第75話 オッサンたち、実は恐れられていた


 オッサンたちとの接見を終え、ヴィムフリートはウェースツ伯爵邸内に用意された離れに戻ってきた。


「ふぅ……」


 部屋に戻り、メイドが淹れてくれた紅茶を飲みながら、ヴィムフリートは小さく溜息を吐く。


「なんだったんだ? あいつらは……」


 形の良いおとがい(下顎のこと)に指を当て、ヴィムフリートは先ほどの接見の光景を思い出す。


 十八歳となったバンガス帝国の第六皇子ヴィムフリートは、他の皇子たちと同じように子供の頃から公務をこなし、国内・国外を問わず奔走している。


 豊かな才能と稀少なスキルを持つヴィムフリートは公務を通じて、幼い頃から様々な人物に接してきた。


 老獪な貴族当主や海千山千の外交官、利に聡い商人。

 そういった者たちと舌戦ぜっせんを交わし、帝国の国益を守るべく東奔西走してきた。


 人を見る目があるという自負もあるし、事実、ヴィムフリートの観察眼は兄たちにも頼りにされている。


 そんなヴィムフリートがケンジたちを見て最初に感じたのが『恐怖』だった。


「『鑑定』スキルはレベル差があれば通用しなくなる。だけどボクのレベルは28だ。レベル38までの相手であれば不正確とは言え、ある程度の情報が頭の中に浮かんでくるはずなのに……」


 だがケンジたちを『鑑定』スキルで見たとき、ヴィムフリートは何の情報も得ることはできなかった。


「つまり奴らはレベル38以上ということだ。あの男たちの年齢であればレベル38以上あってもおかしい話じゃない。有望な冒険者はいくらでも居るし、たくさん見てきた。だけど――」


 問題はオッサンたちではなく女たちのほうだ。


「ノースライドの第一王女だったフィーラルシア殿下さえボクの鑑定では見抜けなかった。つまり彼女はレベル38以上ということだ。そんなことがあるのか?」


 バンガス帝国の皇子たちには初代皇帝が残した家訓がある。

 『民のため、我が子たちは常に鍛えよ』というものだ。


 帝室に生まれた者は厳しい訓練と実戦を経験しなければならない。

 そのお陰もあってヴィムフリートは十八歳ながらレベル28になった。


 幼い頃から騎士によって厳しく鍛えられ、騎士団と共に魔物の討伐に赴き――ヴィムフリードはそれこそ血を吐くような努力をしてきた。


 今、思い出してもよく生き残れたものだと感心してしまうぐらい、鍛錬は辛く厳しかった。


 そんな鍛錬を、家臣の裏切りにも気付かず易々と国を奪われてしまった平和ぼけ一族の者ができたのだろうか――?


 そんなことを考えていると扉がノックされ、見知った顔が姿を見せた。


「失礼するぞ、殿下」


「失礼致します」


 姿を見せたのはこの屋敷の主であるドナン・レイ・ウェースツ伯爵と、ウェースツの街のギルドマスターを務めるエルフ、シェリル・イグ・フォレストだ。


 ヴィムフリートにとって二人は数年来の交流がある友人だ。

 カーケーク王国とバンガス帝国の架け橋を務めるドナンは連絡を密にする間柄だし、シェリルとは魔物討伐の折、何度も交流を持った。


 そんな数年来の友人二人の姿を見るや否やヴィムフリートは質問を投げかけた。


「早速だが二人に聞きたい。あのトゥライブスというパーティーのやつらは一体何者なんだ?」


「これはまたいきなりの質問ですな」


「あの者たちに何か気になることでも?」


「ああ……。ボクの鑑定スキルで見抜くことができなかったんだよ。シェリル、確か君も鑑定スキルを持っていたはずだね? マナー違反は承知しているけど、やつらの情報を教えてくれないか」


「情報、ですか」


「うん、そう。鑑定スキルを使えば相手のレベルや強さを知ることができる。レベル差が大きいと情報を得ることはできないという弱点はあるけどさ。ボクではやつらの情報を得ることができなかったけど君ならいけるでしょ? 確か今のレベルは61だったと記憶してるけど?」


「ええ。ギルドマスターになってから現場から離れているため、私のレベルは引退したときと同じレベル61のままです。つまり私がヴィムフリート殿下に教えられる情報は無いということです」


「はっ!? 何それ冗談は良いって」


「バンガス帝国の第六皇子に質問に対し、冗談で返すようなユーモアセンスは私にはありませんよ?」


「シェリルでもやつらの情報を得ることができないってこと?」


「その通りです」


「待て。鑑定スキルは10程度のレベル差でも情報を得られたはずだ。つまりあの者たちは最低でもレベル71以上あるということか?」


「信じがたいことですが、恐らくはそうなのでしょう」


「……大陸最強と言われる剣聖・アレックスのレベルが確か71だったっけ? つまりやつらは最強の剣聖よりも更に強いってこと? それはおかしいでしょ!」


 シェリルの話を聞いて、ヴィムフリートが悲鳴にも似た声を上げた。


「百歩……いや千歩譲ってあのオッサンたちが剣聖アレックスよりも強いと認めたとして、フィーラルシア殿下や隣に居た女の子たちさえも剣聖アレックスよりも強いだなんて、そんなの信じられる訳ないよ!?」


「もしかしてシェリルの鑑定スキルが上手く働かなかったということでは?」


「その可能性は否定できませんね。鑑定スキルから情報を隠す隠蔽スキルというものも存在しますから。ですが隠蔽スキルを使ってもレベル差があれば看破できます。だけど私の鑑定スキルでは看破できなかった」


「……つまり隠蔽スキルを持っていようがいまいが、やつらのレベルは剣聖程度には高いということか」


「恐らくは」


「うーむ……確かにあの男たちから妙な圧は感じたが、それほどまでに高レベルな者が冒険者に居るとは……」


「冒険者か……ねぇ、やつらの経歴を教えて欲しいんだけど?」


「経歴、ですか。セイルから伝え聞いたことであるならばお教えすることもできますが……あまり正確では無いかも知れませんぞ?」


「構わないよ。教えて」


「では――」


 ヴィムフリートの質問を受けてドナンが説明を始めた。


「カーケーク王国はトリアゲス王国のノースライド侵攻でノースライド王家の者が逃散したとの情報を得て周辺国にまで諜報員を展開させた。


 そしてスタッドの街でフィーラルシア殿下らしき人物が奴隷として冒険者ギルドに登録された、との情報を得た」


「スタッドってアイウェオ王国の辺境の街だっけ?」


「そうだ。どうやらアイウェオ王国のアノ変態伯爵が奴隷となったフィーラルシア殿下を買ったらしいのだが、殿下を伯爵の下に届ける移動の途中、奴隷商人がモンスターの襲撃によって死亡したらしい」


「帝国は奴隷を禁止しているからボクはあまり詳しくは無いんだけど、奴隷を連れた主人が死んだ場合、奴隷も死ぬんじゃなかったっけ?」


「そうですね。主人の居る奴隷は主人の死後、奴隷商人によって保護されるか別の主人と新しい奴隷契約を結ばない限り、一定時間が経過した後、首輪が閉まって死ぬことになります」


「ということは、フィーラルシア殿下は奴隷商人が死んだあと、あのオッサンたちに拾われて奴隷契約を結んだってこと?」


「恐らくはそうでしょう。奴隷契約の魔法は首輪さえあればそこまで難易度の高い魔法ではありません。


 フィーラルシア殿下は奴隷商人が行う契約の魔法を盗み見たりして覚えたのかもしれませんね」


「逆転の一手を夢見て生きながらえるため、自ら奴隷になる魔法を使ったのか。


 へぇ……平和ぼけなノースライド王家の者としては根性があるね。それで彼女が冒険者になったあとのことは?」


「冒険者生活をしている内にどうやら変態伯爵に見つかってしまったらしい。伯爵自ら兵を率いてスタッドの街にやってきた」


「だけど返り討ちにあった?」


「まさに。伯爵の私兵や冒険者たち四十人を相手にして圧勝だったそうだ」


「ふむ……」


「伯爵を殺害したことであの者たちはスタッドの街を離れ、セカンの街に到着した。


 そこでモンスター大発生スタンピードに巻き込まれたが、あの者たちの活躍によって街の被害はゼロだったそうだ」


「スタンピードでは文献に赤き死の剪刀せんとうの名で記されている瘴魔・リニオグナタも複数体、確認されたそうです。


 そしてその全てを彼らトゥライブスのメンバーが討伐したとのこと」


「うむ。全く、大した猛者もさだ。冒険者のままにしておくのは惜しいな」


「猛者というか何というか。デタラメ過ぎだよ」


 ドナンの説明を聞いてヴィムフリートは呆れたように溜息を吐いた。


「実力は一級品……いや、最上級品として、やつらの人柄はどうなの?」


「話をした限り、礼儀作法は平民と同じ程度であるが決して愚か者ではないであろうな。


 こちらの話を聞いて裏を察することもできるようだし、地頭は悪くない。だが政治的な駆け引きはできないように感じたが……」


「できない、というよりは政治的な駆け引きから距離を置きたいと考えているのだと思います。


 彼らは常にフィーラルシア殿下やアリーシャ嬢、クレア嬢のことを第一に考え、とても大切にしているように見受けられましたから」


「奴隷なのに?」


「奴隷として扱っているようには見えません。ギルドで話したときも殿下たちをソファーに座らせ、自分たちは立ったままで居たりと、なかなか紳士でした」


「紳士、ねえ。うーん……良く分からない奴らだなぁ」


「何か不安でもあるのか?」


「不安、というほどでもないんだけど。相手が何を求め、何をしたいと思っているのか分からないと対策の立てようがない」


「彼らの望みは明白では?」


「うむ。フィーラルシア殿下をノースライドに連れて行くことだろう」


「もう一つ。殿下たちを守る、ということもあるでしょうね」


「まるで保護者だね」


「ああ、それは言い得て妙だ」


「私もそのように思います」


「じゃあボクがフィーラルシア殿下を利用したら怒るかな?」


「それは怒るでしょう。ですが理由があり、フィーラルシア殿下の意に沿うものであれば彼らも納得はするのではないでしょうか?」


「俺も言葉を交わしてみて、その程度の判断はできる者たちだと思ったな」


「あとはフィーラルシア殿下がどう決断するか、か。まぁどちらに転ぶにしてもボクのやることに変わりはないけど」


「ではやはり?」


「うん。すでに準備は最終段階まで進んでる。カーケーク王国にも皇帝の名において協力を要請することになると思うよ」


「我が主も覚悟は決まっている。国内を一掃する良き機会ですからな」


「今のところギルドは中立です。悪巧みの話を私に聞かせるのは止めて頂きたいものですね」


「だがお前は故郷を解放したいのであろう? ならば我らと足並みを揃える方がおまえの目的も達成しやすくなると思うが?」


「さて。今はまだ明確なお返事はできませんね。ですがご安心を。悪巧みを吹聴して歩くような趣味はありませんから」


「シェリルのことは信じているから気にしてないよ」


「光栄の至り。では私はこれにて御前を失礼致します」


「うむ。明日もまた頼む」


「またね、シェリル」


「はい。ではまた明日」


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