第74話 オッサンたち、予想外の選択を迫られる


 執事が客人を呼びに部屋を出て行ってから数分後。

 応接室の扉が開き、一人の若い男が入室してきた。


 平民のような質素な服を身に纏ったまだ少年と言っても通用するようなあどけない顔付きのイケメンだ。


 だがその若い男を見た瞬間、オッサンたちに緊張が走った。


「おいマジか」


「なんとなーく予想はしてたけどどうやら当たりやったみたいやな」


「油断しないでよ二人とも」


 剣の柄に手が伸びそうなのをグッと堪え、オッサンたちは警戒した様子でソファーに座るフィーたちを庇うように前に出た。


「あれ? ウェースツ卿、もしかして彼らにボクのことを何か伝えた?」


「許可も無く御身の名を告げることなど俺にできようはずがない。ただ、どうやら俺の話を聞いて何やら察知していたようですが。それに――」


 そこまで言うとドナンはシェリルに目を向けた。


「いいえ、私も何も伝えていません。そもそも殿下が領主様の屋敷に居ると察したのは、彼らの話を聞いてからですので」


「ふむ……それでわざわざ同行してきたのか」


「もしかしてフィーラルシア殿下の後ろ盾のつもり?」


「私程度がどれほどの後ろ盾になり得るかは分かりませんが、賢い殿下であるならば多少は遠慮してくださるでしょう?」


「帝国もギルドを敵に回すつもりはないよ。だけど下手にくちばしを挟めば手痛い怪我をすることだってあるんだから気をつけてよね?」


「御身に敵対するつもりはありません。私はただ、フィーラルシア殿下の望みが叶えばいい、と。そう願っているだけです」


「なら良いけど。ところでさ。ボクと君たちって初めましてな間柄だよね? どうしてボクの顔を……ああ、そうか。ボクと同じで特殊なスキルを持っているのかな」


 首を傾げながら若い男は笑顔を浮かべる。

 だがその笑顔はオッサンたちにはどこか警戒を呼び起こす笑顔に見えた。


「特殊なスキル? へぇ、おまえもそのスキルとやらを持ってるのか」


「まぁそうだね。でも残念ながらボクのスキルは役に立っていないみたいなんだ。だけど君たちはボクのことが見えているらしい。不思議だね」


 ニヤリと笑うと男はオッサンたちの警戒など意に介した様子もなく、ソファーにどかりと腰を下ろした。


「安心して良いよ。今のところボクは君たちをどうこうしようとは思っていない」


「今のところってことは、いつかどうこうするってことやろ?」


「それはそうでしょ。自分の敵に回るのであれば容赦なんてできないし。だけど敵でないのなら話ぐらいはできるんじゃないの?」


「おまえがそうでもこっちはそうは思えないんだよ。バンガス帝国第六皇子、ヴィムフリート・フォン・バンガスさんよ……!」


「どうして帝国の皇子様がカーケーク王国に居るんだろうね? そこのところ詳しく聞いておきたいところだけど」


「わぁ、すごい。ボクの名前だけじゃなくてボクの立場まで見透かすことができるんだ? もしかして『鑑定』スキルとは別のスキルを持ってるってことかな?」


「その辺りはご想像にお任せするわ。ほんで? オレらの質問には答えてくれへんの?」


「答える必要ある? ボクがここに居る。それが全てでしょ?」


「……カーケーク王国とバンガス帝国は通じている。いえ、王国ではなく新王ガイウス派と帝国が通じている、ということでしょう」


「へぇ……平和ぼけ王家の娘の割には意外と聡いところがあるんだねぇ。うん、少し見直した」


「えらく上から目線で煽るじゃねーか。フィーを虐めるってんなら俺が――」


「私は大丈夫です、ご主人様」


 抗議しようとするケンジを制止したフィーが、ソファーに座るヴィムフリートに真っ直ぐ視線を向けた。


「ヴィムフリート殿下が仰る通り、我が王家は平和ぼけしていたと思います。家臣の裏切りにも気付かず、されるがままに国土を蹂躙されたのですから」


「そうだね。でも君はノースライドに戻りたい。だからグラディウス子爵からの提案に乗り、今、ボクの目の前に居る。だけど何故?」


 問い掛けたヴィムフリートの顔からはすでに笑顔が消えていた。


 真意を見透かすような鋭い視線をフィーに向け、ヴィムフリートは少女の答えを待っている。


 フィーはその瞳を真っ直ぐに見つめ返して答えを返した。


「民のため……ううん違う。きっと自分のためです」


「……続けて」


「私たち王家の者が平和ぼけしていたせいで今、民たちは苦しんでいる。その苦しみをなんとか解決したいのです。

 王女……いえ、元王女として、民たちを苦しめてしまった責任を取るために。


 そのためにも私はノースライドに戻り、自らの目で民たちを見て何をするば良いのか考えたい……」


「民を、ね。占領された国を見てどう取り返すかを考えるのではなく?」


「……弱い王が国を率いることの不幸は分かっているつもりです。ですがフライド王に任せることはできません。


 だったらどうするかと問われても、今はまだ答えは出せていませんが……」


「ふーん。……だったらボクから提案だ」


「提案、ですか?」


「ボクたち帝国を頼ってみないか?」


「帝国を?」


「簡単に言うとバンガス帝国にノースライド全土を売れって話」


「な……っ」


 ヴィムフリートの提案にフィーは絶句した。


「国を取り返すつもりはない。でもフライドに任せるつもりもない。だったらどうする? って悩みに対する一つの回答だよ。


 バンガス帝国が兵を出し、王宮を陥落せしめた上で帝国がノースライドを統治する。もちろん民たちを不幸にするようなことはしないよ?


 元王女なんだからバンガスの統治方針は座学で習ってるでしょ?」


「『民の幸福こそ帝国の力である』。バンガス帝国初代、英雄王カール・フォン・バンガスの言葉であり、バンガス帝国の国是……」


「そうだ。ボクたちは民を搾取しない。民から税を貰い、その税を使って内政を充実させ、産業に投資し、外貨を得て軍を整備して戦争をしている。


 ただ闇雲に領土を拡張している訳じゃない。その国の民が圧政に苦しみ、不幸だと嘆いているのなら、その不幸から解放してあげるのはバンガス帝国の役目だと思っているからだ」


「なんやそれ。善意の押しつけかいな。傍迷惑にもほどがあるんちゃう?」


「それは物事の一側面ってやつだよ。だって善政を布いているのなら民が嘆くことはないんだから」


 ヴィムフリートは紅茶のカップに口を付けたあと、言葉を続けた。


「王に王たる資格が無い。だけど民には王を誅する剣が無い。だからバンガス帝国っていう剣を貸してあげているだけさ。


 民は自分たちの代わりに戦ってくれる帝国を歓迎し、王たる資格の無い王は追放され、その結果、バンガス帝国の善政によって幸福になる。


 ボクたちは幸福になった民から税を徴収し内政に投資し、外貨を得て軍を整え、更に強くなる。ほら、誰もが幸福になってるでしょ?」


「帝国は正義の味方とでも言いたいのか?」


「そこまで破廉恥じゃない。戦争は不幸だ。だけど圧政によって苦しむ不幸よりも、戦争で苦しむ束の間の不幸を選ぶ者は多いってだけ。


 ただボクたちはボクたちの目指すところがある。そのために戦ってる。国是を守り、民たちを慈しむのは、目的を達成するために必要だからやっていることさ。


 もちろん、みんなが幸福だといいな、と思っているのも本心だけどね」


「その目的ってのは?」


「大陸の統一。それは領土的という意味じゃない。我が国は大陸の意志を統一したいと思っているんだよ」


「大陸の意志の統一? なによそれ? それに何の意味があるのよ?」


 意外な言葉に驚き、アリーシャが怪訝な表情で問い返すが、ヴィムフリートは曖昧な笑みを浮かべるだけだった。


「意味が分からない? でもわざわざ教えるつもりはないかな」


「その帝国の目的のためにカーケーク王国は協力しているんですの? 何か密約があるということですわね……」


「さて。その疑問に対する言葉をボクは持ち合わせてないかな」


 ヴィムフリートの返答を受けてクレアは皇子の隣に座るドナンに視線を向けた。


「ふっ……ご想像にお任せする、とだけ答えておく」


「なるほど……」


「で、どうする? ボクたち帝国にノースライドを売るかい? 申し出を承諾してくれるなら、ボクたち帝国が責任を持ってノースライド入国の手助けをするよ」


「……少し考える時間を頂くことはできますか?」


「うーん。できればすぐに答えを聞きたかったんだけど……まぁ良いか。一日ぐらい帰国が伸びても大丈夫かな。いいよ、じゃあ一日だけ待ってあげる」


「ありがとうございます……」


「答えが出たらこの屋敷を訪れると良い。……いいよね、ウェースツ卿」


「離れの間を寝具を用意させておきましょう。そちたちはどうする?」


「俺たちは一度、宿に戻る」


「屋敷に泊まっても構わんぞ?」


「有り難い申し出だがフィーには静かな環境でゆっくり考えさせてやりたい。帝国皇子が居る屋敷は遠慮しておくよ」


「分かった。だがそちたちには護衛を付けさせてもらうぞ。なに、陰から見守る程度の護衛だ。構わんな?」


「僕たちが帝国皇子が居るって吹聴するかもしれないから監視をつけるの?」


「正直に言えばそれもある。だがそちたちは少し認識を改めた方が良い。フィーラルシア殿下の情報が出回っていないと思うのであれば、それは迂闊というものだぞ」


「……っ!? マジかよ」


「スタッドの街、セカンの街……両方の街でそこそこ派手に立ち回っとるし、正直、時間の問題やとは思っとったけど。ここまで早いとは想像してなかったわ」


「全然気が付かなかったな……」


「敵対していないと気付けないからね。確かに少し厄介かも……」


「そういった他国の工作員に手を出しづらくさせる意味でも、複数の護衛を付けさせてもらう」


「分かった。俺たちも気をつける。情報ありがとうよ、伯爵さん」


「うむ。では本日の接見は以上とする。また明日、屋敷に来い。但し、できるだけ早く来てもらわんと困るぞ?」


「昼前には来られるようにする。それで良いか?」


「うん、その時間ならこちらも助かるよ。まぁ諾否だくひいずれであってもボクたちのやることは変わらないんだけどね」


 ケンジの確認に答えるとヴィムフリートはソファーから立ち上がった。


「さて、結論は明日に持ち越しだ。ボクは離れに戻ってのんびりさせてもらうよ。なんたって久しぶりの休暇だし」


「西は相変わらず忙しいようで」


はりはボロボロだし、土台は使い物にならなくなっているからね。今は兄上が頑張ってくれてる。でも持ち直すには十年以上は掛かるだろうねぇ」


「フライド王め。無茶をしてくれる……」


「北について行けなかった塵虫ごみむしも全土に広がっていて、その駆除にも人を割かなくちゃいけないし。はぁ~……頭の痛い問題だよ」


「我が国にも塵虫は広がってきているようで。さっさと対応して欲しいものです」


「無茶言わないでよ……と言いたいところだけど、あと半年ほど時間を頂戴。それで少しはマシになると思う」


「承知しました。我が王にもその旨、伝えておきましょう」


「お願い。ああ、それとシェリル」


「はっ」


「あなたには聞きたいことがある。悪いけど残ってもらえる?」


「承知しました」


「うん、お願いね。じゃあボクはこれで。フィーラルシア殿下。色良い返事が貰えることを期待しているよ」


 ヒラヒラと手を振ったあと、ヴィムフリートは応接室を出て行った――。


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