第3話【エピローグから始まるプロローグ3】



◇エピローグから始まるプロローグ3◇


 勇者ノルンは無職である。勇者は職業ではないからだ。

 実家の酒場で極稀(数ヶ月に一度)にバイトをし、食べて寝て過ごす毎日。

 しかし彼女は今日十七歳になった。つまりこの【パルーク王国】での成人を迎え、家を出る時が来たのだ。

 だが、彼女はその事実を知らなかった。いな……聞いてはいたが、覚えていなかった。


 そして途方に暮れる。


「はぁ〜〜〜あ。どうしよ、お母さんも酷いよね、いきなり追い出すこと無いのにさ」


 深〜いため息を吐きながら、ノルンは肩に荷物を担いで歩いていた。

 それは追い出された直後、二階から投げられた自分の私物だった。

 桃色の髪は更にボサボサで、服も草臥くたびれている。


 城下町をとぼとぼと歩く。孤独に無様に。

 財布には銅貨が二枚。これでは宿どころか、食事もままならない。


 しかし、長めのアホ毛がビーン!と立ち。


「そだ!!久し振りに騎士団に行ってみようかな……誰かおごってくれるかもだし」


 そもそも働く気がない。

 誰かにたかる気満々なのだ。

 勇者ノルンも、もとは騎士団の一員。そこから勇者と成ったのだから、その目立つ容姿も名も有名だ。


 だから……城下町では噂になる


「おい、あれってさ……」

「うお、マジじゃん」

「ゆ、勇者ノルンだ……」

「あの子、外、出れたんだな」

「つーか、服ボロボロじゃね?」

「いや……なんか臭わねぇ?」

「浮浪者よりもヤバそうだぞ」

「見た目は可愛いのに……」


「「「「「「「「なんて残念なんだ」」」」」」」」


(ふっふっふ……私も満更じゃないわ。さっすが勇者、さっすが美人!噂の美少女ノルンちゃ〜〜〜ん)


 ルンルン気分でスキップまでする始末。

 この娘……現状を理解していない。


 そうして上機嫌のまま、ノルンは騎士団の詰め所に訪れた。

 門をガスガス叩き、バカでかい声で。


「スゥゥゥゥゥゥ……カァイィトォォォォォォ!!」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……と響く。

 その声は雲を割き、門にヒビを入れ、聞いた数人を昏倒こんとうさせた。鼓膜も無くなっただろう。


「――うるっせぇぇぇぇぇ!!」


「あ居た!カイトーーー!ごはんちょうだーいっ!!」


 その人物は、この国の騎士団長――カイト・バルキリー。

 城壁の窓からノルンを見下ろし、大声で怒鳴った。

 両耳を押さえ、吊り上げた眼でノルンを睨んでいた。

 そんな男性に悪びれもせず、少女はいきなり食事を要求する。


「お、お前はぁ……ちょっと待ってろ馬鹿が!」


 呑気に花が咲くような笑顔で見上げる少女に、青年は怒髪天どはつてんの勢いで駆け下りる。


「や!久し振りカイト、元気してた?」


「久し振り!じゃねぇんだよ……なんだって急に詰め所に来てんだ、しかも何だって?飯をくれだぁ!?アホなのかお前は!」


「なんでアホなのよ!お腹は誰だって空くでしょ!?」


「だからって半年しか在籍してない騎士団に来るかよ!見ろこの壁っ!ヒビ入ったじゃねぇか!!バカでかい声出しやがって……お前の声は人を殺せるんだぞ!」


「あははははっ、そんな訳ないでしょー」


 事実である。

 この声だけで、魔族千体は吹き飛ばしているのだから。

 それから魔法は掻き消せるし、声だけで岩を真っ二つにするし、川の水を消し飛ばせる。


 彼女の声は、ありえないほどの凶器だった。

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