《気分下降・標高上昇》
そして、登山当日。友人が夜行バスで横浜に5時頃に着き、そこから僕の家の最寄りまで来てくれることになっていた。それがだいたい6時の予定だった。
そのため僕は4時半に起きた。なぜこんなに早いのか。いや、正確には10分おきにタイマーがセットしてあり、その一発目で運悪く目覚めてしまったのだ。そしてそれから寝付けるわけもなく、僕は朝の街を散歩した。
今思えばなぜあんなことをしたのか。富士山に向けて体力を温存しておくべきだったのに、僕は5時40分まで、ずっと歩き続けていた。
少し早く駅に着き、彼を待った。その時、昔のことを思い出した。
あれは小学生の頃だったと思う。両親にディズニーに行くと伝えられ、かなりテンションが上がっていた。そして夜行バスでディズニーへ向かったが、首を寝違えて気持ち悪くなった僕は降りてすぐ吐いてしまい、ミッキーの家にいった際にも吐いてしまった。なんとか父のおかげでミッキーに被害が及ぶことはなかったが、僕と父はすぐに新幹線で帰宅した。
そんな最悪な出来事を回顧していると、彼からLINEが来た。
「着いた!」
顔を上げると少し奥に彼が見えた。彼も僕を認識し、小走りで改札を抜ける。僕らは久しぶりの再会を喜んだ。
そして僕の家へと向かい、シャワーを浴びて少しの間だけ彼は眠った。ただ、僕は全く眠れなかった。彼と会えたということと、想像の中に聳える富士山が眠気を遮ったのだ。
しばらくして彼がアラームの音で目覚めた。そして僕らは登山の準備に取り掛かった。途中で僕はすべきことを思い出し、電話を掛ける。
「こちら、富士山八合目、太子館です。」
「本日宿泊する空川なのですが、18時のチェックインに間に合わないので夕食のカレーの準備は大丈夫です。」
僕は無駄に作ってもらうと悪いと思い、電話した。
「分かりました。ちなみに、今は何合目ですか?」
僕は質問に答えるのに困ったが、「まだ家です。」とも言えるはずもなく、
「もうしばらくしたら登り始める予定なんですけど、少し遅めになりそうです。」
とだけ答えた。
「そうですか。ではカップ麺になってしまいますがよろしいでしょうか?」
「はい。大丈夫です。」
夕食があるだけでもありがたかった。
「ちなみに、8、9時頃とかに着く感じですかね?」
予定では9時半頃だと思うが、まあ大してずれてはいないだろう。
「そんな感じです。」
「分かりました。お待ちしております。」
友人に電話の内容を告げ、二人で苦笑した。
そして準備をしているとすぐに出発の時間がやってきた。僕らは最終確認をして、家を出る。ガチャン。鍵の音がいつもより重く響いた。
僕らはバスタ新宿へと向かった。そこから富士山五合目までバスで3時間ほどだった。ただここで一つ、問題というほどではないが、一抹の不安があった。電車が遅延していた、などということではない。そう、大学の成績発表だった。
僕は頑張って優秀な成績を収めてきたと自負している。というのも、(自分で言って悲しくなってくるが、)今まではあまり友達と遊ばず、バイトにもあまり行かず、サークルすらも大して参加せずに勉強していたからだ。ただ今回はいろんな旅行の計画などのためにあまり勉強に身が入らなかったということと、そもそも授業が難しかったということがあり、かなり不安だった。そしてこの発表が12時にあり、バスが出るのは12時半だった。
僕らがバスタ新宿に着いたとき、時刻は11時58分。背中のリュックが、重さを増してくるのを感じた。そして12時になった瞬間、僕はネットで成績を見た。
なんと、【時の洞窟】で触れた授業は、落単するどころかまあまあ良い評価であった。ただ、問題は別の授業だった。英語で地球温暖化について学ぶという授業があり、興味本位で取ってしまった僕は、後悔しつつも一生懸命授業についていった。一度目のテストでは悲惨な結果だったが、期末のレポートとテストではまあまあいけた自信があった。にも関わらず今までで一番低い評価だった。訳が分からない。その他にも、適当、というほどではないがあまり良い評価は期待できないと思っていた授業の成績が良く、頑張った授業の成績はあまり振るわなかった。意味が分からない。ただ、上述の授業で新たな友人(青春18きっぷで誘ってくれた友人)ができたことに意義があったのだと、そう思うことにした。
落ち込んでいるとバスが来た。
道中、友人はまたも眠っていたが、僕はなかなか眠れなかった。成績のショックもあるのかもしれない。ただ体はかなり疲れていたようで、結局小一時間ほど眠った。
落ちてゆく僕の成績とは逆に、バスは富士山に入り、標高が上がっていく。人生山あり谷あり、と言うが、十人十色。僕の人生は少し谷が多いらしい。そんな僕の人生も、今後は山がありますように。そして成績も上がっていきますように。僕は今回の登山に、ひっそりと願掛けの意も込める。
そして僕らは富士山五合目に到着した。バスから降りると、ひんやりとした空気が流れてきた。下界ではまだ夏の暑さが残っていたが、もうこの標高まで来るとそれは感じられなかった。僕らは準備をした後、五合目を発った。澄んだ青空には雲の絨毯が広がり、太陽が昇っていた。
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