第78話 オッサンたち、皇子からの依頼を受ける
「まずは目的の確認をしよう。ボク……というかバンガス帝国の目的は、ノースライドを占拠するトリアゲス王フライドの排除だ。
そのためにフィーラルシア殿下を旗印として掲げてノースライドに侵攻する。
オッサンたちは侵攻がスムーズに行くように街や村の住人に根回しを行って協力を取り付けて欲しいんだけど、でも安心して。
冒険者であるオッサンたちに完璧な調略ができるとは思ってないから」
「つまり俺たちの他にも工作員を潜り込ますってことか?」
「万全を期すためには当然でしょ?」
「なら俺たちはその工作員が動きやすいように、敵の目を引きつけるように動くことにしよう」
「……」
「何だよ?」
「いや……ボクの考え、良く分かったね」
「それぐらいは察しがつく。オッサンを舐めるなよ?」
「ふーん。ははっ、察しが良くて有り難いけど」
「僕たちがノースライドに潜入するのは良いとして。住人たちの説得にはどの程度の時間を掛けられるの?」
「うーん、ざっくり一ヶ月ぐらいかな」
「一ヶ月か……あまり時間は無いな」
「手当たり次第って訳にはいかないね。ピンポイントで事に当たらないと時間が足りなくなる」
「ほんならヴィムっち殿下との作戦会議で決まった軍隊の侵攻ルートの予定をケンジらに連絡すりゃええんちゃうか?」
「ああ、それなら何とかなるか」
「なにそれ? 遠くに離れていても連絡する手段とかあるの?」
「内緒や」
「えー、教えてくれても良いだろ? ボクたち仲間じゃないか!」
「仲間だぁ?」
「どちらかというと面倒な知り合いだよ」
「フィーっちのことが無かったら協力なんてせーへんわ」
「厳しい評価だなぁ。まぁ良いけどさ」
唇を尖らせて拗ねた顔を見せるヴィムフリートだったが、オッサンたちはそんなヴィムフリートの仕草に作為的なものを察知していた。
(見た目からしてまだフィーと同じか少し上ぐらいの歳だろ? その歳で子供っぽい振りをしながら腹芸ができるってのは末恐ろしいな)
(カインみたいにオラオラ系バカも居れば、ヴィムっちみたいに油断のできん若者も居るってことやな)
(若いからって侮ってると僕たち良いように利用されちゃうね。それは勘弁)
「ああ、そういえばもう一つ、オッサンたちに依頼したいことがあるんだけど、やってくれるかな?」
「そんな言い方で二つ返事に”やる”なんて言える訳ねーだろ」
「内容次第だね」
「それに報酬次第や」
「ちゃっかりしてるなぁ。依頼の内容はある組織の動向の調査だよ」
「ある組織?」
「そう。組織の名は『革命の灯火』。創世の女神アイコニアス様を全否定し、人種による世界支配をもくろむ狂信者集団だ。
フライドのノースライド入国の際、共に行動していることを確認しているんだけどその後の動きが掴めなくてさ。
オッサンたちにはそいつらの動向を探って欲しいんだ」
「ああ、なんかそういう集団が居るっての、子爵さんも言ってたな」
「動向を探るだけで良いなら僕たちでもできると思うけど……でもどうしてその組織のことを探らないとならないの?」
「そこは気になるところやな」
「えー。言わなくちゃいけない?」
「事前情報としてヴィムっち殿下……いやバンガス帝国がなんで『革命の灯火』のことを調べたいのか、その理由を知っておいた方が良い仕事ができるやろ?」
「うーん、それもそっか。まぁ別に隠していることではないから良いけど」
オッサンたちの質問にヴィムフリートは肩を竦めながら応えた。
「彼らは僕の兄さん……バンガス帝国第三皇子マティスの仇なんだよ」
「第三皇子マティスってのは確か三年前にトリアゲス王国で謎の死を遂げたっていう皇子様のことか」
「兄さんは『革命の灯火』によって暗殺されたんだ。だからボクたちバンガス帝国はやつらに報復する。徹底的にね」
「仇討ちか」
「身内を殺されたんだから当然の権利だよ。っていってもそれだけが理由って訳でもないけど」
「他に理由があるんだ?」
「バンガス帝国は創世の女神アイコニアス様が国教なんだよね。自分たちが信じる女神様を否定し、あちこちでテロを起こす集団を容認できないのは当然でしょ?」
「つまり宗教戦争に荷担しろって訳か」
「宗教戦争? 違うね。これは迷惑極まり無いテロ集団の掃討戦だよ」
「なるほど理由は分かった。そういうことなら依頼を受けても良い」
信仰の自由という概念が染みついているオッサンたちだったが、アイコニアスが絡んでいるのなら話は別だ。
オッサンたちは世話になっているアイコニアスのためにもヴィムフリートに力を貸すことに否は無かった。
「だけど報酬次第だよ。僕たちは君の部下でも無ければ使いっ走りでもない。冒険者なんだから」
「分かってるって。報酬はこれだけ」
そういうとヴィムフリートは指を三本、立ててみせた。
「三? 金貨三枚とか言うんじゃないよな」
「それで済むなら有り難いけど?」
「済む訳ねーだろ」
「だよね。ということで報酬は大金貨三十枚。三億ガルドでどうかな?」
「………………はぁっ!?」
想像もしなかった高額報酬にケンジは素っ頓狂な声を上げた。
「なに? この額じゃ不満?」
「い、いや、不満はねえが……」
「さすがに額、大きすぎない?」
「オレらにとっては嬉しいことやけど裏を勘ぐってまうというか、絶対、裏がある額やろこれ?」
「ふふふっ」
オッサンたちの反応にヴィムフリートは何も言わず含み笑いを返すだけだった。
「……いい。裏があろうが無かろうが、提示された金額は俺たちにとって必要な金だ。その額で依頼を受ける」
「快諾してくれて嬉しいよ。でも本当に良いの?」
「……良いぞ。男に二言はない!」
「ふふっ、ありがとう。じゃあオッサンたちのモチベーションが上がるように、このお金は先払いしてあげるよ」
「はっ? 先払い?」
「と言ってもオッサンたちに直接、お金を渡すことはないけど」
そういうとヴィムフリートは同席していたドナンに視線を向けた。
意図を察したドナンが執務机の上にある小さなベルを鳴らすと、扉が開いてシェリルが姿を見せた。
「ギルドマスターがどうしてここに?」
「ヴィムフリート殿下に呼ばれたのですよ。それで殿下。私に用とは?」
「うん。バンガス帝国には奴隷制が無いからボクは伝手を持ってないけど、君なら持ってるでしょ? 奴隷を解放するための伝手を」
「……元冒険者ですからね。裏の伝手もあるにはありますよ」
「だったらフィーラルシア殿下を奴隷から解放できるようにすぐに準備しておいて。ああ、お金は帝国が払うからね。
ノースライド侵攻の旗印が奴隷の首輪をしているのはさすがにまずいからさ」
「承知しました」
そう言うとヴィムフリートはケンジたちを見てニコリを笑った。
そのしたり笑顔を見てケンジがヴィムフリートの引っかけに気付いた。
「あ……! そういうことかよ!」
「ああ、そっか。フィーちゃんをノースライド侵攻の旗印にするためには、フィーちゃんが奴隷のままだと都合が悪いから……」
「つまりオレらの報酬に関わらず帝国はフィーっちを奴隷から解放するつもりやったって訳か。
それを隠してオレらとギャラ交渉して……結果的にオレらはただ働きすることになってもた、と」
「や、やるじゃねーか……っ!」
「ハハッ、男に二言はないんでしょ?」
「無い! フィーたちを奴隷から解放するのは俺たちの目的一つだったんだ。それが叶うなら二言も三言もねえ!」
「せやけどちょっち悔しいな」
「俺らの力でなんとかしたかったが……そんなのはオッサンの歪んだ拘りだったな。これで良かったんだよ、これで」
「だけどまだアリーシャちゃんとクレアちゃんの二人が居る。二人もすぐに解放できるように何とかしてあげないと……」
「あー、それはちょっと待ってよ」
「は? なんでだよ?」
「二人はオッサンたちについて敵の勢力圏のノースライドに潜入するでしょ? だったら奴隷の首輪はつけておいたほうが目くらましになるからさ」
「いや、それは……」
「アタシたちはそれでも良い。何よりもフィーを優先してあげて欲しい……!」
「やっとフィーさんが自由に……これほど嬉しいことはありませんの……っ!」
少女たちは瞳を潤ませながらフィーの手を優しく握り絞めた。
「ごめんね、アリーシャ、クレア、私だけ……」
「そんなこと気にしなくて良いんだって! フィーの目的のためにも必要なことだし、アタシたちはその目的のために力を尽くしたい。
だからアタシたちのことは気にしないで」
「その通りです。今は自由になれることを喜びましょうですの……!」
「……(コクッ!)」
「フィーのこと、任せるぜ? ギルドマスターさんよ」
「もちろん。すぐに奴隷の首輪から解放できるように手を尽くしましょう」
「ならこれで一件落着だね。次は具体的なことを話に移ろう。オッサンたちにはできるだけ早くノースライドに潜入して欲しいんだけどいつから動けそう?」
「潜入のための作戦を練らなきゃならねーが……準備に三日は欲しい」
「三日っ!? 本当にそれだけで良いの? 国境はかなり厳しく見張られてるよ?」
「分かってる。やり方はこっちに任せてもらえるんだよな?」
「それはもちろん」
「なら何とかしてみるさ」
「ふーん……どうやって潜入するのか興味深いね。作戦が決まったら教えて欲しいんだけど?」
「クライアントにそう言われりゃ従うしかねーが……言えること、言えないことがあるってのだけは理解しておいてくれ」
「言えない方法を使うかもしれないってこと? 侵攻を気付かれるようなことはして欲しくないんだけど」
「それは大丈夫だ」
「言い切ったね。まぁ良い。潜入方法はオッサンたちに任せるよ」
「おうよ」
「じゃあこれで打ち合わせは終わりだね。オッサンたちの作戦がどんなものか楽しみにして待っているよ」
そう言うとヴィムフリートはソファーから立ち上がった――。
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