第76話 少女、決意を固める
ウェースツ領主、ドナン・レイ・ウェースツ伯爵邸を辞したケンジたちは宿に戻ってクランハウスを展開した。
もはや見慣れたクランハウスのリビングに皆が集合し、ソファーを腰を下ろして伯爵邸で起こった予想外の出会いについて意見を交わす。
「それにしても、まさかあの場にバンガス帝国の第六皇子が居たとはな」
「第六皇子ヴィムフリート。レベル28。ステータスは同レベル帯の一般人に比べて高めで、どちらかというと前衛寄りのステータスやったな」
「それに『鑑定』スキルを持ってたね」
「ちょっと待って。ご主人様たち、いつのまにそんな情報を手に入れたのよ?」
「オレのユニークアビリティ『分析』のランクが上がって、パーティーメンバーの『鑑定』スキルが『分析』スキルに切り替わるって言うてたやん。みんな『鑑定』スキルは取得しとるやろ?」
「あ……そう言えばそんな話がありましたの。すっかり忘れていましたわ」
「他人のアビリティをいきなり使いこなせって言われても無理な話じゃない?」
「俺らと違ってアビリティが無かったこの世界の住人なら、使い方に慣れていないのは当然のことだろうしな」
「せやけどこれからは慣れて貰わんと。初めて会った人に『この人、どんな人なんやろ?』って頭の中で念じながら目を向けると空中にARウィンドウが表示されて相手の情報が見られるで。情報は大事やから癖付けといた方がええと思うわ」
「ちなみにARウィンドウはパーティーメンバー以外には見えてないから、どこで表示しても大丈夫だからね」
「ARウィンドウを操作してる様子は他の奴らから見るとめちゃくちゃ変に見えるだろうから、時と場所には注意が必要だけどな」
「分かりました」
オッサンたちの説明に頷きを返すと、少女たちはすぐさま互いに『分析』を使って使用感を確認する。
「じゃあ俺は茶でも淹れてくる」
「頼むわ。こっちは今日得た情報の整理をしよか」
「そうだね。フィーちゃん、大丈夫?」
「はい……!」
「まずは要注意人物の情報からやな。バンガス帝国第六皇子ヴィムフリート。歳は十八でイケメン。常に笑顔を浮かべてたけどあれは絶対腹黒やな」
「飄々とした様子でチクチク言葉を連発してたしねえ。あれで腹黒じゃなかったら逆にびっくりだね。だけど彼、どうしてドナンさんの屋敷に居たんだろ?」
「目当てはきっとフィーさんだと思いますの」
「うん、私もそう思う」
クレアの言葉に同意を示すと、フィーが自分の考えを口に出した。
「セイル卿が仰っていた、引き合わせたいとある人物っていうのがヴィムフリート殿下だったんだと思う」
「それってつまりカーケーク王国の子爵とバンガス帝国の皇子が繋がっていたってことだよね? 何かきな臭い匂いがするなあ」
「はい。ですが少し考えれば当然のことかもしれません」
「当然ってどういうこっちゃ……って、そうか。確かカーケーク王国には派閥があるんやったな」
「新王ガイウス派と保守派貴族のことですの」
「クレアちゃんは何か知ってるの?」
「家業のお手伝いをしている時に色々と調べていましたからある程度は知っていますの。簡単に要点を纏めると新王ガイウスは親帝国の内政重視で、保守派貴族たちは反帝国の戦争主義者ですの」
「戦争主義者ってまた物騒な主義があるんだねえ……」
「カーケーク王国の先代の王は急速に支配地域を拡大するバンガス帝国に恐怖を覚え、帝国の軍圧に対抗するために周辺の小国を征服して今の大国カーケークの基礎を築き上げた方ですの。そのとき中核となった貴族たちが先代亡き後も夢を忘れられず、武力による領土拡大を求めているそうですの」
「だけど新王は反対しているんだね」
「そうですの。新王ガイウス陛下は三年ほど前、先代が戦死したために後を継いだ方ですの。父王を戦争で亡くしたガイウス陛下は戦を嫌い、戦費調達によって苦しい生活を余儀なくされていた民たちを慰撫する道を選んだのですの」
クレアの説明に、お茶を淹れたケンジが戻ってきて口を挟む。
「それで戦争大好きな貴族が反抗してるって訳か。ひでえ話だ」
「戦争で武功を上げれば領地が増えますし、戦争特需としてあらゆるものを高値で売りさばくことができますわ」
「私腹を肥やすために戦争したいのかよ。マジで腐ってやがるな」
「グラディウス子爵やウェースツ伯爵は新王ガイウス陛下を支持する『新王ガイウス派』ですの。ですからバンガス帝国と通じているのは当然と言えば当然ですの」
「そうか。ガイウス王ってのは親帝国派だったもんな。つまり帝国と新王ガイウス派は秘密裏に手を取り、何かを為そうとしているってことか? だけど何を?」
「……恐らくはノースライド制圧だと思います」
そう言うとフィーは前を向いた。
「苛政によって国民から財産を搾り取り、疲弊した民を捨てて別の国を乗っ取る……やり口はあまりにも非常識ですが、戦を欲するカーケーク王国の保守貴族派と繋がってしまえばカーケークには未曾有の戦乱が巻き起こることでしょう」
「そうか。保守貴族派とノースライドに居るフライドが手を組めば、新王ガイウスを内と外から挟撃できるからか」
「それもありますがフライド王の脅威を逆手に取り、自国の危機を喧伝することで保守貴族派が勢いを盛り返す可能性が高い。新王ガイウスが弱気なせいで隣国が攻めてくるぞ! と扇動すれば民は動揺し、王への支持が揺らぐことになりますから」
「新王ガイウスにとってもノースライド問題は、さっさと解決しなければ足下を掬われかねない問題ってことか」
「恐らくは。そのためにもカーケーク王国はバンガス帝国と繋がり、協力してノースライドの問題を解決したいのだと思います」
そういうとフィーは決意を固めたかのように大きく息を吐いた。
「ご主人様。私はヴィムフリート殿下の申し出を受けようと思います」
「……本当にそれで良いのか?」
「はい。家臣の裏切りに気付かずに易々と国を奪われ、民に苦労を強いている……そんな王家は無くなったほうが良いです」
そう言いきったフィーの眼差しには強い決意の光が見てとれた。
「もちろんこれは私一人が決めたことです。王位継承権で言えば私は第三位でしかありませんから、私の発言は法的根拠の薄いものです。でもヴィムフリート殿下にはそんなことは関係無いでしょう」
「関係ないってどういうことなん?」
「あくまで私の勘ですが……彼が求めているのは国を売るという確たる言葉ではなく私自身なのかな、と」
「おい、フィーに不埒な真似しようものなら、俺はバンガス帝国相手に一人でも戦争ぶっ掛けるぞ?」
「ふふっ、ありがとうございます。ですがそういう意味ではなく――」
「大義名分のために担ぎ上げるっちゅーことやな」
「はい。王位継承順位の高い兄や弟が見つかっていない状況で、バンガス帝国は私という使い勝手の良い駒が手に入れた。そういうことなのかな、と」
「それが分かっていて尚、フィーはあいつの話に乗るつもりか?」
「乗ります。ノースライドに戻るためには一番手っ取り早いですから」
そう言うとフィーは満面の笑みを浮かべた。
その笑みは諦めも、悔しさも、後悔も、苦悩も無い、晴々としたものだった。
「だけどそれって結果的にはバンガス帝国がノースライドを占領することになるんじゃない?」
「そうなると思います。でも後のことは後のことです!」
「それもそっか。フィーちゃんがそれで良いなら僕たちに否は無いよ。だけど他の二人はどうなの?」
「わたくしはフィーラルシア殿下の決断に従いますわ」
「アタシもクレアと同じ。ノースライド貴族として忠誠を誓う王家の決定には従うつもりだし、何よりフィーが決断したことだもの」
「二人ともありがとう……」
友人たちの同意の言葉にフィーは瞳を潤ませた――。
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