第73話 オッサンたち、領主館を訪ねる
ウェースツの街のギルドマスターを務めるシェリル・イグ・フォレスト。
ノースライド北方に存在する『ノースフォレスト』出身であると告白したギルドマスターは、ノースライド第一王女フィーラルシアへの支援を約束した。
だがその支援の申し出が打算に満ちたものだったため、ケンジは少女たちが陰謀に巻き込まれるのではないかと心配する。
そんなオッサンの心配をよそにフィーたちはシェリルの支援を受け入れた。
その事実がどんな結末に繋がるのか。それはまだ分からない。
分からないからこそ前に進む若者と、分からないからこそ足を止めてしまうオッサン。
歳の差からくる考え方の違い、向き合い方の違いにケンジは悩む。
だが
ケンジの悩みに関わらず事態は進み――TOLIVESはシェリルを伴って領主の屋敷へ向かった。
門番にグラディウス子爵から預かった封書を見せると、一行は思いの外簡単に応接室に通された。
応接室には最低限の調度品しかなく、質実剛健を感じさせる部屋からは屋敷の主人の性格を窺い知ることができた。
応接室で待つこと数十分。
メイドさんが淹れてくれたお茶を飲み干した頃、応接室の扉が開かれて一人の偉丈夫が姿を見せた。
齢は四十を過ぎているぐらいだろうか。
年の割に引き締まった肉体と叩き上げの兵士のような威圧感を纏い、偉丈夫は足音高く入室してきた。
「待たせてしまって済まぬ。粗末にできぬ客人が居ってな」
謝罪の言葉を口にしながら入室した偉丈夫は、フィーたちの対面のソファーに腰を下ろすとメイドに茶を催促した。
「セイルからの封書は確認しておる。そちたちがトゥライブスとやらか。まずはセカンの街を救ってくれたこと、礼を言う」
そういうと偉丈夫は軽く頭を下げた。
「我が名はドナン。ドナン・レイ・ウェースツ。カーケーク王国伯爵にしてウェースツ領を預かる者だ。礼儀を気にする必要はない。そちたちの名を教えてくれ」
「俺たちはCランクパーティー・TOLIVES。リーダーのケンジ」
「オレはリュー」
「僕はホーセイ。それにフィーちゃん、アリーシャちゃん、クレアちゃん」
ホーセイの紹介を受けて少女たちは無言で頭を下げた。
「うむ。セイルからの封書でそちたちが何を求めているのかは承知している。しかしなぜシェリルがここにいる? ギルドマスターの仕事はそこまで暇なのか?」
「まさか。忙しいに決まっています。ですが仕事よりも優先する事項が発生したためケンジ殿にお願いして同行させて頂いたのですよ」
「ふむ。それほどまでにフィーラルシア殿下が大事か」
「我が故郷ノースフォレストはノースライド王家とは長年の友誼を結ぶ盟友。王家の方に礼を尽くすのは当然のことです。フィーラルシア殿下とトゥライブスには私という支援者がいることをお忘れ無きように」
「ふっ、抜かしよる。領主を脅すつもりか?」
「ふふっ、事実を言ったまでですよ」
「相変わらず食えない女だ。まぁ良い。向いている方向が同じなのであれば敵対することもあるまい」
「そう願いたいものですね」
剣呑な言葉を交わすと二人は腹に一物があるような笑みを交わした。
「さて女狐との腹の探り合いも緊張感のある楽しいひとときではあるが、今は人を待たせているので少々時間がない。虚礼を廃し、率直に話を進めたいのだがそちたちはどうだ?」
「お偉いさんとの会話なんで息が詰まるからな。さっさと済ませられるのなら済ませたい」
「なら話が早い。まずは確認だが、フィーラルシア殿下が所属するCランクパーティー・トゥライブスはノースライドに入国したい。それは間違いないな?」
「ああ。そのためにウェースツの街でグラディウス子爵の知り合いに会えと言われてここまで来たんだが……」
「そうか。だが残念ながらオレの力ではそちたちのノースライド入国を手引きすることはできん」
「ん? なんだそれ? どういうことだ?」
「オレら、グラディウス子爵に担がれたってことかいな?」
「そうではない。オレは手を貸せないが、とある方がそちたちに力を貸してくれることになっている。だが先に言っておくぞ。ここで見たこと聞いたことは絶対に口外せぬと誓え。それが出来なければこの話は無かったことにする」
「……それだけヤバイ人物ってことか?」
「そうだ。どうだ? 口外しないと誓えるか?」
そういうとドナンは鋭い目でケンジたちを睨み付けた。
その目からは承諾しなければ必要な対処を取る強い気持ちが伝わってきていた。
「……分かった。口外しないと誓おう。みんなそれで良いか?」
「ま、ここまで言われたら相手がどんな奴なんかはなんとなく察することができたわ。もしオレの推測が当たりなら口外することなんてできへんで」
「フィーちゃんたちをノースライドに連れて行くためにも必要なことだしね。三人はどう?」
ホーセイの問い掛けに少女たちは真剣な眼差しで頷いた。
その様子を見てドナンの肩から力が抜ける。
「わかった。高圧的な要請で済まなかったな」
「推測が当たってるならそりゃしゃーないで。なにせドナン伯爵はカーケーク王国の貴族さんやねんから」
「グラディウス子爵もだよね。つまり――」
「王様も知っていることなのかもな」
「ふっ……なかなか鋭いな。だが話はここまでだ。すぐに客人を呼ぼう」
そういうとドナンは手元にあった鈴を鳴らした。
やがて扉を叩く音が聞こえ、執事らしき老齢の男性が姿を見せた。
「お呼びでしょうか?」
「ああ。例のお客人をすぐに応接室に連れてきてくれ」
「かしこまりました」
主人の命令に執事は一礼と共に部屋を退出していった――。
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