夜に沈む 5
夢の中で目を覚ますと、私は海の底の岩場に腰掛けていた。あたり一面にコバルトブルーの世界が広がっている。海の中だというのに不思議と息ができた。
周囲を見渡してみて驚いたのは生物の多様さである。
波に揺蕩う白いイソギンチャクや、その隙間に見え隠れする橙色のクマノミ、桃色の珊瑚、岩に擬態するタコ、名前も知らない赤や黄色の小魚たち…。さまざまな生き物たちが色の洪水となって私の視覚を刺激した。ここには世界中に存在するすべての色が取り揃えられていた。
どれも熱帯に生息する生き物ばかりだ。もしかするとこれはアズーロ周辺の海の景色なのかもしれない。
どこかから微かに歌が聞こえる。イルカやクジラの鳴き声とも違う、やや悲しみを帯びた心地よい旋律だ。これが主人の言っていた人魚の歌声なのだろう。
眠りにつく前はいったいどんな夢なのだろうと身構えていたが、これほど美しい夢ならばちっとも苦ではない。もちろん毎日となると話は別だが。
頭上を影が横切り、一瞬だけ視界が暗くなった。
私は水面を見上げ、そしてはっと息をのんだ。
海面から差し込んだ太陽の光は、レースのカーテンとなって薄暗い海の中に光の粒子を振り撒いていた。イワシの群れが銀の鱗を煌めかせ、ウミガメの黒いシルエットが私の頭上を左から右へと横切っていく。
しかしそれらは少しも私の心を動かさなかった。
私の心を捉えたのはその向こうにある“なにか”だ。ここからでは見ることができない、けれど確かにそこに──水面の向こうにあるものに私の心は強く惹きつけられた。
私はその時はじめて理解した。これは海の底から水面を見上げる夢ではない。
海の底から水面を見上げずにはいられない夢だ。
色とりどりの生き物や、きらめく光の粒子への興味は急速に失われていき、私の瞳は固定されたように、ぴくりとも動かすことができなくなっていた。
切ない歌声が鼓膜を優しく震わせる。
前に後ろにたなびく光のカーテンを見ているうちに、私の内側に複雑な感情が湧きあがってきた。それは悲しみや祈りや諦めや愛情、憧れなどの感情があいまいに溶け合い、混ざり合い、私の身体を満たした。
──ああ、私はこの感情を知っている。この感情は、
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