《ガンバレ!》

以前、恩師と飲んだ際に富士山に登ることを伝えたが、「あれは見るための山で登るためじゃないやろ笑」と言っていた。ちなみに登ったことはないと言う。

だが、進んでみると恩師の言っていたことが理解できた。ずっと平坦で整備された道が続いているのだ。もう少し剥き出しの岩場などがあると思っていたため、少し残念に感じた。ただ、富士山の怖い所は登ること自体よりも、標高ゆえの高山病や、寒さによる低体温症だった。僕は前もってネットで調べた、30分に一度、小休憩をとるのが良いという情報をもとに少しずつ歩いていこうとした。

ただ友人はもっと早く先に進みたい様子で、活力に溢れていた。対する僕は、何故かへばっていた。特にハイペースで歩いていたわけではない。つまるところ、歳なのだろう。最近ランニングをしたり軽い筋トレをしていたにもかかわらずこのザマである。


そのため五合目から六合目までは、かなりゆっくりのペースで進んだ。そしてこの後にキツイ岩場が現れるのだと思っていたが、六合目以降も平坦な道が続いた。案外、心が折れるのはこういう道なのかもしれない。険しい道は確かに大変だが、乗り越えようと試行錯誤する楽しみと、乗り越えた時の快感がある。だが、平坦な道は退屈で、体感よりも時間の流れが遅い。そのため身体的な負担よりも、精神面への負荷がかかる。僕はこの登山では、気の合う友人という最高のパートナーがいてくれるため、この道を歩いていけるが、もし一人だったらどこかで挫折していたかもしれない。そんなことを考えていると、七合目に着いた。

登山から帰ったら、頑張って彼女を探そう。僕は密かに心に誓った。

振り向くと空には綺麗な朱色が差し込んでいた。ただ、遠くに浮かぶ厚い雲では時折、稲妻が走っている。それはまるで、僕の将来を暗示しているかのようだった。


ここで一度休憩し、地図を開く。ここから八合目まではおよそ100分となっている。次第に日は暮れ、ここからは夜行軍となる。僕らはヘッドライトをつけ、七合目を後にした。

直後、僕は目を疑った。視線の先には、かなり険しい岩場が広がっている。おいおい。まじかよ。この疲れ切ったタイミングで本格的な登山か…。

僕は登る前から少し精神的なダメージを受けたが、友人の「めっちゃ登山感あっていいな!」という一言に励まされる。そうだ。僕らは登山をしに来たのだ。また、困難こそ面白い。僕らは一歩一歩着実に岩場を進んでいく。気づけば辺りは暗闇に包まれ、見上げると星が輝いていた。

しばらく登ると、集団が見えた。この道では追い越すのは難しいし、山小屋への到着はかなり遅れるだろうと予想する。

しかし友人は全く逆の考えだった。彼はふと振り返り、尋ねる。

「ねぇ。体力ってまだある?」

「うん。まああるけど…」

「じゃあ追い抜くか。」

えっ?どうやって?と聞こうとした時、彼は進み始めた。

集団が登っている少しなだらかなルートから少し外れた、かなり険しい岩肌を彼はよじ登っていく。

僕の頭は彼のイカれた行動が理解できなかったが、体はまだ体力があったようで彼の進んだルートを辿っていく。

道中、ふと童心に帰り、若返ったのだろう。彼に離されることなく登っていき、次の山小屋ではなんと自分から先頭を申し出て登っていく。まさかまだ自分に若さが残っていたとは。嬉しい誤算だった。そしてまた次の山小屋では彼が先頭を引っ張ってくれた。

途中、追い越しをしても良いのか疑問に思ったが、ある集団の先頭のガイドさんが「若いんやでどんどん先に行け!」と言ったのを聞き、彼の軌跡を辿っていく。


そして七合目からわずか50分で僕らの泊まる山小屋に着いた。八合目の最初にある太子館である。時刻は8時で、まさか電話の宣言通りに着くとは思っていなかった。

ただ僕らは着いた後、すぐには山小屋に入らず、ベンチに腰掛けて眼下に広がる夜景を眺めた。

ベンチには他に、ツアーのガイドさんと参加者がいた。ガイドさんはベテランのおじさんで、参加者は日本人女性二名だった。彼女たちはまだ下に外国人カップルが一組いるのだとガイドさんに説明していた。

しばらくしてその外国人カップルが山小屋に着いた。彼女の方は少し息を切らしている。

彼らはベンチに座り少し休んでいたが、しばらくしてガイドさんが出発の声をかけようと近づく。無慈悲にも思えるが、ツアー全体のことを考えると、先に進まざるを得ないのだろう。

少し会話に耳を傾けると、彼は

「言葉はチャイナ?」

と尋ねた。めちゃくちゃな問いかけにそばにいた日本人女性だけでなく、僕らも笑う。しかし通じていたようで、外国人カップルは頷いた。僕は驚くと同時に、一つ試したいことを思いつき、携帯で検索する。そしてその画面を友人に見せ、二人で声を揃える。

「ジャーヨーウ!」

加油。中国語でガンバレという意味だ。

その後、彼らは目を開き少し驚くと同時に、返事をしてくれた。

「——、——。」

もちろん僕らは聞き取れなかった。ただ、なんとなく言っている意味は分かり、僕らは笑顔で応えた。登山により言語の壁を超えることができるのだということに僕らは感心した。そして進んでいく彼らの背中にもう一度心の中でガンバレと声援を送る。

夜風が少し寒さを増し、僕らは山小屋の中へ入った。

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