第72話 オッサンたち、悩む
「ムトゥの書状に書かれていたのはセカンの街を救ったトゥライブスの実力。
そしてフィーラルシア殿下、シルバーフォックス伯爵令嬢、サンボルト男爵令嬢が奴隷になった経緯と、現在のノースライドの状況です」
シェリルはクラムベリーが淹れてくれたお茶に口を付けながら、ムトゥの書状に書かれていた情報を説明した。
「殿下たちはノースライドに入国するおつもりだとか。しかしその算段は付いていらっしゃるのですか?」
「算段がついているかどうかはまだ分からないってのが現状だな。ひとまずこの街の領主に会えとは言われているが……」
「言われている? 誰にです?」
「セカンの街の領主、セイル・リィ・グラディウス子爵さんやな。なにやらオレらっちゅーか、フィーっちに紹介したい人が居るってことらしい」
「フィーちゃんの手助けをしてくれる人とは言っていたけど、それが誰なのかは教えてもらえなかったんだよね」
「なるほど……グラディウス子爵も一枚噛んでいるのですね。子爵の紹介でウェースツで会うとするならば……」
ケンジたちの話を聞いたシェリルが
「もしかしてその人物に心当たりでもあるのか?」
「そうですね……。本来ならばあり得ないとは思うのですが、グラディウス子爵の紹介で、なおかつドナン卿とも通じている人物には少々心当たりがあります」
「マジか。それって誰なん?」
「……私の一存で教えることは出来かねますが、もし私の想像通りの人物であれば、確かに殿下のノースライド入国に力を貸してもらえるでしょう。良かれ悪しかれ、かもしれませんが」
「えー……その言い方だと安心して助けて貰えるような人じゃなさそうだねぇ」
「だけど国境を閉鎖しているノースライドに入国するためには、ある程度危険な橋を渡る必要があるだろ」
「せやな。まぁ直接会って見極めてみるしかないやろけど」
「そうだな。……三人ともそれで良いか?」
ケンジの問い掛けに少女たちは決意の籠もった表情で頷きを返した。
「……ではドナン卿との面会には私も同席しましょう」
「へっ? あんたが? なんでまた?」
「フィーラルシア殿下……いえ、トゥライブスの皆さんに私という協力者がいるということを示しておいた方が多少は交渉がやりやすくなるでしょう。
私の名はそこそこ通っていますからね。フィーラルシア殿下のために利用してください」
「なるほど。シェリルさんの話じゃ、すんなりとノースライド入国を手伝ってもらえるか分からないもんね。力を貸してくれるのなら有り難くはあるんだけど……」
「確かに助かるっちゃ助かるけどもなぁ……」
「この際、利用できるものは利用させてもらおうとは思うが……そんなことをしてアンタに何の得があるんだ?」
シェリルの申し出を歓迎しながらも、ケンジたちはその真意を測りかねてシェリルの表情を伺った。
「私なりの得がある……というだけでは納得して頂けないでしょうね。ですが理由はとてもシンプルなのですよ」
「シンプル?」
「ええ。トリアゲス王フライドのノースライド侵攻によって我が故郷もトリアゲス軍に干渉を受けて危機に瀕しているのです。
その状況を一刻も早く打開したい。そのためにもフィーラルシア殿下には早くノースライドに入国して頂きたいのです」
「……フィーを旗印にするつもりかよ?」
「いいえ。ノースフォレストに住まうエルフの数は少ない。私たちだけでは到底、殿下を旗印には掲げられません。
ですが殿下がノースライドに入国することによって膠着している状況に変化が起きる可能性が高い。私はその変化を奇貨としたい」
「フィーが入国したことで巻き起こるであろう混乱を利用したいってことか」
「有り体に言えば。その代わりに私のことを上手く利用して頂きたい」
「そんな話を聞いて俺が分かったと素直に頷くと思ってるのか? フィーたちを余計な危険に巻き込ませるつもりはねーぞ?」
モンスターや不埒な冒険者に賊から少女たちを守るのは簡単だ。
だがオッサンたちでは守れない状況がある。
悪意や陰謀――そういった無形の危険からフィーたちを守りきれない可能性がある以上、ケンジはできるだけその危険性を排除したいと考えていた。
だが――。
「いいえ、ご主人様。私はシェリルさんの提案を受け入れたいです……!」
「だけどフィー。下手すれば陰謀や戦争に巻き込まれることになるんだぞ?」
「覚悟の上です。国民の皆が辛い目に遭っているかもしれない今、私はすぐにでもノースライドに戻りたいのです」
「アタシもフィーと同じ。どんなことをしても、どんな目に遭ったとしてもノースライドに戻りたい!」
「わたくしも皆様と同じ考えですわ」
「しかしだな……!」
「ケンジ! それ以上は言わんでエエんちゃうか?」
「どっちにしろ今は情報が足りないよ。最終的な結論はウェースツの領主と会ってからにしたほうが良い。その上でフィーちゃんたちと話し合おうよ」
「……ふぅ。すまん、ちょっと感情的になっちまっていた。確かに二人の言う通り、今は情報が足りないんだ。性急に答えを出す必要は無いな」
親友たちにやんわりと諭されたケンジは大きく深呼吸した後、シェリルの方に顔を向けた。
「シェリルさん。アンタの申し出には感謝する。だが最終的にどうするかはフィーたち次第だ。アンタの望む方向に向かうとは限らないってことは理解してほしい」
「はい、それで構いませんよ。フィーラルシア殿下のお力になりたいのは私の正直な想いですから」
「ご理解、感謝する」
シェリルに力を借りれば、彼女の持つ知名度や社会的地位を背景にしてフィーたちの立場はそれなりに強化できるだろう。
それと引き換えにフィーたちはノースライド第一王女として、宮廷魔導師団長の娘として、ノースライドを商圏とするサンボルト商会の令嬢として、否応なく陰謀や戦争に巻き込まれてしまうだろう。
だがシェリルの申し出を断ったとしても、フィーたちの立場上、そういった陰謀に巻き込まれる可能性が無くなる訳ではないのだ。
ケンジたちオッサンには少女たちを守るための力があるが、それはあくまで『暴力から身を守る』力でしかない。
そして今、オッサンと少女たちを取り巻く環境は複雑になっていて、腕力と魔法だけでは守りきれなくなってきている。
それでも少女たちを守りたいのであれば、暴力ではないもう一つの力――『権力』が必要だ。
ギルドマスターという社会的立場を持つシェリルは、オッサンたちが持っていないその社会的地位に伴う『権力』を持つ者だ。
力を借りた方が良い――理性的に考えればその結論に至るのは当然のことだが、それでもケンジは感情の上でフィーたちが政争や戦争に巻き込まれて、傷ついてしまうことを憂いていた。
友人に諭された今もその想いは変わらない。
だが最終的に決めるのはフィーたち自身だ。
危険があると分かった上でもフィーたちが決断するのなら、その決断を無碍に否定したくはないし、することもできない。
そう思っているからこそケンジは友人の声を聞き、自我を抑えつけてシェリルの申し出を受け入れた。
どれだけ強くても、どれだけ歳を重ねた大人になっても。
複雑な想いを抱きながら、ケンジは少女たちの決断が少女たちの願う未来に繋がっていくことを心から祈った――。
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