第81話 オッサンたち、準備を始める
豪華肉祭りを堪能したオッサンたちは若干の胃もたれを感じながら朝を迎えた。
「アイコちゃんの気遣いの満載、チート級回復効果モリモリのクランハウスでもオッサンの胃もたれは回復させることが出来なかったか……」
「歳を取るとテキメンに油物がダメになっていくよねぇ」
「おまえが肉を食いたいって言ったんだろうが」
「いやー、筋肉にはタンパク質が重要だし? でも良く考えると僕、日本に居た頃はプロテインでタンパク質の摂取をしてたんだよねー……」
「肉は消化と吸収が追いつかんというか……胃もたれが終生続くのかと思うと憂鬱になってまうなぁ……」
「刺身が食いてえ。あと冷や奴にほうれん草のお浸しとか」
「オレは菜っ葉のタイタンが食いたいわ」
「なにその強そうな名前。タイタンって?」
「炊いたもの、が関西風にナマッて炊いたんや。ほうれん草とか小松菜とかの葉物野菜を昆布と煮干しの出汁で煮浸しにする料理のことやで。美味いねんなぁこれが」
「昆布と煮干しか。かつおじゃねーんだな?」
「もちろんかつおも使うで? 関西方面は昆布ベースにかつおやら煮干しやら色んな出汁を使うことが多いねんよ。煮干し出汁で作った味噌汁とかも美味いで」
「味噌汁かぁ。久しぶりに飲みたいなぁ」
「若い頃は
「おまえら胃もたれしてるんやないんかい」
「胃もたれしてるからこそ和定食に思いを馳せてるんだろ」
「ひと段落したらネット通販で日本の食材を買いまくってパーティーしたいね」
「アイコちゃん印のネット通販は値段がくっそ高いからなぁ。どれだけ金が掛かるか分からんが……それも良いな」
「ほんなら和食パーティーを夢見て今日も一日キリキリ働こか」
「おう」
朝食を終えた一行は二手に分かれて行動を開始した。
ケンジとフィーはシェリルと合流して奴隷の首輪を解放するために動き、リューたちはノースライド潜入作戦のための物資を調達に動くことになる。
仲間たちに別れを告げてフィーと共にギルドに顔を出すと、受付ではギルドマスターのシェリルと受付嬢のナルコベリーが何やら言葉を交わしていた。
「来たぜ、シェリルさんよ」
「おはようございます、シェリルさん」
「おはようございます。お早いですね」
「あれ? 準備ができたら来いって話じゃなかったっけ?」
「確かにそう伝えていましたが、まさか朝一番にいらっしゃるとは思っていませんでしたよ」
「そうなのか? じゃあ出直そうか?」
「いえ、その前に今日の流れについて説明しましょう。お二人とも執務室に行きましょうか」
ケンジたちはシェリルの先導でギルド二階にあるギルドマスターの執務室へと移動した。
執務室に入るとシェリルは手ずから茶を入れる。
魔道具らしきポットで沸かした湯を注ぎ、温かな茶を入れたあと、シェリルはソファーに腰を下ろした。
「殿下、失礼致します。魔法を使わせて頂きます」
一言断ったあと、シェリルは小さな声で詠唱した。
すると金属質な音が響くと同時に部屋の中が結界が張られた。
「……防音の結界?」
共有化されている【分析】の結果をフィーが口にすると、シェリルは少し驚いたように目を丸くして肯定の言葉を返した。
「良くお分かりになりましたね。そうです。これから話すことはギルド職員にも知られたくない裏の話ですので」
「それで防音の結界とやらを展開したのか。……奴隷からの解放ってのはそれほどまでに注意を払わなくちゃならないことなのか?」
「普通の日常を過ごしたいのであれば裏の話など知らないほうが良いですからね」
「……確かにそうかもしれません。ですが私はもう普通の日常を求めることなどできないでしょう。聞かせてください。今日の段取りとやらを」
「御意」
覚悟の籠もったフィーの言葉にシェリルは恭しく頭を垂れた。
「まずは奴隷の首輪についての説明をしましょう。ご存じの通り、奴隷の首輪を嵌められた者は主人の言葉に逆らうと首輪が絞まり、最悪の場合、死に至ります。首輪は主人の命令によっていつ何時でも奴隷の首を絞めることができる。つまり奴隷は主人に生命を握られているのと同じなのです」
「はい。私も前の主人……奴隷商人によって何度も首を絞められました」
「首を絞めて苦痛を与えることで思考する力と反抗する気力を奪い、たえず絶望を与えて主人に逆らえないようにする。いわゆる『
「そんな躾、あってたまるか……っ!」
シェリルの淡々とした口調に苛つき、ケンジが強く言葉を吐き出した。
そんな主人の手をフィーは優しく握った。
「不愉快でしょう。私だって不愉快です。ですが知っておかなければならない知識でもある。続けても?」
「……すまん。感情的になった」
「私も同じ気持ちですから。さて……奴隷の首輪は一度装着されると二度と外れることはありません。無理に外そうとした場合、奴隷は死ぬことになります。そして奴隷の首輪は、首輪を装着した主人にも外せない。奴隷を首輪から解放するためには定められた手順を踏まなければならない。その手順を知っているのが『解放者』と呼ばれる者です」
「『解放者』?」
「奴隷の首輪を外すことのできる唯一の存在です」
「そいつに頼めばフィーは奴隷から解放されるのか」
「そうです。ですが通常、『解放者』の居所を知る者は居ません。奴隷を扱う商人でさえ『解放者』がどこに居るのかも知らないそうです」
「その話は聞いたことがあるが、でもアンタは知ってるんだろ? その『解放者』ってやつがどこに居るのかを」
「この街にいる『解放者』だけですがね」
「どうしてそんな裏の世界のことを知ってるんだ? って聞くのは野暮か」
「ふふっ、いい女に秘密は付きもの、とでも答えておきましょう」
「そういうことにしとくよ。で、俺たちはどうすりゃ良い?」
「昨日の段階で『解放者』には渡りを付けています。返事が来た後、指定された場所に向かうことになりますから、それまでは自由に過ごして頂いて構いません」
「分かった。支払いはどうなる?」
「支払いは私からする手筈です。といってもお金を出すのは私ではなく、ヴィムフリート殿下ですが」
「大金貨三十枚、三億ガルド。すげぇ額だが本当に帝国は払ってくれるのか?」
「その点は心配していません。ヴィムフリート殿下……いえ、バンガス帝国の帝室の方々は約束を重んじる方々です。まぁ何故、それほどの額を出すのかの理由については良く分かりませんが」
「アンタにも分からないのか?」
「推察はできますよ? フライド王に占領されたノースライドを解放し、その国土を帝国に組み込むために必要な予算なのか、とかね? ですがそれが本当の理由かは分かりません」
「そうか。……ま、気にしても仕方ねーか。今はフィーが奴隷から解放されるってことだけを考えてりゃ良いな」
「それが良いでしょう。『解放者』から連絡が来て、指定された場所に向かった後どうなるかについては私にも分かりません。充分に警戒してください」
「分かった。連絡はどうやって?」
「こちらをお持ちください」
そう言うとシェリルは一枚の封筒を差し出した。
「これは?」
「これは『
「なるほど。”メール”ね」
「ええ。『解放者』から連絡が来たらこの魔道具を使ってあなた方に連絡を入れますので、そのときはギルドハウスに戻ってきてください」
「了解した。便利な魔道具があって良かったよ。だけどこういう魔道具ってお高いんじゃないのか?」
「一セットで大金貨一枚、一千万ガルドはしますね。ですが必要経費としてヴィムフリート殿下に請求するので気にしなくても良いですよ」
「なら遠慮無く」
ケンジは差し出された封筒を懐にしまうと横に座るフィーに声を掛けた。
「さて。連絡が来るまで時間ができたな。ウェースツの街でも見て回るか?」
「ふふっ、そうですね。ご主人様のお望みのままに。私はどこまでもお供します」
「それじゃシェリルさん、また後でな」
「ええ。しばしの間、のんびり過ごしておいてください」
「そうさせてもらうよ」
ギルドを後にしたケンジたちはウェースツの街にある噴水広場に向かった。
まだ朝の早い時間ということもあって広場には朝市が立ち並び、街の住人たちが買い物に勤しんでいる。
「朝のこの時間でも人が多いな」
「活気がありますねえ……」
「これだけ人が多いとはぐれちまうな。ほら、フィー」
言いながらケンジは少女の手を取った。
「ふぁっ!? ご、ご主人様っ!?」
「ん? ああ、悪い。いきなり手を握ったらそりゃビックリするわな。迷子になったら困るから手を繋いでおこうと思ったんだが……嫌なら離すから言ってくれ」
「だ、だ、大丈夫です! あの、是非!」
「ははっ、是非ってなんだよ是非って」
フィーの言い方に笑いながらケンジは改めて少女の手を握った。
「まだ朝だからそこまでアブラギッシュにはなってないと思うけど、気持ち悪かったら離してくれて良いからな?」
「そ、そんなの全然! ずっとずっと繋いでます!」
自虐するケンジの言葉を否定すると、フィーは大きな手をキュッと握り返した。
(えへへ……ご主人様の手、大きいな……それに温かくて、力強くて……)
ゴツゴツと骨張った手は、自分のそれとは全く違う性を感じさせる手だ――。
フィーにとっては家族以外で初めて触れる異性の手。
自分の手を包み込めるほど大きく、痛みを感じるほど力強いケンジの手。
フィーにとって自分を助け、立ち上がらせてくれた……落ちていくことしか考えられなかった、人生を変えてくれた手だ。
ケンジから差し伸べられたこの手がなかったらフィーは今でも奴隷のままで、あの変態伯爵に純潔を穢され、死ぬまで性奴隷として扱われていたことだろう。
(だけど私はあの日、あのときにこの人と出会えた……)
少し前のことを思い出しながら、フィーは隣を歩くケンジを見上げる。
(ご主人様、背、高いな……大きくて、強くて、いつも私を守ってくれる……)
王宮でも大人の男性に接する機会は多くあった。
貴族の当主やその子息たちと舞踏会などで挨拶を交わし、談笑するのも王女の仕事に一つだったからだ。
貴族たちは皆、満面の笑顔を浮かべてフィーのことを賞賛した。
もちろんその言葉の九割はお世辞だということはフィーにも分かっていた。
裏に何らかの思惑を持つ笑顔を見せつけられる度に、フィーは寒々とした気持ちになったものだ。
これからずっと腹に一物を抱えた貴族たちと駆け引き混じりの関係を続けなければならないのか……そう考えると王女という立場を投げ捨てたくなったものだ。
だけどケンジは違った。
王女という立場を知っていたにも関わらず、自分を『王女フィーラルシア』ではなく、『フィー』という一人の確立した人格として尊重し、なにくれとなくフォローしてくれた。
フィーにとってそれは初めての経験だった。
(おじさまと離れるの……寂しいな……)
ケンジの大きな手に触れる少女の胸にふと浮かぶ寂寥の想い。
その想いを断ち切るように、少女はケンジの手をギュッと握り締めた。
「ん? どうした?」
「ううん、何でも無いです」
掌から伝わってくるケンジの体温。
その体温が掌から身体の奥まで優しく染み込んできて、胸の奥が甘く痛む。
生まれて初めての感覚に少し戸惑いながら、少女は隣を歩くケンジの横顔をずっと見つめ続けていた――。
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