第80話 オッサンたち、作戦を決める


 フィーたちが風呂から上がったあと、オッサンたちも風呂に入った。

 汗を流し、さっぱりしたところで夕飯を始める。


 ローストした豚肉をメインとした主菜。

 脂っこさを軽減するためのサラダは動物性タンパク質を効率良く分解吸収する玉葱やキャベツなどを中心に、パプリカなどを彩りよく添える。


 シメのデザートはオレンジに良く似た水菓子だ。

 食卓に並ぶ大皿の数々に少女たちは目を丸くしていた。


「景気づけに豪華肉祭りだ! 遠慮せずたくさん食べろよ!」


「これはまた凄い量ですの」


「それに美味しそうな匂い……全部、ケンジ様が作ってくださったんですか?」


「おうよ。ま、料理なら少しは得意だからな」


「美味しそう……ねっ、ねっ、食べて良いわよね?」


「おう。じゃあ手を合わせて」


「「いただきますっ!」」


 クランハウスのリビングに響く声。

 その声を合図にオッサンと少女たちは並べられた夕飯に手を伸ばした。


 風呂に入って効果か、皆、リラックスした表情で食事を楽しむ。

 会話は至って普通。いつも通りの会話だった。


 皆、今の時間を目いっぱい楽しもうと思っているからだろう。


 やがて楽しい夕食が終わりを告げ、食後の茶を啜って一服したオッサンたちは、改まった表情で口を開いた。


「さて。ミーティングを始めようか」


 ケンジの言葉を受けて一同の表情が引き締まる。


「議題は何個もあるで。一つ目は各々の目的。それぞれどうしたいかの共有や」


「二つ目は目的を達成するための手段の摺り合わせだね」


「そして最後の三つ目。目的を共有し、手段を摺り合わせたあと、どこをゴールにするか、だ。その辺りの話を聞かせて欲しい」


「まずはオレらから伝えよか」


「僕たちの目的は二つ。フィーちゃんたちが目的を達成できるように全力でフォローすること。もう一つはみんなを守ること」


「正直なところ、オレらはお嬢ちゃんたちの目的を達成することしか考えてない。後のことはオレらにとっては余分なことや」


「だから次は皆の目的、目指すところを教えて欲しい。まずはフィーから。思っていること、考えていることを言葉にしてくれ」


「……(コクッ!)」


 ケンジに水を向けられたフィーは大きく深呼吸したあと口を開いた。


「私の目的はノースライドへの帰還です。そしてフライド王に占拠された国をこの目で見て、民たちが苦しんでいるのならその苦しみから解放したい」


「その解放っていうのは軍事的に解放する、という主旨だと捉えて良いのか?」


「はい。そのために私はバンガス帝国がノースライドへと侵攻するための大義名分の役目を担います」


 そこまで言うとフィーはふと目を伏せた。


「それが国を売るような行為だということは重々承知しています。


 ですが一度、国を失った王族が再び国を率いたとして果たして良かったと言えるでしょうか? 私はそうは思えない……!」


 フィーは顔をあげると真っ直ぐにオッサンたちを見つめる。


「力無き王族が玉座にしがみつけば、それは乱世を呼び込むことになるでしょう。そんなことを私は望んでいません」


「だから国をバンガス帝国に任せる?」


「私自身はそのつもりです。ですが私は所詮、王位継承権第三位でしかありません。

 国の統治についてとやかく言う権利は持っていないのです。


 もしバンガス帝国の力を用いて王都を奪還できたのならば、後は父王陛下と王太子であるお兄様がバンガス帝国と交渉することになると思います」


「交渉になったとしてもバンガス帝国のお陰で王都奪還が叶ったあとなら、王様も王太子も難しい交渉をすることになるやろな」


「承知の上です。それが嫌なら自力で王都を奪還するしかありませんが、そんな力はもはやノースライド王家にはありませんから」


「大丈夫? 後でお父さんたちと揉めるんじゃない?」


「……分かりません。ですが父様もお兄様も事態を正しく把握し、判断してくれると信じています」


「きっと大丈夫。アレクサンド陛下もゼクス殿下もフィーの選択を無碍にするようなことはなさらないと思うわ」


「お二人とも王族としての誇りを持った方々ですから」


「うん……そうだと良いな。ありがとう、二人とも」


「アリっちもクレアっちも、フィーっちのお父さんとお兄ちゃんのことはよー知っとるん?」


「もちろんよ。フィーの親友だからって、とても可愛がって貰っていたわ」


「お二人ともお優しいだけではなく、芯が強く、道理を弁えた方々です。だからきっとフィー様……フィーさんの選択を頭ごなしに否定はされないかと」


「だけど事が事だからね。政治的な判断に家族の愛情は関係無いんじゃない?」


「そのときはそのときだろ」


「ふふっ、そうですね。後々の心配を今考えてしまえば身動きが取れなくなりますから。後のことは父王陛下と王太子であるお兄様に丸投げしようと思います」


「ああ、それで良い。何もかもをフィーが一人で背負う必要はないさ」


「ありがとうございます、ご主人様……」


 フィーはケンジの励ましの言葉に笑顔を返した。


「まぁ後のことはあの腹黒皇子さんが何とかするやろ」


「最終的にフィーちゃんのお父さんたちと交渉するってことは、あの腹黒皇子くんも理解していたみたいだしね」


「よし。じゃあフィーの目的は共有できたよな、みんな」


「そんじゃ次はアリっちたちの目的やな」


「アリーシャちゃんの目的は何?」


「そんなの決まってるわ」


 オッサンたちの問い掛けに、アリーシャは隣に座るフィーの手を握った。


「ノースライドのためにフィーが頑張ろうとしているのに、アタシだけ隣でのうのうとしていたくない。少しでもフィーの目的が叶うように力を尽くしたいの」


「わたくしもアリーシャさんと同じ気持ちですわ」


「つまり二人ともフィーちゃんの役に立ちたい?」


「……(コクッ)」


「わたくしたちの役目はフィーさんの隣に侍り続けることではありません。


 フィーさんのやりたいこと、目指したいことを補佐し、達成できるように全力を尽くして補佐することこそわたくしたちの役目だと、そう考えているのですわ」


「フィーっちとただ一緒に居るんやなく、ノースライドに乗り込んでフィーっちのために働きたいってことやな」


「はい。ですのでわたくしたちの目的はご主人様たちと一緒ですわ」


「でもかなり危険を伴うと思うよ? 本当に良いの?」


「危険なのはアタシたちだけじゃない。ご主人様たちもでしょ。だったらご主人様に仕える奴隷としてご主人様を守るために同行するのは当然のことよ」


「それにわたくしたち、ご主人様方のお陰で強くなりましたから」


「今のレベルはアタシもクレアも72よ! 世界最強の剣聖アレックスよりも強いんだから!」


 そういうと二人は力こぶを作るように腕を曲げて見せた。


「フィーはそれで良いのか? 大切な友人だろ?」


「本音を言えば止めたいです。隣に居て欲しい、一緒に居て欲しいって気持ちはあります。だけど止められない……ううん、止めたくありません」


 フィーは左右に居る少女たちの手を握り絞めながら言葉を続けた。


「友とは常に隣に居る人のことを言うんじゃないと思います。例え離れていたとしても気持ちが通じ合える……それを友って言うんだと思うんです」


「本当に良いんだな?」


「はい。私はアリーシャとクレアが無事に戻ってくることを信じています。それに二人にはご主人様がついて下さっていますもの。きっと大丈夫です」


「ああ、そうだな。二人のことは俺たちが守る」


「ちゃんと無事に連れて帰ってくるから安心してね」


「はいっ!」


 一通りの話を終え、オッサンたちは頷きを交わした。


「これでひとまずみんなの目的の共有はOKか?」


「せやな。次は目的を達成する手段の摺り合わせや」


TOLIVESトゥライブスのメンバーは二手に分かれる。バンガス帝国と行動を共にするのはフィーちゃんとリューの二人。これは決定でいいよね?」


「はい。リュー様、どうぞよろしくお願い致します」


「ほいな。オッチャンに任せとき」


「で、俺とホーセイ、アリーシャ、クレアの四人がノースライドに偵察のために潜入する。


 潜入の目的は国の状況の聞き込みと共にフィーがバンガス帝国と一緒に戻ってくるって噂をばら撒くことだ」


「その噂を聞いて国民の皆に希望を持たせるのが僕たちの役目なんだけど……こういう調略の仕事ははっきり言って僕たちには向いてないんだよねぇ」


「そうだな。だから調略仕事についてはアリーシャとクレアに任せたいんだが……どうだろう? やれるか?」


「ふふんっ、それぐらい当然。伯爵令嬢として嫌味な貴族たちとも戦ってきたんだもん。根回しや噂話、人の心を誘導することぐらい余裕よ」


「わたくしも同じく。むしろそういった調略の類いは大得意ですの♪ お望みであれば抵抗軍の編成や敵軍の内部工作も見事にしてご覧にいれますわ!」


「さすがノースライド一の商会、サンボルト商会のご令嬢ね。ふふっ、アタシたち二人が組めば裏工作は完璧よ!」


「宮中の心無い貴族や面倒で嫌味な貴族たちからフィーさんをお守りしていましたからね。工作活動はお手の物ですの!」


「フィーを? 貴族に責められたりしてたのか?」


「私はその、魔法が大の苦手でしたから……魔法もロクに使えない王女なんて役に立たないのだからさっさと政略結婚させろって貴族が、色々と裏工作をしてたみたいで……。それを二人が解決してくれていたんですよ」


「なるほどなー。なら二人の力には期待できそうだな」


「よろしくお願いね、二人とも」


「任せてよ!」


「全力を尽くして裏工作致しますの!」


「ハハッ、頼もしい限りだよ。僕もケンジもどっちかっていうと脳筋寄りだから、頭脳派が居てくれるのは助かるね」


「おう。ついでに戦闘時のIGLもクレアに任せたいんだが……」


「わたくしが、ですか?」


「もちろん俺もフォローはするがパーティーの人数が減る以上、俺が前衛に立つことも増えるからな」


「……分かりましたの。どこまでできるか分かりませんが頑張ってみますわ!」


「でもさ。どうやってノースライドに潜入するつもりなの? 国境は厳しく監視されているって話だったじゃない」


「方法は一応、二つ用意している。一つは商人に偽装して馬車で入国する方法。このとき二人にはクランハウスの中に居てもらうつもりだ」


「で、もう一つは僕の【地形操作】を使って地下道を作って歩いて行く方法。だけどこっちは時間が掛かりそうだから却下かな」


「一瞬で地下道を作れると言っても、【地形操作】の効果範囲はホーセイを中心に五メートルだからなぁ」


「うん。それで何kmも地下道を作るのは効率が悪いからね。多少、危険度は上がるけど商人に偽装して潜入するのが手っ取り早いと思うよ」


「じゃあアタシたちはご主人様たちを守るための奴隷戦士って役目ね」


「ついでにご主人様方の夜をお慰めする性奴隷ということにすれば、説得力は増すことになると思いますの」


「性奴隷なぁ……俺ぁロリコンじゃねーんだけど」


「ま、あくまでフリをするだけでしょ。そういう設定のほうがアリーシャちゃんたちも変に手を出されないだろうし」


「その通りですの。うふふっ、フィーさんご安心くださいね。本当にケンジ様の夜を慰めるようなことにはならないと思いますの」


「ひゃわっ!? わ、わわわ私は、別に……っ!」


「俺がアリーシャやクレアに手を出す訳ねーだろ」


「そういう意味じゃなかったんですの……」


「? 良く分からんが……」


「はぁ~……まぁ頭の中にグレートオッパイちゃんしかない脳パイ男に何言うても仕方ないわ」


「なんだよ? もしかして俺のこと貶してるのか?」


「ある意味、尊敬してるんじゃない?」


「ならよし!」


「エエんかい!」


「一昔前の難聴系主人公もびっくりだねぇ」


「何だそれ? 意味が分からん。それより潜入組の手段は共有したぞ。居残り組のほうはどうするつもりなんだよ?」


「そこはまぁ、腹黒皇子くんの出方次第やな」


「はい。私に何をさせたいのか。どのように扱いたいのか。それによって私たちの選択肢は大きく変わることになると思います」


「せやから(だから)今は流れに身を任すつもりで居るよ。相手の思惑を見抜いたらチャットで伝えるか、クランハウスで合流したときにでも相談するわ」


「了解だ。じゃああとは――」


「どこをゴールとするか、だね。だけど皆の目的と、達成するための手段の摺り合わせができたんだ。ゴールは必然的に一つになるよね」


「ああ。バンガス帝国の力を借りてノースライドを解放するっていうフィーの目的を叶えることがゴールだ。もちろんみんな元気でってことも重要だがな」


「はい。ご主人様。アリーシャ。クレア。どうか私に力を貸してください」


 そういうとフィーは皆に向かって頭を下げた。

 そんなフィーの姿に、皆が視線を交わし――。


「「当然!」」


 笑顔で同じ言葉を返した。


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