ゼウス、不幸な魂と出会う

ヘラ達によって、オリュンポスと神の座から追放されたゼウスは、暗く、重く...........そして、冷たい空間の中を彷徨っていた。


(...........ここは?)


神の力を失ったことにより、自身の肉体を維持できなくなったゼウスは、兄であるハデスの言葉通り、魂そのものとなってしまい、ふよふよと浮きながら移動していた。


(今、我がいるのは人間界のはずなのだが......これではまるで、カオスが存在していた原初の時代のようではないか)


不思議な空間に対し、ゼウスはそんな疑問を抱きながら、彷徨っていると........どこからか、見知らぬ声が聞こえてきた。


『荷物持つの分際で.....俺に意見するのか!!』

『キャハハハ!!マジで邪魔なんですけど〜』

『テメェ!!舐めてるのか!!』

『荷物持ちは荷物持ちらしく、俺らの後を着いて行けばいいんだよ』

『拓馬!!私、コイツに襲われた!!』

『..........ふん、所詮は荷物持ち。俺らに逆らった時点で、もう既に終わっているんだよ』


(..........何だこれは?)


それは、今まで人間を見守ってきたゼウスでさえ、耳を疑うようなものであった。


(人が人を道具のように扱うとは...........今も昔も、人間は変わっておらんな)


神話の時代から、人間は変わっていない。

改めて、そのことを理解したゼウスは、その場から動こうとした時


(あ、あの......)


自身と同じく、魂だけの状態となったに話しかけられていた。


(..........驚いたな。まさか、我と同じ状態の神がいたとは)


仲間を見つけたと思ったのか、少年に対し、そう言うが...........その少年本人は、ゼウスの言葉に困惑していた。


(ぼ、僕は神様じゃなくて、人間ですけど.......)

(そうか、お前は人間なのか)


少年が人間であることを知り、落胆の声を上げるゼウス。


(そ、そういうあなたは..........本物の神様なんですか?)

(...........あぁ、そうだ。かつては、な)


少年の問いに対し、そう答えるゼウス。

..........その言葉には、少しばかりの自嘲が混じっていた。


(はぇ..........じゃあ、僕と一緒ですね)

(............何だと?)


少年の言葉が気になったのか、思わず、そう呟くゼウス。

すると.....少年は、恥ずかしそうにこう言った。


(えっと.....僕、小さい頃から探索者に憧れていたんです。だから、探索者の免許が取れる年齢になった時に、初めて免許を取ったんです)

(探索者.........あぁ。そういえば、ロキの一件が原因で変貌してしまった人間界で、そんな職業が人間界に誕生したとは聞いていたが.....)

(ロキの一件?)


ゼウスの発言に対し、不思議そうにそう呟く少年。

その呟きを聞いたゼウスは、ロキの一件について説明を始めた。


(ロキという神はな.........とにかく悪戯好きで、阿呆なことを思いついては、それを迷うことなく実行する.......要は、迷惑系配信者のような神だと思え)

(う、うわぁ.....)


ゼウスからロキの話を聞き、何となくロキの人物像を察したのか..........少年は、少しだけドン引き様子でそう言うのだった。


(まぁ、阿呆なことで済めばよかったのだが...........ある時、日本の神々から、天沼矛と呼ばれる神器を奪い、あろうことか、それを使おうとしたのだ)

(天沼矛?って何ですか?)

(世界を自分の思うがままに書き換える矛...........つまりは、人間界を自分の理想の世界に書き換える道具。それこそが天沼矛だ)

(えぇ!?てことは.......ロキは、自分好みの世界に書き換えようとした結果、世界中にダンジョンが出現したんですか!?)


ゼウスから語られた衝撃的な事実に対し、当然ながら、驚く少年。


(そうだ。ちなみに今現在のロキは、タルタロスに投獄されている)

(....................)

(.....どうかしたのか?)

(...........タルタロスって、地獄みたいな場所なんですか?)


少年がそう尋ねると、ゼウスはこう答えた。


(あぁ。ついでに言えば......罪を犯した神々の牢獄でもある)

(...........それじゃあ、僕もタルタロス行きなんですかね?)

(何だと?)


少年がポツリと発した言葉に対し、ピクリと反応するゼウス。


(........僕。さっきも言った通り、探索者に憧れていたんです。両親も僕の夢を応援してくれて、僕が探索者になった時は、とても喜んでくれたんです)

(だが..........その結果がアレか)


少年と出会う前、どこからか聞こえてきた声の正体が、少年の過去だと察したのか、そう呟くゼウス。


(はい.....)

(なるほど。憧れの職業に就いたと思ったら、仲間達から虐められた末に濡れ衣を着せられ、死んだ..........お前は、それを後悔しているのか?)

(いいえ。僕が後悔しているのは.......両親のことなんです)

(両親.....だと?)


ゼウスは、その言葉が引っかかったのか、少年に対し、こう尋ねた。


(まさかとは思うが..........親に本当のことを言えなかったことを、後悔しているのか?)

(...........いつか、パーティーのみんなが認めてくれるはず。そう信じて、僕は毎日頑張っていたんです)


少年は、ゼウスに向けて、悲しそうに話すと...........いつの間にか、その声は涙声に変化していた。


(でも、本当は分かっていたんです。それが仮初の希望で、既に限界なんだって。だけど..........父さんと母さんを悲しませたくなくて、いつも嘘を吐いてしまう自分がいるんです)

(......だから、自分には天国は相応しくないと?)


ゼウスがそう言うと、少年はコクリと頷いた。


(きっと.....今頃、両親は僕に失望していると思います。だって、僕は.....SOSすら出せない、ダメダメな人間なんですから)


自分は地獄に行って当然の人間だ。

そう言わんばかりに、自分を責める少年を見たゼウスは


(...........羨ましい)


と小声で呟いた。


(.......え?)


予想だにしていない言葉が出たのか、ポカーンとする少年。


(我の兄弟はな、実の父に喰われたのだ。故に、我は父と戦わなければならなかった。故に、我はお前が羨ましい)


かつて、神話の時代に父親であるクロノスと戦い、最高神の座を座ることになったゼウスにとっては、両親を悲しませてしまったという少年の悩みは、とても羨ましいものであった。

そのため、ゼウスがそう呟くのも、無理はなかった。


(..........神様も、羨ましいって思うことはあるんですね)

(当たり前だ。むしろ、人間達は我に感情がないと思っているのか?)

(あ、いや、その......神様も人間臭いところがあるんですね)

(..........そうか?)


少年の言葉に対し、不満げにそう答えるゼウス。

それを見た少年は..........しばらく考えた後、ゼウスに対し、こう言った。


(僕.....もうすぐ、冥界に行かなきゃいけないんです)

(...........は?)


少年の言葉を聞き、思わず、素っ頓狂な声を上げるゼウス。


(だから、僕の肉体を譲ることにします)

(は?)


肉体を譲る。

それは、神としての肉体を失ってしまったゼウスが、人間として生きる権利を与えられる..........という、あまりにも突然すぎる提案であった。


(正気なのか!?)

(正気です!!だって..........神様には、人間になってでも生きてほしいんですから!!)

(っ!?)


その言葉は、ゼウスにとっては有り難いものだったのだが..........少年のことが気になったのか


(..........本当にそれでいいのか?)


と尋ねた。

その問いに対し、少年はコクリと頷いた後


(もしも、神様が目を覚ましたら...........両親に『ごめんね』って伝えてほしいんです。それさえ叶えば、僕は地獄に堕ちても構いません)


と言った。


(...........愚かだな)

(愚かで結構。だって.....それが僕なんですから!!)


少年がそう言うと..........彼の魂は、光の粒子となって消え、それと同時に、ゼウスの意識も途切れるのだった。

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