓮歌さんは彼氏さんと言い合ったりしなかったんですか?理由は本当にそこなんでしょうか?」
陽菜の直球は死んだ側にとって酷なものではないか。蓮歌は力なくポツポツと答える。
「……アタシさ、バカだから。小っちゃい頃から空手やってて、大会とかでも優勝したりして。でもそれ以外はホント何やってもダメダメで。友達にも着いて行くので必死でさ。何か、何やってんだろーなーみたいな気分になって。だから死にたいって気持ちは前からあったんだ。……バカだねアタシ、陽菜ちゃんに愚痴って、カッコ悪いなあ」
「愚痴を溢すのはいけない事ですか?いいじゃないですか、それで蓮歌さんの気持ちが少しでも晴れるなら」
ああ、そういう事か。陽菜は淡々と酷な事実を口にしているだけかと思ってたが、そうじゃなかったんだ。この世界で彷徨わせないように、成仏できる切っ掛けを与えていたんだ。心情に寄り添うのも大事だが、本当に寄り添いたいのであれば酷を突きつけてでも直球で事実を伝える。矛盾を孕むような発想。確か、パラドックス。
「ありがとー陽菜ちゃん!そう言ってくれて嬉しいよ!あーちょっとだけだったけど楽しかったなぁ!久々に素でいれた気がする!」
蓮歌は既に悟っている、自身の身体が透けてきている事も。
「よるさき君もありがと!あーあ、二人とはふつーに遊んでみたかったなぁ。では諸君!また来世で——」
蓮歌の声が途切れ、もう姿も見えなくなっていた。誰も不幸になんてなりたくないのなら、どうか来世では幸福を与えたまえと。
大して信じてもいなかった神というものに、死んで初めて祈りを捧げるのであった——。
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