【人生谷ばかりなら山でも登ろう】
空川陽樹
《蝉と富士》
7月某日
夜も更け、数字上での1日が終わろうとしていた。そう、時刻は23時30分。突然、スマホからLINEの電話が鳴り始めた。生活リズムが崩れ、活動時間真っ只中だった僕はすぐに電話に出る。
「もしもし〜。」
「あ、陽樹?」
「うん。どした?」
「富士山登らね?」
自然を愛して止まなく、最近は登山に興味が出てきたこともあり、即答する。
「アリやな。」
「まあ、まだ全然確定じゃなくて、行けたらいいな〜、程度なんだけどね。」
「おけ。じゃあこっちでもちょいと調べてみるわ〜。」
「了解。俺も調べるわ。」
その後、少し世間話と相談などをしたため、気づけば日付けは変わっていた。
「じゃあまた〜。」
ツー、ツー、ツー。
友人との心躍る取り決めをした僕は、勉強しようと机に置いた教材をどかして、パソコンを開き、「富士山 登山 初心者」と打ち込む。少し回線が良くないのか、ぐるぐると回っている。混乱した僕の頭を表しているかのようだっだ。外では蝉が短い人生を謳歌するかのように鳴いていた。
それから何度か通話して、話は確定していった。まず、日付は9月の頭。8月は2人とも予定があったため、そこに決まった。そして、道具のレンタル、往復のバスなど、順次予約していった。心配性の僕は調べに調べまくった。そう、勉強そっちのけで。また、他にも夏休みに行きたい所があったので、勉強に身が入らなかった。蝉は相変わらず、忙しく鳴いていた。
そうして、富士山の旅程はだいたい決まってきたが、一つだけ不安要素があった。僕らは宿を取らずに、弾丸登山の予定だったのだ。まだ若いし、どうせ山小屋とかじゃ眠れないだろうから泊まらなくても別にいいだろう、と。まあ、僕は前日に自分のベッドで眠れるからまだマシだが、彼は京都から夜行バスで一度こちらまで来てくれるのだ。彼の体が持つのか、不安だった。
ただ、その懸念と真剣に向き合った頃には、もう既に山小屋の予約は一杯だった。僕らが登るのは、登山シーズンギリギリだから空いているだろうと見積もっていたのが甘かった。ヤバいどうしよう。そんな不安が頭の片隅にずっとあった。蝉は叫び声を上げているかのように鳴いていた。
なんとか期末試験を乗り切り、夏休みに入った。そして帰省の際、富士山登山を家族や祖父母に伝えたが、弾丸のことを口にした際、止めとくべきだと皆口を揃えて言ってくれた。また、帰省の際に登山部の友人に同様のことを告げたが、同じことを言ってくれた。彼が言うからには、本当に危険なんだろうと僕は改めて実感した。実家でも蝉は鳴いていた。警報のようにうるさかったのを覚えている。
僕は帰省した後、筋トレをしたり、登山服(ユニクロ)を買ったり、登山の注意点を調べたりと、準備を整えたが、頭の中にある皆んなの不安な顔はなかなから消えてはくれなかった。帰省から帰った後も、蝉の鳴き声はずっと響いていた。
そして、登山の1週間ほど前、打ち合わせのために彼に電話を掛けた。
「準備どんな感じ?」
僕らは準備について話し合った。この時も弾丸の予定は変わらなかった。ただ、雨の中の弾丸はキツイだろうということで、二日ほど前にもう一度電話して、天気予報を見て登山するか否かを判断しようと言うことになった。
この電話の際、彼は明後日に鳥取砂丘に行くのだと言った。日帰りだという。
外で鳴く蝉の声は、少し以前よりも小さくなっているのを感じた。
そして登山の二日前、彼と最終確認のために彼に電話した。
「これさ、弾丸登山とかアホじゃね?」
鳥取砂丘の旅行で、一日中運転した彼は、寝ずに旅する愚かさを身をもって体感したらしい。
「マジか…。」
僕は彼の話を聞くと同時に、皆んなの忠告が頭をよぎった。
登山予定日の天気は晴れで、登山指数もAだった。それに、もし登山を中止した場合、2泊3日東京・横浜観光になってしまう。もちろんそれでも楽しいとは思うが、せっかくなら富士山に登りたい。2人の意見はそれで一致したので、翌日の朝にダメ元で山小屋を探そうということになった。
蝉は枯れた叫び声を上げていた。
翌朝、あまり眠れなかった僕は、寝ぼけ眼を擦りながら山小屋を検索した。1番初めに出てきたサイトを開く。山小屋の一覧が載っている。僕は一から順に各山小屋のページに飛んだ。しかし僕らが宿泊するのは次の日だったので、どこも空いていなかった。ただ、いくつかのページはうまく開くことができなかったので、それらに望みをかけて、直接その山小屋を検索し、サイトを調べた。
外では、蝉の声が止んでいた。僕は八合目の山小屋で、二人部屋を見つけることができた。すぐさま予約入力フォームへと進む。そして、なんとか無事に予約が完了した。ただ、18時までにチェックインしない場合、夕食はカレーからカップ麺になってしまうとのことだった。そもそも弾丸登山の予定だった僕らは、17時に五合目を出発するつもりだったので、間に合うはずがなかったが、泊まれるだけマシだし、飯も一応はあるなら全然いいだろう。
僕は山小屋の件を友人に電話で告げた。富士山に登ることが決まり、後は心の準備をするだけだった。
その日は夕方に3時間だけバイトがあり、終わった後、すぐに家に帰り眠った。
確か、なかなか眠れず、12時頃に眠ったと思う。もう蝉の声は聞こえなくなっており、少し違和感を感じながら、浅い眠りについた。
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