メイキング

夢見みた

第1話

 天才ってなんだ。

 何もしないで、何かを成し遂げるのが天才なのか。

 努力しないで、簡単にやってのけることが天才なのか。

 生まれたときから、すごい才能を持っていれば天才なのか。


 夢を見ることは、天才しか見てはいけないのか。


 そんなこと、すべて否定したい。

 でも、できない。


 なぜなら俺は、海原青空うみはらそらという一人の人間に宿った凡人の人格であって、天才の人格ではないから。


 ーーーーーーーーーー  青。



「よっ、海原おっはよう~。」


「朝からうるさいな。疲れるからやめてくれよ。」


「あったりめぇーよ。俺は常に元気な男だからな。」


「その元気、朝から浴びるの迷惑なんだけど。」


「うっわ、今日も卑屈だねぇ。」


「うるさい、ほっとけ。」


 こいつの元気は本当に朝からしんどくなる。

 毎度、毎度、このテンション感で接せられると普通の人なら朝からしんどい気分になると思う。かくゆう俺もこいつとの朝は今でも疲れるし、それが不快でもある。


「ていうか、海原君よ。君は昨日のテレビを見たかい。」


 急にテンション感が変わるのも、西木にしきの性格の特徴でもある。

 そのせいで、ジェットコースターと自身の名前から、西木コースターなんて言う、あだ名で呼ばれてからかわれたりすることも多々あるが、本人曰く、結構気に入っているらしい。

 やはり、どこかこいつも変わっているな。


「別に見てないけど、何かあったか、昨日?」


「お前は、ほんっとに周りに興味がないねぇ。」


「急になんだよ。別にいいだろ、何に興味を持つぐらいは人の自由だと思うけど。」


「はいはい。好きに強がりでも吐いてろよ。」


 俺に呆れたように西木は言った。


「別に強がってないから。で、何があったんだよ、昨日。」


 西木に言われたことが的を得ていて、認めたくない一心もあり、返答が少し強くなってしまった。


「しゃ~ねぇなぁ。周りに興味のない海原君に、俺たち二組の女神を説明してあげよう。」


「女神って、そんな人、うちのクラスにいたか?」


 女神という言葉を聞いても、西木が何について話そうとしているのか、まだわかってはいなかった。


「お前、マジで、そろそろ、引くレベルだぞ。二組の女神嫌、この学園の女神ともいえる人にはさすがに興味持てよ。」


「もう分かったから、早く誰か教えろよ。」


 西木との朝が疲れる理由の内の一つ、話の前振りが長い。

 こいつは本当に前振りが長い、本題を聞きたいこっちからしてみれば、本当に飽き飽きしてくる。


「はいはい。現在、毎週水曜日、つまり昨日の夜に放送してる人気ドラマ『青春、時々恋予報』で主演の乙女ちゃん役、そして今若手女優の中で、一番人気急上昇中の女優こそ、我らが女神。冴島刹那さえじませつな様でございますよ。」


「冴島...確かに言われてみれば、そんな名前の人、同じクラスにいたような気がするわ。」


「気がするだけかよ。」


 西木が本当に引くように俺を見つめてきたので、冴島という人の人気は本当にすごいのだろうな。

 と、西木にではなく、冴島という顔までは思い出せていない人に関心を抱いていると、廊下の方から、何やら騒がしくなってきた。


『冴島様だ』

『朝から見れるなんて、幸せすぎて死にそう』

『やばい、嬉しすぎて涙できた』


 そんな言葉たちで廊下は人だかりで溢れかえり、みんな窓の外にいる女神を一度でも自分の瞳に焼き付けようと顔がつぶれるぐらいには、窓にぴったりと張り付いていた。


「噂をすれば何とやら、朝から女神と同じ空気を吸えることが確定するなんて、ほんと、俺の人生幸せだな。」


「西木、その言い方は、まじできもいぞ。」


 両手を合わせて、鼻から空気を吸い上げる西木の行動は、はたから見ると本当にただの変質者としか思えない行動だった。

 クラス中、学校中の生徒にここまでの行動をさせる女神とはいったいどれくらい綺麗な人なのか、逆に興味がわいてくるものだな。


 人だかりで溢れている廊下に、人間が一人ぐらい通れるような空間が、真ん中に次々とできていくさまは、まるで大スターのとおる道にも見えてしまうほどだった。

 そんな、廊下から教室の扉を開いて入ってくる、その人間は確かに女神と呼ばれるほどに綺麗だった。

 綺麗な髪に、くりっとした瞳、体系もいわゆるモデル体型みたいに良く。

 おまけに、芸能人で、人気の女優と来た、これは確かにここまでの人気と異常なまでの喜び方をする奴がいることも納得ができた。


「おはようみんな、久しぶりだね。」


 冴島が言葉を発した瞬間、その周りを囲うように教室内にいたクラスメイトが集まった。


「聞いたかよ海原。あの女神、冴島様が俺たちにおはようだってよ。聞いたかよ、なぁこれ、夢じゃねぇよな。」


「お前、ちょっと落ち着いた方がいいぞ。」


「落ち着てるさ、それどころか、今ならどんなことも許せてしまうような感覚だ。」


 駄目だ。

 こいつとの会話はもう無理だろうな。そう悟った俺は耳にイヤホンを付け、昨夜から読み出していた俺が好きなミステリー作家の新作小説を取り出し、先生が朝の朝礼をしに来るまで読書を始めた。



 その日の夕暮れ。

 学校も終わり、部活動に取り組みだす生徒が何人かいる中、俺はいつも通りその横を通って帰宅する。しかし、今日は女神冴島が久しぶりに学校に登校した日だったので、正門は人だかりで簡単には通れそうになかったので、正門とは真反対にある裏門から帰ろうとした。


 案の定。正門は大量の人だかりで、下手したら全校生徒が集まっているんじゃないかぐらいの人だかりだった。


「これは、裏門選んで正解だな。」


 ぼそっとつぶやきながら、再びイヤホンで音楽を聴きながら一人で帰った。


『あれ、今日は裏門からなの。じゃあ、あそこ寄ろうよ。』


 はぁ。

 始まってしまった。


「寄らないよ。今日は仕方なくこっちから帰ってるだけだから。」


『ちぇ、僕ならそんなけち臭いこと言わないのに。』


「うるさい...。」


 イヤホンをしているのに聞こえてくるその声。

 俺以外、周りには人の気配すらいないのに聞こえてくるその声。

 何処にいても、聞こえないように耳を塞いでも、聞こえてくるその声の正体は、俺自身のなかにいるもう一人の海原青空だった。


『ねぇ、いいじゃん。普段は僕の方が我慢してるんだから、あそこ行こうよ。』


「しつこい、行かないって言ってるだろ。おとなしく言うこと聞いてろ。」


『分かった。そっちがその気なら、僕にも考えがある。』


「なんだよ。考えって」


『ふっふっふっ、考え直すなら今のうちだよ。』


「い〜や、お前が何しようが、俺は考えを改めるつもりはない。だいたい、お前が考えるようなことぐらい、予想がつくって...、」


 俺は確かに、こいつが考えてることぐらいは予想できる。

 こいつとは長い付き合いという域さえも超えるぐらいには、生活を共にしてきた。

 だから今、こいつが考えてることも予想がつくし、たぶん、それが当たっているのだと確信を持ってしまえる。


「そんな、まさかお前、もうわかったのか。」


『僕を誰だと思ってるの、もしかして、僕のこと嫌いすぎて、僕が誰だか忘れちゃた?』


「はは。どうせはったりだろ。だいたい、俺が読み出したのは昨夜からで、本編の内容もちょうど中盤ぐらいに差し掛かろうとしてる頃だ。そんな短時間でわかるわけが無い。」


『じゃあ、言ってもいいんだ。僕、本当に当てちゃうよ。』


 知っている。

 こいつは、いつも俺の読んでいる小説の結末を当ててしまう。と言うより、思いついてしまう。

 それが、時には本編の内容よりも面白い結末になることもある。


 昔からそうだった。

 ある程度のことを出来たり、知ったりすると才能という武器を使って、なんでもそつなくこなしてしまう天才。

 それが興味のあることについてなら、歯止めが効かない領域まで達してしまう。


『真犯人はね〜。』


 そして、天才は才能で得れるものには一切目もくれず、ただ思い描いたものを完成させることに、理想を実現させることに、新しい物を作り出すことにしか興味がなかった。

 その後のことは、毎度決まって、凡人である俺の手柄になっていった。


『ずばり、主人公自身だよ。』


 はぁ。


『あれ、ねぇ、聞いてる? 僕、今真犯人言い当てたよ。確認しなくていいの。ねぇ』


「聞いてるし、分かったから、もう黙ってくれ。」


 きつい言い方になってしまった。

 結末を言い当てられて、読む楽しみを奪われたことへの八つ当たりにも思えるが、それだけではなかった。


『ごめん、そんなに嫌だとは思わなかったよ。』


「別に怒ってないよ。いつもの事だろ。」


 そう、いつもの事だ。だからこそやっぱり、こいつは天才で俺にはできない考え方が出来るやつだから、こんな発想が生まれるんだな。

 ほんと、だから俺は、こいつが、心底嫌いだ。


 それからは、家に着くまで、凡人の俺と天才の僕は会話を交わすことはなかった。


 ーーーーーーーーーー。


「おいおい、まじかよ。あいつまじで当たってんじゃん。」


 裏門近くの自販機横に置いてあるベンチから、体を起き上がらせ、男は青空に向かって携帯端末を向けて、写真を一枚撮った。


「なるほどね。いいなぁ、あいつら、これが無自覚でやってるなら、尚更いい。」


 この時は、青空自身も思っていなかった。

 自分が表現という世界を知り、その演者になるということを。

 そして、その先に、何が待っているのかということも。

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