第4話 ご降臨

 エリーゼが侍女のベスと護衛を伴い工房を訪れたのは、三日後だった。

「よっ、ようこそ。狭くて汚ねえですけど、どどどうぞ」

 緊張の面持ちでダンが工房内を案内してくれる。


「お邪魔します。皆さん、どうぞよろしくお願いします」

「ひっ、妃殿下じゃなくてエリーゼ様とお呼びしろ。お前ら粗相のないようにしろよ!」

「一番粗相しそうなのはダンさんじゃないっすか?」

「うっせえ!」

 と、男どもが蹴飛ばし合っているのを見てベスは眉根を寄せたが、エリーゼは微笑んでいた。


「私、こういう男たちって苦手なんです。夕方お迎えに上がりますので戻ってもいいですか? 護衛はついていますし」

「いいわよ。気をつけて」

 職人たちには確かに気性や言葉遣いの荒い者もいるが、祖国の魔鉱石採石場はもっと荒くれ者ばかりだった。今となっては懐かしい。都会の良家育ちのベスにはこれまで縁のなかった人たちなのだろう。


「女性の職人もいるのですね」

「家具職人には割かし多いんですよ。あそこにいるのはオレの妹で。おいナタリー、ご挨拶しろ」

 ナタリーはダンと同じ黒髪をくるくるっとお団子にした若い女性で、二の腕までむき出しにして、長方形の大きな板にヤスリをかけていた。


「なんてきれいな色と木目かしら。素晴らしいマホガニーね。触ってもいいですか?」

「どうぞ。見ただけで木材が分かるって兄貴が言ってたの、本当なんだ」

「お前に嘘言ってどうすんだよ」

 ナタリーが板を持ち上げて見せてくれる。指の背で叩くと、太鼓のようないい音が響いた。


「これはカード用テーブルですよ。ここで切って、折りたたみのテーブルになります」

「まぁ、こんな高級な木材をカード用テーブルにするなんてもったいない。都会には無駄遣いするお金持ちがたくさんいるのね」

 言ってから、これじゃ田舎丸出しだわと後悔すると、案の定ナタリーに大笑いされていた。


「こらっ! ナタリーお前っ! そんな笑ったら失礼だろうが!」

「いいじゃんか。エリーゼ様はそこら辺の嫁と変わらない服装してきて、あたしらに合わせようとしてくれてんだ。こっちも特別なことはしないでいつも通りにお迎えするのが礼儀ってもんだろ?」

「バカ言ってんじゃねーよ! オレたちがいつも通りなんかしたら、エリーゼ様がぶっ倒れちまうよ!」


「エリーゼ様は腫れ物に触るようなお客様扱いは望んじゃいないよ。この方は本気でいい家具を作りたがってる。あたしには分かるよ」

「勝手に決めつけんな! 後でジジイにぶっ飛ばされても知らねーからな!」

「決めんのはジジイじゃなくてエリーゼ様だろ。なぁエリーゼ様、一緒に作ろうよ。あたしまだ十八なんだけどさ、センスは兄貴よりあるってジジイに言われてんだ」

 ナタリーの茶色の目はキラキラしている。見ていて気持ちのいいものだ。


「ぜひ。わたしも十八歳ですから、よろしく」

「よっしゃ! そんじゃエリーゼ様は何から作りたいの?」

「書記机です。最初としてはどうでしょう?」

「いいよ!」


 エリーゼが大きさや引き出しの位置などを伝えると、その場でナタリーはラフ図を書き起こした。

「こんなのはどう? 脚は猫脚よりも角形で装飾したの方がエリーゼ様っぽいと思うんだけど」

「わかりますか? 実はロココ様式のゴテッとした軽薄さは少し苦手で」

「やっぱりぃー?」


 こうして、公務のない日は工房へ通いつめる日々が始まった。

 クリス王子とは毎晩、寝台に並んで話をする。工房でのダン兄妹のやりとりを話すといつも爆笑だ。


「ふぅん、ジジイもとい親方は二人の叔父なんだな」

「そうなの。親を亡くして、ナタリーは六歳で工房に引き取られて、職人たちに育てられたんですって」

「だから男っぽいのか。ダンという男もいい奴なのだな。作る家具は良くても性格が悪い職人はたくさんいるだろうに、最初から当たりを引くとは君はついてる」


 ダンは口数が多く説明が長いが、裏を返せば家具への多大な愛情をもつ男だ。

「あの人が作った家具を持てた人は幸せだろうと思います。まるで自分の子どものように話すんですよ」

「ふふっ。俺も会ってみたいな」


 言葉だけだろうと思っていたら、一週間後に本当に降臨した。エリーゼも事前に聞かされていなかったので驚いたが、職人たちはそれどころではない。まるで工房に隕石が落ちたがごとくの衝撃に、全員直立のまま動けなくなった。


「ここでの話を妃が楽しそうにするので、感謝を伝えたくてな。これは俺の個人的な礼として受け取ってくれ」

 と、たくさんのお酒と焼き菓子が積まれた荷車を、従者のユアンが運んできてくれたのだ。


「ヤバっ……王子眩しすぎるっ……」

「尊い。尊いよー!」

「なんなのありえん美しすぎる」

 ナタリー他、女性職人は固まって涙していた。

 王子は職人たち全員に話しかけ、最後には「あまり帰りが遅くならないようにな。妬けてしまうぞ」とエリーゼの額にキスして帰って行った。女性職人が断末魔を叫び、全員無事に尊死したのは言うまでもない。


 遅くならないようにと言われたのに、その日は職人たちと王子の話で盛り上がってしまい、工房を出る頃には日が暮れていた。

「ごめんなさい、待たせてしまって」

 エリーゼが帰らなければ衛兵も帰れない。今日の護衛はマットといい、侍女のベスの彼氏だ。待つのが仕事というのもなかなか大変なものだと思う。


 王城の門をくぐると、ガッシリした体形の婦人が一人ぽつんと、植え込みの中にたたずんでいる。薄暗くてよく見えず、誰だろうと目を凝らすとクリス王子の乳母のケリーだった。ユアンの実母でもある。

「ケリー、こんな時間にどうかしたの?」

 花壇の手入れをするには時間が遅すぎる。するとケリーは焦点の定まらない目でエリーゼを見上げた。


「はて、どちら様でしたっけねぇ?」

「あ……、すみません。こんな格好じゃわからないですよね。エリーゼですよ」

 妃殿下たるものが、庶民の嫁のような作業服で街中をうろついているのをよく思わない侍女連中もいると、ベスからは聞かされている。


「エリーゼさん? そんな王女様はいましたっけねぇ?」

「え、ちがいますよ。クリス殿下の妻のエリーゼです」

 彼女が育てたのはクリスだけではなく、姉たちにも何人かいた。その中の誰かと勘違いしているのだろうか。

「ケリー、もう暗くなるからお城の中に戻りましょうよ」

 そう促すとスッと立ち上がり、何事もなかったようにスタスタと先に行ってしまった。


「へんなの……」

 マットと顔を合わせるが他に何かしようもなく、自分も早く戻らなければと足を速めるしかなかった。

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