第77話 オッサンたち、決意を固める
「本当に良いのかい?」
ウェースツ伯爵邸の応接室。
フィーの決断を聞いたヴィムフリートが念を押すように問い掛ける。
「構いません。ですが私の一存で全てが決まる訳ではありませんよ? 私は所詮、継承権第三位。帝国が兄の行方を掴めなければ空手形にしかなりません。それに最後に決断するのは父王陛下です」
「それでも君が共に行動してくれるなら充分だ。バンガス帝国は君を大義名分として軍を動かせる。良く決断してくれた」
「私だけならば如何様に使って頂いても構いません。でも約束は守ってください」
「民に被害を出すな、だろ。ボクたち支配層にとって民の幸福と労働は重要な様子だ。疎かにするつもりはない。だが戦争に犠牲は付きものだ。全ての民を無傷で守ることはできないよ?」
「それは理解しています。ですが民に無体なことはしないでください」
「分かっているよ」
肩を竦めながら答えたヴィムフリートが、ソファーに座るフィーの傍らに立つケンジに顔を向けた。
「オッサンはそれで良いのかい?」
「……フィーが決断したことだ。俺たちがとやかく言うことじゃない。俺たちは何があってもフィーたちを守るだけだ」
「つまりフィーラルシア殿下に同行し、オッサンたちもノースライドに向かうってことで良いんだね?」
「当然だ」
「そうか。ならオッサンたちにはやってもらいたいことがある」
「やってもらいたいこと?」
「そうだよ。フィーラルシア殿下は旗印だ。ボクたちバンガス帝国と行動を共にしてもらうことになる。だけどそれだけじゃ時間も掛かるし、犠牲も出る。必要なのはスムーズな侵攻だ」
「それで?」
「オッサンたちには先触れとしてノースライド各地に赴き、フィーラルシア殿下帰還の報を広げて欲しいんだ」
「お待ちください殿下! ご主人様にそんな危険なことを――」
「いやフィー。ヴィムフリート殿下の言うことには一理ある。街や村に行ってフィーのことを宣伝すれば人々の希望になる。その希望はきっとフィーにとって大きな力になってくれるはずだ」
「ですが危険です、ご主人様!」
「大丈夫。俺たちは強い。知ってるだろ?」
「でも……! それなら私も一緒に行きます!」
「それはダメだよ」
フィーの宣言をヴィムフリートは即座に却下した。
「どうしてですか? 私がノースライドに帰還したことを知らしめる必要があるのなら、私自身が直接赴いたほうが効果的じゃないですか!」
「個人が赴いても意味がない。フィーラルシア殿下は旗印だ。旗印は兵に掲げられてこそ初めて意味を為す。軍事力という背景が無ければ、フィーラルシア殿下の入国は民たちの希望には繋がらないんだ。それじゃ意味がない」
「それは――」
「今、ノースライドの民たちが求めているものは『苦しい現実を何とかしてくれるナニカ』だ。フィーラルシア殿下個人が戻ったとして、歓迎されるだろうがそれだけだろう。事態を好転させる力持たない君では民たちの苦しみを取り除くことはできない。違うかい?」
「……」
「だからボクはオッサンたちに先触れをお願いしたんだ。街や村を巡り、国民に希望を与える。国民が希望を持てば持つほど、事態を好転させる力を引き連れてやってくる殿下のことを諸手をあげて歓迎するだろう。それこそがフライド王を駆逐するために必要な力となる」
「正論だね。それにフィーちゃんを連れて行ったとして、その情報がフライド王に売られる可能性だってある。だからフィーちゃんには後方でどっしり構えておいて欲しいかな」
「それに離れていてもフィーっちを守ることはできるで。ほら、これで」
そう言ってリューは空中に”S”の文字を描くと、フィーに対してパーティーチャットで声を掛けた。
『連絡はできるし、クランハウスで合流だってできる。だから安心してエエよ』
「それはそうかもしれませんが……でも……」
「僕たちはフィーちゃんの決断を応援したい。君が。君たちが望むことを叶えてあげたいんだ」
「そのためなら何だってするさ」
ケンジはフィーの髪を撫でつけながら優しく諭した。
「ご主人様、ごめんなさい、私のせいで……」
「フィーのせいじゃない。これは俺たちがやりたいことでもあるんだよ」
辛い現実に打ちのめされて、俯き、心を傷付けながらも、それでも前を向いて歩こうとする少女たち。
その姿を見て、自分には関係無いと思えるほどオッサンたちは薄情ではないし、根性なしでは無い。
「大人として、人生の先輩として。必死に頑張ってる若者を助けるのもオッサンたちの役目だ。なぁ、そうだろ?」
「見知らぬ若者たちにするつもりは無いけどな」
「袖すり合ったフィーちゃんたちのために、オッサンたちも張り切りたいよね」
「安心しろ。俺たちは俺たちに課せられた役目を果たす。だからフィーも自分の役目に全力を尽くせ」
「分かり……ました……!」
ケンジの説得を受け、フィーは覚悟を決めたように強く頷いた。
そんなフィーの横で何かを考え込んでいたアリーシャが口を開いた。
「アタシもご主人様たちについていくわ」
「わたくしも同じく。ご主人様方のフォローに回りますの」
「いや、でも二人にはフィーを守る役目があるだろ?」
「そうだけど……でもご主人様たちだけでノースライドに入国しても、土地勘もないし何より現地に伝手も無いじゃない」
「その点、わたくしには商会で培った繋がりがありますの。きっとご主人様がたのお役に立てると思いますわ」
「アタシはそういう繋がりは持ってないけど……でもフィーの決断を応援したい。フィーが身を尽くしてノースライドに戻ろうとしているのに、アタシ一人、のうのうと隣に居ることなんてできない……!」
「敵地に潜入するんだ。おまえらまで危険に晒されることに――」
「まぁエエんちゃうか?」
「リュー?」
「フィーっちの護衛は俺がするわ。ケンジとホーセイはアリっちとクレアっちを連れて行ったってや」
「本気で言ってんのか? 危険なんだぞ!?」
「確かに危険はあるやろけど二人がやりたい言うてるんや。そこはケンジらがサポートしたったらエエやんけ。それにオレらのモットー、忘れたわけやないやろ?」
「……自分ファースト」
「そうや。若者がやりたい言うてることを否定したらアカン。オレらが老害どもにやられたことを今のオレらが若者にやってもーてどうするねん、ちゅー話や」
「……そうだね。それに二人とも充分強いし、何があっても大丈夫かな?」
「これが若さってやつか。……分かった。二人とも頼りにしてるぞ?」
「任せてよ!」
「ふふっ、きっとお役に立ちますの」
主人の許可を得た二人が、フィーに向かって手を伸ばした。
「アタシたちはアタシたちのやるべきことに全力を尽くすわ。だからフィー。あなたも頑張って」
「フィーさん……いいえ、フィー様の露払い、必ずや果たしてご覧に入れます。わたくしたちにお任せあれ」
「……うん。よろしくね、アリーシャ。クレア」
フィーは伸ばされた手をギュッと握り締めた。
言いたいことは山ほどある。
行かないで欲しい、側に居て欲しい。
自分の都合に巻き込んでごめんなさい。
だけどその言葉を発してしまえば、二人の決意に水を差すことになる。
だからフィーは漏れ出しそうになる言葉をグッと堪えた。
「二人のこと、信じてる。ご主人様たちのことをお願い」
「大丈夫。ご主人様たちのことはアタシたちが守るから」
「ご主人様方の方がわたくしたちよりお強いですけど……でもきっとお役に立ってみせますの」
「うん……っ!」
「話はついたみたいだね。じゃあ次はノースライド奪還に向けて細かな打ち合わせに移ろうか!」
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