第3話 3

新たに現れた人影へと向かう。今度は男性のようだ。それも一目で分かる程のイケメンだった。


「こんにちは。あなたもその、現実で……?」


中途半端になってしまったが、察した男性が返してくれる。


「——ああ、そうだね。僕も殺された口さ」


「へ?殺された?」


「ああ、違ったか。もしかして、殺された訳じゃないってとこかな?」


考えを訂正した男性に対して、後ろからやって来た陽菜が俺の代わりに答える。


「はい、私たちは事故と自殺です。どうしましょう真尋君、3パターン目が出ちゃいましたよ」


「いや、どうしましょうって言われても……」


真尋は困った。そんな事言われたって困るしかない。なので仕方なく自己紹介から入る事にした。


「まあとりあえず、俺が真尋でこっちが陽菜。あなたは?」


「というか真尋君、何で私の分まで自己紹介しちゃうんですか。私の彼女ですか」


「いやせめて彼氏な。てか陽菜だって俺の死因を喋ってるからね?」


「私自身はまだ真尋君の自己紹介を聞いていないので、真尋(暫定)君くらいの気持ちで言っただけです。対して私の陽菜は完全に本名なので、本名を流した(暫定)君の方が悪くて当然です」


「いや名前、丸ごと変わっちゃってんだけど!?(暫定)君って何!?おーい真尋―!帰って来―い!」


真尋が真尋を探し始めたところで、終始二人を眺めていた男性はクスクスと笑いながら自分も名乗り出す。


「僕は折谷修(おりやしゅう)。君たち、ここに来て長いのかい?随分と仲良く見えるよ」


「いや、どうなんだろう。でも実際ここに来てどれくらい経ってるのか分からないんだよ。月も全然傾いてくれないしなー」


俺に釣られて皆が空を見上げると、上空には微動だにしない月。するとここで陽菜がおかしな事を言い始める。


「あれ?太陽なら動いてるじゃないですか。確かに月は止まってますが。真尋君、太陽の見方も分からない男ですか?」


何だとコノヤロー、と思うも正直何を言っているのかよく分からなかった。修さんがその陽菜の発言に続ける。


「太陽ってあれの事かい?ふむ、ならば月だけが動かないのには何か意味があるのかな?」


何を言っているのだこの二人は、太陽なんて見当たらないじゃないか。俺は陽菜に文句を言う体でカマをかけてみる。


「あのさー。からかうのもいいけど、そんなあからさまな嘘はバレるだろ。太陽なんて何処にあるんだよ?」


「え?ですからあそこに……しまった、そう言う事でしたか」


陽菜のこの反応は最早疑いようもない。完全に墓穴を掘った陽菜に対して俺は視線を鋭くした。


「……陽菜ちゃーん、俺に何か隠してるね?」


「隠してないですよー。隠せるものなら隠しておいて欲しいくらいですよまったく」


「いや何言ってんの。訳分かんなくさせようとしたって無駄だぞ」


問い詰めるも決して口を割ろうとはしない陽菜。ここで修さんが会話に入る。


「君たち、本当に仲がいいね。せっかくだし、もっとお互いの事を話さないかい?君たちは高校生かな?」


修さんの発言に対し陽菜が勢いよく飛びついたので、仕方なく俺もその流れに乗る事にした。そのまま皆で色んな事を話すのだが、絶対に俺に目線を合わせて来ない陽菜に対してコイツ……とも思った。でも何だか話すのが楽しくて次第に忘れてしまっていた。ああ、いつ以来だろうか。こんなに人と喋っていて楽しいと感じるのは。だが修が経緯を語り始めたところで、和やかムードは終わりを告げる。


「僕はバンドマンでね。メジャーデビューが決まっていたんだ」


「え、凄いじゃん!修は何かギターボーカルって感じするなー!」


「ご名答、その通りだよ真尋。同時に僕はバンドリーダーでもあった。……けれどライブを終えた帰り道で、ストーカーに刺されてしまってね。理解に苦しむよ、僕のファンだった娘がどうして」


「殺されたってそういう事だったのか……」


修も俺も暗い雰囲気のまま言葉を詰まらせた。だが陽菜の出した答えは俺たちとは真逆のものであった。


「それは修さんがメジャーデビューに気を取られたからじゃないですか?」


「おい陽菜、何で加害者を庇うような事を言うんだよ。刺されて死んでるんだぞ、修は」


「では聞きますが、全くの理由なしに刺されたと思いますか?ファンだったんですよね?」


「理由の問題じゃないだろ。人殺しがいけない事だなんて、小学生でも知ってるぞ」


「はい、小学生はそんな事ほとんどしないでしょう。人殺しに手を染めるのは普通、ある程度物事を考えられるようになった人間のやる事です」


偏屈もここまでくると苛立ちを覚えてしまう。何が正しいかなんて、哲学的な話をしてるんじゃない。善と悪など単純明快だ。


「さっきから何が言いたいんだよ」


「考えられる人間だからこそ、理由があって然るべきなんです。きっとファンの娘にはファンの娘なりの理由があったんじゃないかと。修さんがメジャーに気を取られていたかは、可能性の1つでしかありませんが」


「……陽菜、お前はそうやって何でも全部不幸だったで済ます気か?人一人の命がどれだけ重いと思ってんだよ?」


「それを真尋君が言うんですね。少し安心しました」


そう言われてハッとなった。俺は自殺者であり、つまりは自分の命を蔑ろにしたのだ。理屈では陽菜には勝てそうにないが、到底納得も出来ない。だが修は何かを気付かされたような態度を見せて言う。


「……考えもしなかったよ。確かに僕は目先の結果ばかりを気にして、ファンの娘たちに目を向けられていなかったのかもしれない。大事なのはきっと今目の前にある過程の方だったのかもね。死んでから気付くなんて、笑えないな」


そんなのケースバイケースだろ、絶対なんて在り得ない。だがもうそれをどう口にしたらいいのか分からなかった。


「ありがとう、二人とも。僕の為にそこまで考えてくれて。君たちとはもっと早くに、出会いたかった——」


「え!?修っ!」


身体が消えていく修は、あっという間に姿が消えてしまっていた。成仏の二文字が脳裏を過るも、こんな形で良かったのか。いや、良い訳がない。俺の中にはどうしようもない悔しさが残っていた。


「……なあ陽菜、陽菜にとっては正解かもしれない事だって、他人から見たら間違ってる事かもしれない。自分が絶対に正しいだなんて思ってる訳じゃないだろ?」


「そうですね。真尋君の言いたい事も何となく分かります。でも不毛な言い争いこそ無意味じゃありませんか?気持ちだけでは何の解決にもなりません。なので割り切る事が最適解であって然るべきじゃないでしょうか」


「それはな陽菜、割り切れない感情を陽菜自身が持ってないだけなんだよ」


「そうですか」


話は途切れる。もうこれ以上何を言っても意味はないし、そもそも死んでいるのだ。ならば余計な考えも捨ててしまおう、そう思って立ち上がった。


「行きますか、真尋君」


同様に立ち上がる陽菜は当然のようについて来るようだった。もう別にどっちだっていい、そうある意味で割り切る俺であった——。

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