第5話 婚約を破棄するという言葉
「わたしの言ったことを冗談だと思うのかね?」
殿下は、急に厳しい表情になる。
怒ったのかな、と思った。
しかし、言うべきことは言わなくてはならない。
「わたしは冗談だと思いました」
「そんなつもりで言ったのではないのだが」
「婚約しているものを婚約していないとおっしゃられたら、冗談と受け取るのが普通だと思います」
「そういうふうに受け取るのだな。ここまでこちらが配慮しているというのに、全く。わたしの思いやりが通じないとは……」
「殿下が冗談をおっしゃられずに、婚約を続けていただけることが、わたしにとっては一番うれしいことであり、殿下の思いやりになると思います」
「なかなかいいことを言うものだ」
「おわかりになられましたか?」
「いいことを言っているとは思うが、わたしの言っていることとは何の関係もないことだ」
そう言うと、殿下は厳しい表情になり、
「せっかくわたしはお前のことを思い、なるべくお前が傷つかないようにと思ってきたのだが」
と言った。
イライラして、心が沸き立ってきているようだ。
「それはどういうことでしょう?」
今までの発言で充分わたしのことを傷つけている。
そのことに気がついていないのだろうか?
「まだわからないのか。じれったいやつだ。なあ、ルアンチーヌ。お前もそう思うだろう?」
「殿下のおっしゃる通りです。殿下の優しい心がわからないなんて、どうしょうもない人だと思います」
異母姉はあざけるように言う。
いや、殿下の言いたいことはわかっている。
殿下とわたしの婚約は、始めからなかったことにすれば、わたしが傷つくこともないと思っているのだろう。
そんなことがあるわけがない。
どこの女性に、正式な婚約をしたのにもかかわらず、それがなかったと言われて傷つかない人がいるというのだろう。
それに、殿下の評判にも傷をつけることなのに、なぜそういうところに心が届かないのだろうと思う。
殿下だけでなく、王室の評判にも傷をつけてしまうと思う。
ただでさえ、殿下は、女性については、付き合っては短い間で別れるということを繰り返してきて、そういう面での評判はよくないのに……。
そして、異母姉だって、同じ立場になったら、大いに傷つくに違いない。
しかし、このままでは、殿下から「婚約破棄」という言葉が出るだろう。
一番聞きたくない言葉だ。
婚約をなかったことにしても、婚約を破棄されても、わたしは殿下の婚約者ではなくなる。
どうしたらいいのだろう……。
わたしは、
「なんと言われてもわかりません。わたしは殿下の婚約者でいたいのです。殿下をお支えしていきたいのです。殿下に尽くしていきたいのです」
と殿下に誠意を込めて言った。
この言葉で、殿下の心が変わることを期待したのだけど……。
「もうそろそろわたしも我慢の限界だ。お前がわたしの配慮を理解しないのなら、言うしかない」
わたしの言うことを聞く気はない。
殿下は、どうやら決断をしたようだ。
いくら言うことが予想できるからと言っても、その瞬間は訪れてほしくはなかった。
「お前のことを傷つけたくないから、婚約のことはなかったことにしようと思ったのに。そうすれば、お前にとって一番つらい言葉を言うことはなかったのだ」
殿下は、一回言葉を切った後、
「わたしはお前のことが嫌いだ。わたしマイセディナンは、リンデフィーヌとの婚約を破棄する」
と冷たくわたしに言った。
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