第69話 オッサンたち、西の街に到着する


 セカンの街を後にしたオッサンたちは馬車でカーケーク王国西部にあるウェースツの街に向かう。


 【御者】アビリティを取得した一同は、馬車の操縦に慣れるために交代で御者を務め、他のメンバーはキャビン内に展開したクランハウスで寛ぐ――そんなのんびりとした旅が続いた。


 ウェースツの街はセカンの街から十日ほどの距離にある。

 そこから更に西に向かうとトリアゲス王国との国境の関所がある、カーケーク王国の西のかなめと言える街だ。


 ウェースツにはトリアゲスからやってくる旅行者や商人が集まり、トリアゲスに向かうカーケークの旅行者や商人も集まる活気に満ちた街だ。


 他にもウェースツの近くには大小問わず地下迷宮ダンジョンが散在しており、地下迷宮攻略ダンジョンアタックにしのぎを削るハイレベルな冒険者たちが集まる街でもあった。


「おーい、みんな! そろそろウェースツの街が見える頃だぞ!」


 御者をしていたケンジがキャビンに向かって声を掛けた。

 するとキャビン内の何もない空間に扉が現れ、その向こうから仲間たちが姿を見せた。


「おー、やっと到着かいな! 長かったなぁ!」


「セカンの街を出て十日ぐらいかな? 普通の馬車に乗ってたら僕たちオッサン組は腰痛でしばらく使い物にならなくなってただろうね」


「固い座席はオッサンの敵やしな。御者席に座ってる間も結構キツかったし」


「クレアが鎮痛消炎成分配合の湿布を作ってくれて助かったな。何とか乗り越えられて良かったぜ」


異世界こっちに来てから肩こりはマシになったけど、腰痛だけはなかなか良くならないねぇ」


「異世界でギックリ腰とかシャレにならんからなぁ。気をつけていかんと」


「それでフィーたちの方はどうだった? この十日間、二次職の修行を続けていたみたいだが」


「えへへ、まだ効果は低いですけど生命力HP回復ポーションと魔法力MP回復ポーションの製作ができるようになりました!」


「おおー! そりゃすげえな!」


「わたくしはご主人様方の要望に従って湿布を作りましたの。他にも栄養剤や風邪薬なんかも作りましたわ!」


「風邪薬なんて作れたのか。そりゃすげえ」


「うふふっ、調薬にも慣れてきましたし、素材さえあれば超強力精力剤なんかも作れるようになりますわ♪ ご所望であればいつでも仰ってくださいですの♪」


「いや精力剤は俺らには必要ねーだろ」


「むぅ……そんなことないと思いますの……」


「でも貴族とかに売ったらエエ金になるんちゃう?」


「ああ、販売するのならアリかもねぇ。そういう依頼とか探してみようか」


「それもそうか。二人のお陰で納品系の依頼に対応できるのは有り難いな」


「うっ……アタシは戦闘でしか役に立てないわ。うーん、生産系のアビリティを取得した方が良かったのかしら……」


「気にする必要はねえよ。俺らのモットーは『自分ファースト』だ。自分が好きなことをやって、余裕があれば仲間のフォローをする。それが仲間ってもんだろ」


「そっか。うん……ケンジ様、ありがと」


「おう。でも戦闘では頼りにしてるからな?」


「もちろんよ。任せて!」


「あ、見えてきた。あれがウェースツの街じゃない?」


 馬車が丘陵を越えると眼下に広がる大きな街が見える。

 円形の外壁を持つその街を見て、リューが感動の声を上げた。


「おいおいおい! マジか! これ、『例の異世界アニメの街』やんけ!」


「言われてみれば確かに! あの『例の異世界アニメの街』と同じだね!」


「円形の外壁があってクネッと曲がった川があって……紛うこと無き『例の異世界アニメの街』の風景だ! いやー、実物を見ると感動するな!」


 現実世界で良く目にしていた風景に感動してはしゃぐオッサンたち。

 そんなオッサンたちをキョトンとした目で見つめていた少女たちが、馬車に接近する敵に気付いて声を上げた。


「ご主人様! ミニマップに敵が見えます!」


「数は十二。速度からして四つ足の獣か、馬に乗っている賊だと思いますの」


「どうするの? 迎撃する?」


「馬車を襲ってくるのなら賊か小鬼ってとこか。当然、迎撃一択だろ!」


「よっしゃ。ほなら馬車を止めて迎撃準備しよか。ホーセイ、前衛は頼むで」


「了解」


 停車した馬車から飛び降りると、ホーセイは盾を構えて仁王立ちになる。


「ケンジとオレがアタッカーで、フィーっちたちは後方で――」


「リュー様! ここはアタシにやらせて欲しい!」


「おっ、前向きでええな。ほんなら(それなら)アリっちに任せよか。オレらは万が一に備えて待機しとこや」


「やった! ありがとうリュー様!」


 リューの許可に感謝の声を上げながらアリーシャが馬車から飛び出した。


「アリーシャが落ち着いて魔法を使えるように、俺とリューで敵との距離レンジコントロールをするか?」


「いや、ここはクレアっちに任せよ。中衛で距離コントロールを頼むで」


「了解ですの」


「私はいつものように後衛で待機ですね」


「ああ。回復職のフィーが待機してくれているから俺たちはダメージを気にせず全力を振るえるんだ。いつもありがとな」


「えへへ……はい! 回復はお任せください!」


「頼りにしてるぜ。そんじゃまぁ戦闘準備、始めるか!」


 ケンジの一声に仲間たちが武器を構えて敵を待つ。

 やがて馬に乗った賊らしき男たちが現れた。


 男たちは破損の激しい金属鎧に身を包んでおり、窪んだ眼窩の奥のギラついた目がケンジたちを睨み付けていた。


「金を出せ! 食料を寄越せ! 抵抗するなら全員、我が剣の錆にしてやる!」


 男たちのストレートな要求にケンジたちは首を傾げた。


「なんだぁ? えらく余裕のない様子だな」


「ただの追い剥ぎには見えん装備やけど。……あー、なるほどな」


「【分析】で何か分かった?」


「こいつらトリアゲス王国の元騎士みたいやわ」


「ということはフライド王に置いて行かれ、帝国の追撃から逃げてきたトリアゲス王国の騎士ということですの?」


「多分、そうやろな」


「やれやれ。置いて行かれたのならさっさと帝国に降伏すれば良いのに」


「聞いた話だけでもだいぶ酷い統治だったからな。降伏なんてすれば帝国にどんな罰を受けるか分からないから怖かったんじゃねーの?」


「それで逃げてきたって訳? 情けないなぁ……」


 オッサンたちの憐れみの言葉に賊の男たちが怒声を上げた。


「何を無礼な! 貴様ら平民は黙って金と食料を差し出せば良いのだ! この剣が目に入らんのか!」


「剣なら俺も持ってるぞ?」


「僕も」


「オレも持ってるで」


「くっ、あくまで逆らうと言うのか生意気な! 剣の錆にしてくれるわ!」


 そういうと隊長らしき男が周囲に合図を出した。

 合図に従い、周囲の男たちが剣を抜き払う。

 その数、十二人。

 オッサンたちの倍の数だ。


「フンッ、男は殺す。女どもは祖国を取り戻すまで我らに奉仕させてやろう。尊き血を持つ我らに奉仕できることを感謝すると良い!」


 隊長らしき男が勝ち誇った声を上げると同時に、男たちは剣を片手に馬を駆って押し寄せてくる。


「んじゃ、戦闘開始ってことで。いくよー。【挑発タウント】!」


 戦端を開いた瞬間、ホーセイのアーツが炸裂し男たちの意識がホーセイに集中する。


「な、なんだっ!? 身体が勝手に……っ!」


「クソ! デカブツ男を見過ごすことができないっ……!?」


 挑発の効果によって全ての賊がホーセイに迫るタイミングで、


「【ソーンバインド】ですの!」


 クレアが移動阻害アーツを使用し、男たちの足止めに成功した。


「アリーシャさん、今ですの!」


「任せて!」


 後方で戦況を見ていたアリーシャが一歩前に踏み出し、精霊魔法を発動した。


「丘陵に吹く風を触媒にして風精霊シルフの力を借りるわ! 【ウィンド・ストーム】!」


 アリーシャの声と共に男たちの足下につむじ風が発生する。

 そのつむじ風は急激に風速を上げ、小型竜巻を生じさせた。


「ぐわーっ!」


 足下に巻き起こる小型竜巻は、クレアの移動阻害アーツで動けなくなった男たちの身体を容赦なく切り刻む。


 服を切り裂き、肌を切り刻む竜巻は、男たちの全身に激しい裂傷を負わせた。

 苦悶の声を上げる男たちに追い打ちを掛けるようにクレアの【ソーンバインド】によって裂傷に棘が食い込んで大地が血に染まった。


「裂傷を負わせる精霊魔法とスリップダメージを与えるソーンバインドか。出血ダメージを強要する凶悪コンボの完成だな」


「支援魔法との相性が良いって話はユグドラシルファンタジーの攻略wikiに載ってたけど、ホンマに凶悪やなこのコンボ」


「でも僕は肉弾戦がしたかったよ……」


「とは言え、人相手やとどうしても本気だせんやん? オレらのステータスやと。今回はアリっちのお陰で人死に出さずに無力化できて良かったと思おうや


「それもそっか。手加減するの面倒だもんね、僕たちのステータスじゃ」


「一応、【手加減】のアビリティは取ってるけど、それでも全力でやる訳にはいかねーしな。俺らが全力で人間を殴れば骨まで粉砕しちまうだろうし、斬れば一刀両断しちまうからなぁ……」


「強くなりすぎるのも考え物だねー」


「絶対本気でそんなこと思ってないやろ?」


「力こそパワー! レベルこそ正義! なのは揺るぎようのない真実だしね」


 アリーシャたちの活躍をのんびり観戦するオッサンたち。

 やがて賊の男たちはうめき声を上げながら地面に崩れ落ちた。


「ご主人様! 無力化できたわよ! で、こいつらどうするの?」


「とりあえず武装解除して縄で締め上げとこか」


「縄で拘束か。俺、亀甲縛りしかできねーぞ?」


「亀甲縛りできることに驚きだよ」


「だっておまえ、グレートオッパイに亀甲縛りはマストだろうが?」


「そのために覚えたの? 控えめに言って頭オカシイんじゃないの?」


「うるせー。興味があっただけで実際にやったことねーよ!」


「そこが問題じゃないでしょ」


 やいのやいのと会話を交わしながらも、オッサンたちは無力化された賊の男たちをテキパキと縄で拘束する。


「うっし。ほんならこいつらは馬車の後ろにくくりつけて街まで連れて行こか。門番に渡せば報奨金とか貰えるかもしれんし」


「おう。フィー、御者を頼む。俺らは荷台でこいつらを見張っておくからよ」


「任せてください!」


「ウェースツの街まであと少し。余計な荷物も増えたことだし、ちょっくらスピードを上げて行こうぜ!」

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