第6話 お互いの想い

 顔を上げて、優紀を見ると涙が流れていた。涙を手でぬぐいながら笑った。

「困ったなぁ、どうして? いや、ごめん。もうズルいなぁ、そんなこと言われたら分かんなくなるよ」

「ごめん、別に泣かすつもりじゃ、追い詰めていたらごめん」

「ううん、この間突き放したじゃん。でも、今は優しい。なんで? 私考えたんだよ。かず君は幼馴染だけど、それ以上はなくて迷惑なんだって」

「迷惑って。何が? 別に幼馴染には変わりはないし、ただ優紀には高校生活の大切な時間を楽しんでほしいというか。俺はバイトばっかりだし、欲しいものは沢山あるんだけど、お金ないし。他の男との方が時間と金あるから楽しいって」

「――やっぱり、好きだよ……」

「えっ?」

「そんなに優しいの。ズルいよ、こんなに想わせといて」

 また、優紀の涙があふれ出した。待てよ、想わせといてって。ブランコから立ち上がって優紀の前にかがんだ。肩に触れようとしたとき


「私、歩君に告白された。でも好きな人がいるからって断った。かず君に会った日だよ。前にこの公園で話した日」

 俺以外に、他の男と話せよって言った日だ。

「怖くなって、その後公園で話して、その日に自分の気持ちを伝えたくて……私が欲しいものは、昔から変わらないよ。ずっとお願いしてきた。たった一つ」

 財布の中から、ボロボロになった七夕たなばた短冊たんざくを取り出した。これは、俺の字だ。優紀の彦星ひこぼしになれますようにと、大きな字で書いてあった。

「これがずっと欲しかったもの」

 俺は、優紀の為を想って離れようとした。自分が欲しいものは優紀もそうだろうと思っていたが、実際には優紀の気持ちに見て見ぬ振りをしてしまった。そして、それが人に渡るなり埋もれて無くなりかけてて。俺は欲しい物ばかりに目が行き過ぎて、目の前にある大切なものを見失っていた。でもそれは、自分の想いでもあった。


 優紀は、ブランコから降りて俺の腕をゆっくりとつかんで、一緒に立ち上がった。

「好きだよ、かず君。すぐに忘れることはできないかもしれないけど。でも、この気持ちだけは伝えさせて。時間はかかるけど、きっと諦め……」

「待って、違うって!」

 気づいたら優紀の腕をガッと強くつかんで離れないように、引き寄せていた。その後、優しく抱きしめた。

「俺、歩が優紀に告白するって聞いて、歩は俺の欲しい物を持っていたから。今度は優紀まで欲しいと。でも決めるのは優紀だし。俺は、何も持っていない訳で、本当は優紀まで歩のところに行ったら、どうしようと怖かった」

「もう、嫌だよ。他の男となんて……言わないで」

「ごめん。俺も好きだよ、優紀」

 強く離れないように抱きしめ合った。


「今、何時だと思っているのかな。和人君、うちの娘をこんな時間まで。一体何をしていたんだい?」

「本当にごめんなさい」

 言えるわけがない、この親父は怒らせると無事に家に帰れるかも分からない。ここは、ひたすら謝る。

「和人君も良い年だよな。男同士の話をしようじゃないか」

 ヤバい、親父、母さん、隼人、今までありがとう、そして大好きです。

「はい」

 優紀の親父さんに呼ばれて、庭の縁側えんがわに座った。さっきの満月とは違った満月に見えた。もう早く帰りたい。

「心配するな、家には電話入れておくから」

「はい」

「今日は綺麗きれいな満月だな」

「はい」

「いつ以来いらいか。小学生以来か、大きくなったな」

「はい」

「さっきから “はい” しか言わないが、大丈夫かお前」

「大丈夫っす」

「まあ、いいや。お前、優紀のこと本気で好きか」

「はい、好きです」

「いつから」

「小さい頃は分からなかったんですけど、最近になって大切な人だと分かりました」

「お前、バイトやってるのか」

「はい、欲しいものがあるんで」

「欲しいものがあって、自分で働いて金を貯めるってか。悪くない」

 ふぅ、無事帰りたい。いつまで続くんだろう。


「優紀が、昔からお前のことを好きなのは知っていた」

「すみません」

「大切に育てた娘に、好きな男ができてしまってるんだから、愚痴ぐち文句もんくも言わせろよ」

「はい」

「娘が “ お前から他の男と話せと言われた ” って聞いたとき、殴ってやろうかと思った。失恋で泣いてて、傷つけやがって。でも、よく聞いてみたらさ、働いてばっかりだから、他の男へ行けって言ったんだろ」

「はい」

「俺もお金がなかった時、一回女房に言ったんだ。結婚する前な、俺じゃあお前を幸せにできないって、覚悟がなかったんだよ。でも、嫌だって泣きつかれて。それをふと、思い出してな」

「すみません」

「俺も分からなかった。金がないって理由で手放しちゃいけないものってあるんだよな。また、金がないからって卑屈ひくつにならなくていいんだぞ」

「卑屈?」

「ああ、お前が人と比べて落ち込んでしまうこともあると思うけど。別に、お金のないお前でも持っているものあるよな、離れて行かないやつ」

「はい、友達とか家族とか」

「そうそう、それが手放しちゃいけないってヤツ。例え、お前がお金を持っていなくても、関係ないから。まあ、うちの娘もそういう風に大切にしろってこと」

「すみません、入れてなくて」

「いいって、今日はもう疲れたろ。ゆっくり休んで寝ろ。悪かったな遅くまで」

「いえ、失礼します」


 家を出ると、月明りで夜道は明るかった。俺は大切なものがなんなのか、自分が何にとらわれていたのか、ようやく気づき家に向かった。




































































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