第65話 創世の女神アイコニアス ?
「え、これ、なに――」
祈りを捧げていた創世の女神の石像が突然、光を放ち始めたことに驚き、少女たちは動きを止めた。
そんな少女たちとは裏腹に、事態の変化に最初に反応したのはケンジだった。
「何をボーッとしてんだ! みんなさっさとこっちに戻って来い!」
腹から声を出して少女たちに指示を出すと同時に、背後に居るオッサンたちに指示を出した。
「ホーセイは【
「了解!」
「周辺確認! ミニマップ上にエネミー反応なしやで!」
「状況が分からん! フィーたちが戻るまで警戒態勢!」
オッサンたちに指示を出したケンジは、水上を走ってくる少女たちを出迎えるとすぐさま周囲に視線を巡らせた。
広間に戻ってきた少女たちもケンジに倣って戦闘態勢を整える。
だが――。
「何も起こんねーな……」
「ミニマップにも相変わらず反応が無いし、敵じゃなかったのかも?」
「ほな何かのイベントが始まったとかか?」
「……フィー、アリーシャ、クレア。ステータスに異常は無いか?」
「少し待ってください。えっと――」
ケンジに問われ、少女たちはショートカットジェスチャーでステータスボードを表示すると自分のステータスを確認した。
「あれ、でも普通、だよね、これ……」
「そのようですの。ステータスに変化はありませんわ」
「うん。状態異常にもなってないしステータスに変化は無しよ」
「良かった。けど、じゃあ何だって言うんだ、今の光は――」
首を傾げるケンジ。
そのとき、広間に何かの音が響いていることにリューが気付いた。
「シッ。なんか音が聞こえるで」
「この音、なんだ? なんかラジオのノイズみたいな音がしてんな……」
周囲を警戒しながら意識を耳に集中していると、やがてノイズは徐々に人の声に聞こえ始めた。
『あ……おかし……なんでこのアクセ……イントが今……?』
若い女性……というには落ち着きがなくて幼く、女性というより女子というのが的確な表現と言える声が聞こえてきた。
「なんだこの声? どこから聞こえてるんだ?」
『あれ……の声、あー、なる……ど! ちょっ……て……スポイン……リブー……するから!』
途切れ途切れだった声の向こうからカチャカチャと硬質な音が聞こえ、その音が止んだ瞬間、創世の女神アイコニアスの石像が強い光を放った。
「きゃっ!?」
「ちょっとなに、この光!?」
「目が……目が見えなくなりましたのぉ~……!」
「ホーセイ、リュー! 円陣だ! フィーたちを守るぞ!」
「分かってる!」
「任せとき!」
突然の発光現象に戸惑いながらも、オッサンたちはすぐさま少女たちを守るように円陣を組む。
だが事態は予想外の方向に進んだ。
『あー、あー、あー。見えてる聞こえてるー? やほやほー! って、あー! やっぱりあのおじさんたちだー!』
そんな声が聞こえると同時に空中に半透明のARウィンドウが表示された。
「ARウィンドウっ!? なんで今のタイミングでっ!?」
「っていうかウィンドウに女の子が映ってる? この子誰?」
「いやなんかこの喋り方に既視感めいたもんがあるわ……もしかして――」
『おじさんたちとこうやって話すのは初めてだねー! 私の名前はアイコニアス! ユグドラシルファンタジーのアカウントネームはイコリン♪ よろしくねー』
「はぁーっ!? アイコちゃんがイコリンってマジかよっ!?」
「いやケンジ、驚くとこってそこじゃないでしょっ!? 普通はこの子がアイコちゃんだってことの方に驚かないっ!?」
「ホンマそれな。っていうかホンマにこの子、アイコちゃんなんか?」
ウィンドウに映っている女の子はどう見てもフィーたちと同じ程度の年頃だ。
十七、八歳ぐらいの、まだ幼さが残る面立ちをしている。
『うん、ホンマホンマ-。私がユグドラシルファンタジー最強と言われた大規模クラン『
ARウィンドウに映った少女が横に倒したピースサインを掲げ、舌をペロッと出しながら楽しげに名乗った。
「マジかよ。マジでアンタがアイコちゃんなのか?」
『あー! 疑うのー? 私、正真正銘、創世の女神アイコニアスだよ♪ フォルスエデンに居るおじさんたちと話せてるんだから当然でしょー?』
「いや何が当然なのかどこが当然なのかこれっぽっちも分からんねんけど」
「んー、でもこのリアクションってメールを見たときに感じた第一印象とバッチリ合ってるんだよねー。軽薄で頭が軽そうな喋り方なんて特に」
『えー、頭が軽いなんてひどーい! イコリン、これでも他の女神のお姉様方から頭が良いって褒められてるんですけどー!?』
「いやぁ。軽いやろ」
「うん。軽いね」
「中身スッカスカだよな、これ」
『むーっ! ヒドイなおじさんたち! 折角、異世界転移するときにチート能力をたくさんあげたのに!』
「いやまぁ、そこは結構助かってるけどよぉ……」
「せめてデバッグぐらいはしておいて欲しかったねぇ。RPG序盤の楽しみを全部奪われちゃったし」
『ほえ? デバッグ?』
「ちょいちょいちょーい! その辺りの状況をそこそこ前に運営へのお問い合わせメール送っといたのに確認してないんかーい!」
『運営へのお問い合わせメール? ……あっホントだ! ログインボタンは削除してたのにお問い合わせのボタンの方、削除し忘れてみたーい! アハハ、ウケる!』
ケタケタと笑うアイコニアスの姿を見てオッサンたちは頭を抱えた。
「おい、マジでこの子、創世の女神なのかよ?」
「僕に聞かないでよ」
「それよりアイコちゃん。色々と聞きたいことがあるんやけど答えてくれんか?」
『いいよー! あ、でもこのアクセスポイント、信仰心が足りなくて制限時間があるから注意してよねー』
「アクセスポイント? って言うことは、アイコちゃんと話したいときはそのアクセスポイントを探さないとアカンって訳か」
『そういうことー! アクセスポイントは昔風に言うと聖地ってやつでね。フォルスエデンに住む愛し子たちの祈りを私に届ける役割があったんだ。ま、最近は信仰が薄れちゃって創世の女神に祈りを捧げる熱心な信者は居なくなったから、アクセスポイントの役割は停止しちゃっていたんだけど。何故か今日は繋がったんだよねー。不思議不思議ー!』
「それはフィーたちが祈りを捧げたからじゃねーか?」
『フィー? ああ、おじさんたちの後ろに居る女の子たちのこと? でもその子たち奴隷になっちゃってるねー。可哀想に』
「そうなんだよ。さっさと解放してやりたいんだけどかなり金が掛かるみたいでな。今、必死にクエストをこなして貯めてるところだ」
「アイコちゃんって創世の女神でしょ? なんとかならない?」
『何とかしてあげたいんだけどさー。その奴隷の首輪、私の力じゃどうにもならないんだよねー』
「どうにもならんってなんやそれ? 創世の女神ってこの世界で一番すごい力を持ってる、何でもできる存在やないんかい?」
『まぁある程度は何でもやりたい放題できる力はあるけどさー。その首輪は私の設定した世界の
「どういうことだよ?」
『私の創ったフォルスエデンのレギュレーションでは、自由を奪うそんな凶悪な代物は存在できないようになってるはずなんだよー。それが今、どうしてそんなものが出回っているんだか……』
「存在できないようになってるってどういうこと?」
『『世界』ってものを成り立たせるのに必要なのはルールなんだよ。そのルールを設定できるのが創世の女神だけが持つユニークアビリティなんだけど、その首輪は私が設定したルールから大きく逸脱している、いわばこの世界のバグ装備なんだよね』
「バグ? つまりアイコちゃんがまたデバッグをサボったってことか!?」
『違うよ違うよ! 心外だなー。私がバグなんて出すはずないでしょー!』
「いや自信満々に言い切られてもなぁ……」
「僕たちがもらったアビリティ、バグ塗れだったよ?」
『ウッソーっ!?』
「そんなに驚くことのほうがオレらにとってウソーッ!? やわ。ウソやないで」
驚くアイコちゃんにリューが『取得経験値十倍』と『取得スキルポイント十倍』のユニークアビリティがパーティー全体に適応された上に計算式が乗算になっていることを伝えた。
「えーっと、計算式周りはここに纏めてるから……って、うわーっ、ホントだー! 設定した式が思いっきり間違えてるー!」
「やろ? まぁ充分利用させてもらってレベルカンストまであと少しってところまで来たし、そろそろパッチ当ててくれてもえーよ」
「おう。カンストのレベル100までもうちょっとだしな」
「うーん、僕としてはレベルのカンスト、撤廃して欲しいんだけどなぁ」
「レベリングジャンキーは黙っとけ」
「ひどい」
オッサンたちが好き勝手に話している間、間違いに気付いて頭を抱えていたアイコニアスが、何かを思いついたように目を輝かせて手を動かした。
『それ、採用!』
「……………は?」
「何言ってんのや?」
「あ、もしかしてレベルのカンスト制限を取っ払ってくれる感じ?」
『そう! 計算式を直すよりもレベルのカンスト制限を取っ払うほうが楽だし!』
「いやアホか! バグ治すのに手間の楽さを基準にすなーっ! そないなことしたら全体のバランスが崩れてもーて新しいバグが出てまうやろがーっ!」
『大丈夫大丈夫! 多分、大丈夫だから!』
「なんだその、一ミリも大丈夫そうには聞こえない台詞は……」
呆れというか虚脱というか、とにかくアイコちゃんに反応に対してオッサンたちは一様に疲れを感じて肩を落とした。
そのときARウィンドウに向こう側から目覚ましのような電子音が聞こえた。
『あーっ! もうレイドイベントの時間だ! おじさんたちごめんねー! 今回のレイド戦は次シーズンの新システムの選択権が掛かっててさ! 私たち『毎日祝日』が全力で挑んでるだよね! だから今回のお話はここまでにさせて!』
「はーっ!? おまっ、レイドイベントよりもおまえが勝手に異世界にぶっ飛ばした俺らのことを優先してくれよっ!」
『アハハッ! それは無理! じゃ、そういうことでー!』
質問に何も答えてないお詫びにアビリティを強化しておくからごめんしてね!
――と、そんな勝手なことを宣うと、アイコニアスは一方的に通信を切断した。
「…………………………はぁぁぁぁーーーーっ!? あいつマジかよっ!?」
「いやぁ、破天荒というかはっちゃけてたというか……とにかく疲れた……」
「まぁ聖地と呼ばれる場所がアクセスポイントになっとるってことと、フィーっちたちの首輪のことが聞けただけ収穫あったとしよや」
「しっかし創世の女神でもどうにもできないアイテムとか、一体、奴隷の首輪ってやつにはどれほどの秘密が隠されてるんだよ……」
「お金を積めば外せるんだし、今はそれが救いかもね」
「せやな」
「悪いな、フィー、アリーシャ、クレア。どうやらすぐには奴隷から解放はできそうにねえわ」
「元貴族であり性奴隷のアリーっちとクレアっちを解放するためには金貨三百枚ほどが必要って話やし、元王族のフィーっちやとそれ以上の額が必要になるからなぁ」
「わたくしとアリーシャさんの場合は金貨三百枚前後が相場だと思いますの。でもフィーさんの場合は金貨三千枚以上は確実に掛かると思いますわ」
「金貨三千枚、か。途方もないな。今の俺らの懐にあるのは金貨千二百枚程度だからまだまだ先は長いか……」
「でもアリーシャちゃんとクレアちゃんの二人なら先に解放できるんじゃない?」
「確かにそれもアリちゃう?」
「それもそうだな。どうだ二人とも?」
ケンジに問われた二人は同時に首を横に振った。
「いいえ。わたくしたちよりも先にフィーさんを優先して頂きたいですの」
「そうね。まずはフィーから。アタシたちのことは後回しで良いわ」
主であり親友であるフィーから解放してほしい。
その想いはアリーシャとクレアにとって絶対条件なのだろう。
二人は意志の強さを示す凜とした眼差しでケンジの問いに答えた。
「ダメだよそんなの! 私のことは気にせず、先に二人が――」
「いいえ、こればかりはフィー様……フィーさんのお言葉には従えませんの」
「クレアの言う通りよ。この件だけは絶対にフィーの話は聞かないから」
「でも……っ!」
頑なな二人の様子を見てもフィーは退かず、説得しようと試みる。
だが二人の意志は固く、何を言われても首を縦に振ろうとはしなかった。
「二人の考えは分かった」
「ご主人様っ!? そんなのダメです! まずは二人から……っ!」
「だけど二人はフィーを優先したいって言ってるんだ。二人がどうしてそんなことを言っているのかはフィーも理解してるんだろう?」
「それは、そう、ですけど……」
「俺は二人の意志を尊重してやりたい」
「……だったら。だったらご主人様にお願いがあります!」
「おう、なんだ」
「私も二人より先に奴隷から解放されるのはイヤです! もし解放して頂けるなら三人で一緒が良いです……っ!」
「何を言ってるんですのフィーさん! それこそダメですの!」
「そうよ! アタシたちよりフィーのほうが先に解放されるのが筋よ!」
「筋とか知らない! 私だけが解放されたいとも思わない! 例えワガママって言われても二人が奴隷のままで居るのに自分だけ解放されるのはイヤ!」
主が先に解放されてほしいと願う二人の少女と、自分だけが解放され、友が奴隷のままでいることを認めたくない主人の少女。
それぞれがそれぞれの事を思いやり、労り、愛しているからこそ喧嘩する少女たちの姿に感動を覚えながら、オッサンは決定を下した。
「三人の言い分は分かった! だがこのまま言い合っていても議論は平行線だろう。だから三人の主人である俺が方針を決定する」
そういうとケンジは少女たちに手を繋がせた。
「フィーの提案を受け入れ、三人同時に解放できるようにする!」
「ご主人様ぁ!」
「二人もそれで良いな?」
「もう、フィー……何でよ。アタシたちのことは放っておいて良いんだって。貴方が先に自由になってよ……。でないとアタシたちの立つ瀬がないじゃない……」
「側仕えであったのにみすみすフィーさんを奴隷にしてしまったわたくしたちの、せめてもの忠義ですのに……」
「ありがとう。でも私一人だけ特別扱いはイヤなの。だって二人は私にとって大切なお友達だもの……!」
そういうとフィーは二人の少女を優しく抱き締めた。
友の優しい抱擁に二人の少女は涙を流す。
そこには昨夜から感じるぎこちなさはなく――以前と変わらぬ仲良し少女たちの姿があった。
「これで一件落着かな」
「せやな」
「三人同時に奴隷から解放するために、これからもお金稼ぎに精を出さないとね」
「しばらくは貯蓄や。アイコちゃんの聖地の掃除も終わったことやし、明日からはまた修行と金稼ぎのためにキリキリ働こや」
「レベルのカンスト制限も取っ払われたことだしね! 明日からまたレベリングができるよ! やったねオッサン!」
「うっし。馬車が引き渡されるまではガンガン働いて稼ごうぜ。その後のことはその後になってからだ!」
「行き当たりばったりやのぉ」
「今のところ、それぐらいしかやることねーしな」
「よーし、明日からしこたまレベリングするぞー! おーっ!」
一人で盛り上がるホーセイに苦笑しながら、オッサンたちはゴミ掃除を終えて綺麗になった地底湖を後にした――。
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