《白い勿忘草》
ただ、カラオケが安い朝のうちに行くために、まだ半開きの目を擦りつつ、また、疲れで硬直気味の足をさすりつつ、準備をして家を出た。
今から行く所は持ち込みが大丈夫なので、途中でのど飴を買うために店に寄る。現に、彼も僕も、片手にペットボトルの水を持っている。
かなり時間はギリで、僕らは急いで商品を探し、レジに並ぶ。会計は友人がやってくれると言ったので、僕は彼の後ろから見守る。僕らの番がやってきて、彼は商品を置く。店員さんも僕らが急いでいるのを察知して、素早くバーコードリーダーをかざす。途端、ビーという警音らしい音が鳴り響いた。何が起こったのかと思い、彼の肩越しに覗き込むと、彼が持ってきていた水を飴と一緒に台に置いていた。そして店員さんは彼のペットボトルの水のバーコードを読み取ったらしい。僕らは状況を一斉に理解し、笑い出した。そして、店員さんも笑う。気を取り直してすぐに飴のバーコードを読み取って値段を告げたが、その時にもまだ少し笑いを含んでいた。
ああいう素の感じで笑う人かわいいよな、などとキモい会話をしているとすぐにカラオケに着いた。
カラオケでは安い料金が適用されるギリギリまでの2時間にした。部屋は広めで、僕らは開放感が漂っていた。彼が譲ってくれ、一曲目は僕から歌うことになった。
ただ、なぜか僕の音程バーは、ガイドメロディを上手に上下へ避けていく。どうしても合わず、軌道修正を図るも、気づけば終わっていて、無情な点数が表示される。
一方で、彼の歌はさすがの一言だった。音程が合うのは言わずもがな、感情もこもっており、聴いていて気持ち良い。
交互に歌ったが、僕が歌うたび、気まずい空気が流れてしまうのが少し申し訳なかった。また、一人で練習しに来ようと固く心に誓う。
そしてあっという間に約2時間が経過し、残りは互いに一曲ずつくらいの時間になった。ただ、順番的に、彼の後に僕だった。
後味が悪いのだけはゴメンだと思い、まだ歌えそうな歌や、ふざけた歌をチョイスしようとも思ったが、結局僕の1番好きな歌にした。
back numberの「君がドアを閉めた後」という歌だ。僕が初めてこの歌を聴いた時の感情を込めて歌う。ガイドメロディは心の中にあった。つもりだった。終わってみれば、点数は今まで通り酷かったが、友人はかなり気に入っていた。
「これ、めっちゃいい歌やな。」
そして、彼は歌詞とコードを調べる。
「これ、全然ギター弾けるわ。」
「あ、てことは、合作いける?」
「合作?」
「うん。前に送った詩と、虎次郎の歌とギターをインスタにあげてもいい?」
「最高!」
パチン、とハイタッチが部屋に鳴り響く。
「じゃあ、京都帰ったら2、3日で送るわ!」
「めっちゃ早いな!サンキュ!」
(そして、彼からの動画が、彼の帰ったその日に送られた来て、あまりの速さと完成度に驚いたのはまた別の話—)
朝に感じた濁った感情はいつしか消えていた。歌声とともに流れていったのだろう。
その後、僕らはカラオケを出て近くの飲食店へ向かった。そこは、カラオケから5分ほどのところにある、トマトラーメンという一風変わった食べ物がある店だった。ただ、僕は何度か来たことがあり、味の美味しさは保証できた。僕はあまりで歩かない出不精で、横浜の案内などはできないが流石に最寄りの駅周辺だけは少し知っていた。
このトマトラーメンは、ラーメンというより、パスタに近い感じだが、またそれとは違った美味しさと面白さがある。彼もトマトラーメンを気に入ってくれたようで良かった。その後に食べたリゾットも彼は気に入り、満足した様子だった。もちろん、僕もラーメンに満足したが、それよりも彼の笑顔に満たされた。心の満腹度が上がっていくのを感じた。
その後は横浜へ行って、そのまま横浜のバスタから京都へ戻る予定だったので、家に戻り全ての荷物をまとめた後で、家を出た。
「忘れ物はない?」
「忘れたくないものはここにあるけどな。」
そう言って胸に拳を当てている友人をアホらしいと思うと同時に、確かになとしみじみ思う自分もいた。
僕は楽しくて忘れたくない思い出に蓋をするように、家の鍵を閉めた。カシャン。優しい音がした。
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